そうして真菰と二人、辿り着いた先ではすでに戦闘が始まっていた。
5体ほどの鬼に囲まれている錆兎とその後方に義勇。
そしてさらに後方には逃げて来たのであろう候補者の少年少女。
いくらなんでも無茶だ。
「ちょっとっ!何みんな見物してんのっ?!」
と慌てて刀を抜こうとする村田の腕を掴んで、真菰が至極冷静に言う。
「弱い鬼だし、あのくらい錆兎なら大丈夫。
あの子はね、世界一強くて素敵な鱗滝さんの1番弟子だからね。むちゃくちゃ強い。
入って行ってもむしろ邪魔になるだけだから…なんなら逃げて来た子達の手当て手伝って」
そう言って義勇と他の候補者達の方へと足を向ける真菰。
それにホッとしたように駆け寄る義勇。
「真菰、どうしよう?俺、怖がられちゃってる」
と言うのは、おそらく候補者達のことだろう。
確かに助けてくれていると言っても、いきなり面を被った得体のしれない人間に弱った自分を委ねるのは怖いかもしれない。
なので彼らは面を被った少女真菰と一緒に来た素顔の村田にどこか救いを求めるような視線を向けて来た。
そこで村田は苦笑。
「ねえ、真菰ちゃん。
こういう緊張せざるを得ない時だからさ、あいつら顔が見えないことに不安感じてるんだと思うんだ。
顔…見せたらまずい何かがある?」
ダメもとでそう言ってみたら、真菰は、あっ、そうだね、とあっさり言うと、義勇に向かって
「義勇はお面あげてていいよ。錆兎がつけてればまあいい」
と指示をした。
「うん!わかった」
とそれにこちらも可愛らしい声で答えて頷く義勇。
ひょいっとキツネのお面を上にあげるとびっくり。
村田もびっくりだが周りもびっくりだ。
めちゃくちゃ可愛い。
真菰も可愛らしい顔立ちだったが、義勇は綺麗可愛いというのだろうか…。
本当に今の緊迫した状況を忘れてしまうくらいの驚きの可愛らしさである。
…やっぱり…顔?
元水柱の弟子になんてなるには、顔も圧倒的に良くないとダメなの…?
そう思った村田の心の声は何故か小さく口に出ていて、隣の真菰がクスリと笑った。
「別にそういうわけじゃないけど…確かに義勇は圧倒的に可愛いね」
と、返事を求めたわけではないのだが、答えてくる。
そこで村田はハッとした。
もしかして自分は女子を前にとてつもなく失礼なことを言ったんじゃないだろうか…
「い、いや、義勇もだけど…真菰ちゃんや錆兎も顔が良いから…」
と、それは真実なのだが言い訳に聞こえるかと焦りながら言うと、真菰はやっぱり笑って
「村田君てさ、変なとこですごく気が回る子だよね」
と言ったあと、心配しなくて大丈夫、と、ぽんぽんと村田の肩を叩いて補足する。
「義勇は可愛い、錆兎は強い、で…あたしは…」
「…真菰ちゃんは…?」
「賢いっ!!」
にこっと明るく笑って言う彼女に村田は心の底からホッとした。
村田が真菰とそんな会話を繰り広げている間に、義勇の思いがけない仮面の下の顔に急に態度を変えた候補者達は、さきほどとは違う意味で若干緊張しながら、義勇の手当てを受けている。
錆兎の方はと言うととっくに鬼を倒し終わっていて、
──…駆け回っているより集めた方が早いか…
と言うやいなや、すうぅぅ~~っと大きく息を吸い込むと、いきなり叫んだ。
──助けて欲しい奴!足が動くならここに来い!俺が守ってやる!!
うわわ~~~と村田は焦る。
いや、確かに候補者も集まるかもしれないが、鬼も大挙してくるんじゃないだろうか…
(…真菰ちゃん、真菰ちゃん、これ…大丈夫なの?)
(…どっちが?錆兎が?鬼が?)
(………)
村田が危惧している状況なんて当然わかっているであろう真菰は全く焦った様子もない。
前方ですでに駆け寄ってくる候補者と鬼を見て刀を構える錆兎に
「こっちで討ちもらしたら、頼む」
と言われて、
「仕方ないなぁ。でも気合入れていきなさいよねっ」
と当たり前に刀を抜いて、助けた候補者達の手当てに勤しむ義勇と前方で戦う錆兎の間に入った。
錆兎はさすがに多少の緊張感はあるが怯えている様子は微塵もなく、他の二人は微塵も緊張感がない。
まるで品評会のように集まってくる鬼に怯える候補者達に、義勇はこっちこっちと手招きをして、真菰は
「錆兎が討ちもらした分はあたしが責任を持って斬るから大丈夫だよ、みんな」
と明るく言う。
しかしそんな緊張も一瞬だった。
鬼の品評会のように色々な鬼が来たが、こちらも呼吸のお披露目会のような錆兎の見事な剣技であっという間に倒されて行く。
あまつさえ、
「錆兎~、壱の型から順番に見せてあげて~」
などと言う真菰に何か言いたげにチラリと視線を向けはしたものの、錆兎は小さくため息をついてリクエスト通り全ての型を順番に使って倒していきさえした。
悲鳴や緊張が、ほおぉ~という感嘆のため息に変わっていく。
それを見て義勇が手当ての合間に
「さすが錆兎だ。見事な剣技だ」
とパチパチと拍手をすると、皆も釣られたように拍手をする。
なんだか勇者の鬼退治の舞台を見ているような、異様な空気だ。
鬼達もさすがに錆兎は無理だと思ったのか、皆の方に来ようとするが、後ろから錆兎に斬り捨てられ、一体だけ他の鬼達を犠牲に刃をかいくぐってこちらに来ようとした鬼は、
──もう!仕方ないなぁ!錆兎、こっちに寄こさないでって言ったでしょう?!
とぷくりと頬を膨らませた真菰に、本当になんでもないことのように斬って捨てられた。
それを見て、鬼達は今度こそ本当に無理だと思ったらしい。
千々に逃げようとするが、背を見せた瞬間、首を刎ねられて塵となる。
そうして集まってきた鬼を全部倒し終わると、錆兎は丁寧に刀の状態を確認。
その後、それを鞘に納めると、こちらの様子を見に近づいてきた。
──あ、ありがとうっ!助かったっ!!
と一人が口にすると、皆口々に礼を言う。
が、あれだけの鬼を倒して皆を救った少年は驕るどころか
──1体そっちにやってしまったな。不安な思いをさせたなら悪かった
と、謝罪するではないか。
「すごいね…あんなに強いのに全然威張らないんだ…」
と、一人の女子が感心したようにつぶやくと、何故か真菰がドヤヤっとした顔をして
「錆兎はね、特に強いから先生に剣術だけじゃなくて精神も鍛えられてるからねっ。
力をつけても驕るべからず──鱗滝先生の教育の成果だよ」
と腕組みをして頷く。
そしてそこで
「この面はね、鱗滝先生が自ら弟子にだけ加護を願って彫ってくれる面でね、これをつけてればあたし達は先生の弟子だとわかるから、絶対にその名に恥じるような事は出来ないししない。
元水柱、鱗滝左近次の弟子として恥ずかしくない剣士で居るっていう気持ちでつけてるんだよ」
と、皆がずっと不思議に思って居た面の謎も明かした。
0 件のコメント :
コメントを投稿