諦めが悪い2人の人生やり直しバトル_10_とりあえずの成功

──錆兎、これどうすればいい?
──錆兎、このあと稽古つけてもらっていいか?
──錆兎っ!ちょっとっ!!
──錆兎~っ!!!

野営地と定めた川べりでは、実に平和な日々が流れていた。

狭霧山で選別前に予め相談と言って伝えておいた計画通り、錆兎の仕切りで日中は川からは魚を、森からは獣を獲る罠を作り、かかった食料を回収し、女子は真菰と一緒にたまに薬草や山菜をとりつつ、男子が捌くところまでは終わらせた肉や魚を調理したり、わずかばかり持参した米を嵩増しのために粥にしたりして、食事の用意をする。

火の番があるので睡眠は順番に。
錆兎は鬼を斬るので朝に寝て、午後からは皆と同じように色々な作業をしながら、希望者が居れば稽古をつけたりもする。

さらに、その延長線上で、夜に鬼が出た時には先に錆兎が多少弱らせた状態のそれを、まだ鬼を斬った事のない少年達に斬らせてやったりして実戦の練習もしているらしく、昼組の少年達の中には夜組と代わりたい希望者も少なくはない。

そうして、真菰が望んだとおり、錆兎は着実に同期の少年たちの信頼と尊敬を集めるようになっていた。


女子4人については、女子が少ないこともあって皆気遣って、普通に朝起きて夜に寝る生活をと言ってくれるが、真菰と射子はその気遣いをそのまま受け入れ、しかし百舞子は自分は最終的に隠になって服を作りたいので鬼と対峙する様子を見たいからといい、仁美は百舞子だけ単独だと可哀そうだからと言いつつ、実は選別での錆兎の様子を記述するためにという理由で、錆兎と同じ時間帯の生活をしている。

そして4人一緒に起きている時間帯は、4人で楽しく報告会など、仲良くやっているのを見て、長い間、男しか居ない中で過ごして来た真菰が同性と協調していけるのかと実は気にしていた錆兎がホッとした様子をしていた。

そして最後の一人、義勇は、錆兎が居る男子達の集団と真菰の居る女子達の間を行ったり来たりして、どちらにも親しまれている。

元々は大切にされて育った末っ子なので、最初は人見知りをしても、錆兎や真菰と親しんできた同期達に優しい目や言葉を向けられれば、素直に受け取って笑顔を見せた。

そうして笑顔を向ければ元々の顔立ちがたいそう美しくて、性格も素直で愛らしいので、早生まれで最年少ということもあり、みんなの弟のように可愛がられている。

全ては順調。
このままいけば、錆兎を押し上げて鱗滝さんの育て手としての名声を爆上げするのも夢じゃない。

もちろん…そのためにはこの選別においての最後の難関…例の前世で真菰自身も殺された相手、手鬼との決戦が控えている。

そのために真菰は鱗滝さんに頼んで錆兎用の刀を2本用意してもらっていた。
この山の鬼は出来る限り倒す。
そのうえで手鬼を倒すとなると、感情を乱されずに錆兎自身が良い状態だったとしても7日間ずっと酷使することになる刀ではやはり心配だからだ。

なので1本は普通に使って、予備は義勇に持たせている。
真菰が持っても良いのだが、真菰の剣術というのは身軽さからくる速さが重要なので、いざと言う時に鬼を斬るのに枷になるからだ。

ということで、状況によって真菰はもちろん、義勇まで補佐に入ることになるようだったら、村田に預けようと思っている。

村田自身は当然知る由もないが、彼は前世で怪我をした義勇を預けられて、最後まで守ってくれた人間だ。
その人の好さと責任感は信頼に値する。
なので錆兎には極力村田と交流を持つように言っておいた。

ということで非常に順調に時間は経過して、5日目の夜。

毎晩のように襲ってきた鬼達は、そろそろほぼ居なくなってきたのか、今晩は姿を見せない。

「もう全滅したのかな~」
などと全員で夕食を摂りながら談笑していると、錆兎が突然立ち上がった。

──来るっ!
とだけ言うと、刀に手をやって、真菰に視線を向けた。

それで真菰も理解した。
いつもの鬼なら黙って斬り捨てに行くか、斬らせて欲しい人間を募集するかどちらかだ。

それがこうやって真菰に報告するということは、いつものではない”例の鬼”なのだろう。

その対応については何度も話し合った。
倒し方についてはもちろんのこと、倒している間に他の候補者をどうするかなど…。

他をかばいながら倒すとかまでは厳しい。
出来ればその時までに他の鬼を殲滅できていればいいのだが、そもそもが鬼が何体いるのかわからない以上、倒しきったのかの判断も出来ない。

そうなると、皆を野営地へ残して離れた所で戦うか、皆に何かあった時に真菰や義勇だけでも戻れるように野営地の近くで戦うか…。

正直、離れた所で戦うとしたら、煽りに乗れば敵の思うつぼだから絶対に冷静に戦えと錆兎には何度も口を酸っぱくして言ってきて、錆兎もそれを了承はしているが、その時になると、どこまで冷静でいられるかはわからない。

そういう時に頭を冷やさせる誰かが居ない状態で戦わせるのは怖いので、出来れば真菰はその場についていきたい。

しかしでは皆の守りに誰を残すかと言うと、正直、実戦経験もなく、大岩をなんとか斬ったばかりの義勇だけでは心もとない。

そう考えると、もう後者しかない。
…が、誰かが下手にちょっかいをかけてきたり、気を散らせるようなことがあれば、それはそれで危ないので、手鬼戦という面ではリスクはあがる。

頭の痛い所だが、仕方ない。

──錆兎、近くで。
と一言。

その問題について何度も話し合っていた錆兎はその一言で察して頷くと、小さく息を吐きだして皆の方を向いた。


「食事中すまない。
時間がないので必要な事だけを端的に言う。
今、こちらに今までより強い鬼が近づいている。
到着までおそらくあと数分。
俺が少し向こうで倒すが、今までのように余裕はそれほどない。
だから絶対にここから動かず気が散るから声も控えてくれ。
どうしても怖いようなら逃げてくれても構わないが、その場合でも無言で頼む。
以上だ。
これ以上の質問は真菰に。
俺は備えるから」

そう言うだけ言って、錆兎は鞘から刀を抜いて、丁寧に状態を調べる。
予備の刀はすでに村田に預けてあるので、村田は非常時に渡せるようにと他よりは少しだけ傍へ。

義勇は村田の位置。
真菰は錆兎を視認は出来るが、位置的には他の少年少女の居る位置寄りだ。

そこでピシッと手を挙げる百舞子。

「私が代表して聞くね。倒せる相手?」
「うん。錆兎なら倒せるね」
「でも逃げた方がいい感じ?」
「ううん。どうしても恐怖に耐えられなければ?
でも錆兎の傍に居た方が安全だね」
「じゃ、おしゃべり止めて大人しくしている、これが最適解かな?」
「うん、そうだね。錆兎がやらかしそうになってもあたしが補佐に入るから持ち直せるし、予備の刀も村田君に預けてるし、倒せるか倒せないかって言われればまず倒せるから」
「わかった。じゃ、みんなそれでいいよね?」

正直助かった。
百舞子が適切な形で質問と言う名の確認を取ってくれたおかげで、皆も動揺せず納得してくれたようだ。

それぞれシ~っと言い合って静かに少し離れた場所に立つ錆兎に視線を向ける。


それから本当に1分もしない頃だった。
前方の森の木がなぎ倒されるのがわかる。

錆兎はチャっと刀を構え、そして駆け出す。

そして身の丈を倍にもしたほどに大きく、無数にも思えるほど何本もある手で自分を守るように身を抱えるその鬼が開けた場所に足を踏み入れた瞬間…地を蹴って飛び上がると、

──水の呼吸、壱ノ型・水面斬り!!
と岩を砕く大波のような背景を背負って交差した手を一気に広げた。

何もする間もなく、何も言う間もなく、瞬時に飛ぶ鬼の首。

え??…と思ったのは何も候補者の少年少女だけじゃない。
真菰も唖然だ。

「…錆兎…あんた、何やってんのよ…」
と思わず言うと、鬼の胴体が砂となって消えるのを待って刀を鞘に納めた錆兎は
「いや…真菰がこいつが呼吸を乱すために煽るのに気をつけろというから…。
煽られる前に倒せば良いのかと思って」
と、片手で頭を掻きながら、きょとんとした目で言う。

…あ~…そうかぁ…そうだよねぇ……

錆兎の答えに真菰はがっくりと力を抜いた。
もう相手がそういう戦法で来るとわかっているなら、それが一番手っ取り早いと言えば手っ取り早い。
まあ、錆兎のようにそれができる力があれば、の話だが…。


「え~っと…あれは強い鬼、だったの?」
と、前振りからするとあまりにあっけなく倒されたそれに、拍子抜けしたように聞く仁美に、真菰は、はあぁ~っと脱力のあまりそこにしゃがみこみながら、うんうんと頷いた。

さすがに江戸時代から生きている50人以上食べている鬼で鱗滝さんが生け捕りにしたまで言ってしまうと、それが鱗滝さんに伝わるまでは良いとして、兄弟子たちがそれに殺されたところまで知られてしまって鱗滝さんを悲しませる可能性があるので言えない。

「ちょっとわけがあって詳細は言えないんだけど…見たとおりだよ。
普通に選別に居るような弱い鬼じゃなくて、かなり強い鬼」
とだけ言っておく。

「確かに!でっかかったもんなぁ…」
「うんうん。本当に怪物って感じだった」
「おとぎ話に出てきそうなくらい」
と、同期達はそれで納得してくれて、とりあえず難関はあっけなく突破。

「錆兎~、あとは危ないような強さの鬼は居ないから、こっちに来てもあたしが請け負うからさ、ざ~っとそこいらに鬼が残ってないか確認して来てよ」

本当ならそろそろ寝る時間なのだが、気が抜けすぎて眠気が全然襲って来ない。
なのでとりあえずこの山の全ての鬼を倒すという目標を達成しようと思ってそう言うと、錆兎はそんな真菰の心情も察して苦笑。

「じゃ、見回りに行ってくる。
万が一鬼が出てももういつもくらいの強さのやつだし、元気があってもし出たら鬼を斬ってみたい奴がいるなら、2,3人なら一緒に来ても大丈夫だが?」
と、皆の方に声をかけた。

そこで始まる大勢の希望者たちのジャンケン大会。
その中に何故か義勇も混じっているのはご愛敬である。


こうしてその後はわずかばかりの鬼の残党を一掃しつつ、全員平和に野外教室よろしく外での共同生活を楽しんで、全員揃って笑顔で7日目の朝を迎えて生還したのであった。








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