結局物理的に聞こえていなかったのが一人に、怖くて自主的に避けていたのが二人。
1人の方は鬼に追われているのをみつけて救出。
鬼の罠かもと思って居た二人に関しては、他の候補者が全員揃って行動しているのを見て、安堵しつつ合流した。
今後7日間、そこで野宿をすることにする。
最後の一人を加えて川べりまでついたところで、真菰は
「ちょっとみんなこれからの事について錆兎が話すから聞いてね~!」
と、パンパンと手を叩いて皆の意識を錆兎に向けた。
本当は自分が話した方が手っ取り早い。
だが先ほどの合流していない候補者を回収しに行くときの一件でもわかったように、仕切りは男でわかりやすく強くて鬼を斬ってみんなを救ったという実績のある錆兎が話した方が、全員が素直に聞いてくれる。
建設的な方向の計画を建てるのは自分でも、それを公表するのは錆兎。
それはあの日、【鱗滝さんに幸せな人生を!】計画を建てた時点で真菰自身が決めたことだ。
目指すのは自分の名声なんかじゃない。鱗滝さんの名声と賞賛だ。
そのために自分の功績を錆兎に渡すのなんてどうってことはない。
というか、陰で彼を鱗滝さんの育て手としての成果、鬼殺隊の輝ける星に仕立てるというのも楽しいと言えば楽しい気がする。
実際、みな真菰がそう言うと、居住まいを正して錆兎に視線を向けて、錆兎の言葉を待った。
まるで指導者か先生を前にした時のように真剣な顔で。
真菰が知っている山に来てからの錆兎は無骨で不器用な性格で、言葉もそれほど巧みではないという印象だったのだが、そうして大勢の前に立つと全く緊張した様子もなく、むしろその場に立つのに慣れているような落ち着きようで、よく響く朗々とした声で、まるで演説のように…──実際、そのようなものなのかもしれないが──…皆に向かって話し始めた。
「皆、疲れているところを悪いが、大切なことなのできちんと聞いて判断をして欲しい。
まず第一に、俺達は鬼の居ない世界を作りたいという元水柱である鱗滝左近次先生の意志に賛同して、その目的の第一歩としてここにいる。
そのためにここで脱落する人間を無くして、共に鬼殺隊に入って、共に鬼と戦える人間を多く作りたいと思っているんだ。
ということで、俺達と共に居てくれる限りは、皆の事は俺が全力で守る。
ただし、大勢で共に過ごすという事は、ある程度の規律は必要だ。
なので俺達といる場合は7日間、我慢して俺達の方針に従って欲しい。
まず全員平等には出来ない。
食料とか色々な諸作業の免除などについて、怪我人、ついで女性が優先だ。
脱落者を出さないため、体力のある者はない者の分まで余分に働くことになる。
もちろん俺自身はその余分に働く人間の筆頭のつもりだ。
向かって来た鬼を斬るのはもちろん、食料集めや雑務を多くこなすのに異存はない。
だが、人には色々考えがあるだろう。
自分自身のこと以上に何かする余裕がないという人間が居ても仕方がないと思うし、ここを離れて一人で超えるという選択をしてくれても構わない。
その場合でも大切な同期で未来の仲間だ。
必要ならある程度の薬を分けたりはする。
頑張って生き延びて欲しい」
──さ…錆兎さん、優しい、素敵っ
──錆兎さんがいう事なら何でもきいちゃうっ
淡々と言う錆兎に女子3人の目がハートになる。
男子達は自分達には斬れなかった鬼をビシバシ斬りまくる錆兎をこの場のボスと認めたのだろう。
真剣な顔で頷いていた。
まあ、いい。
それでいい。
それは何より自分自身が望んで決めたことだ…と、それでも少し複雑な顔で居た真菰に、義勇がスッと寄り添った。
ほわり…と優しい空気を感じる。
「あのね、真菰。気づいてた?
錆兎はみんなに話をする時、”俺”じゃなくて、”俺達”って言ってる。
2つだけ、皆を守るってことと、余分に働くってことだけ、”俺が”って言ってるけど…」
意識しているのかしていないのか、義勇はたまにすごく真理をついてくる。
確かに言われてみればそうだ。
方向性についてとか自分だけで決めたわけじゃないことに関しては”俺達が”と常に”達”をつけていて、しかしそれがなんとなくじゃない証拠に、おそらくほぼ唯一くらいに刀を振るうことを意味する”守る”や、余分に働くという事に関しては”俺が”と、自分個人の行動と言う風に分けているようだ。
「義勇、よくそんなことに気づいたね」
と、まずそれに気づいた義勇に感心して見せると、義勇は
「俺ね、この場にいる誰よりも錆兎のいうことを真剣に聞いてるし、錆兎を理解してるつもりだよっ」
と誇らしげに笑う。
村田には錆兎は強い、義勇は可愛いと言ったけれど、実は錆兎は細やかで優しく、義勇はとても周りを見ていて賢いのだ…と、真菰は再認識した気分だった。
今生は【鱗滝さんに幸せな人生を!】ということを目指すのは変わらないが、それと共にこの弟弟子達にも幸せな人生を…と、真菰はこの時改めて心に誓う。
そんな真菰の心の声を聞いていたわけでもないのに、義勇は真菰の手をぎゅっと握って
「みんなで選別を乗り越えて、みんなで幸せになろうね」
と、なんだかわけもなく泣きたくなるような、優しい笑みを浮かべたのだった。
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