その日の夜…鱗滝君は義勇の家に来た。
正確には父に会いに。
ひどく思いつめた表情で…。
それは結果的に、ラッキーと思ってはいけないのだろうけど、義勇や冨岡家の家族にとっては非常に幸運な方向に流れたと言えると思う。
個人ではなく社会的な状況としては、飽くまで、”幸運”ではあっても、”幸せ”ではないのかもしれないが…
義勇が早退を申し出るまでもなく、あまりにマスコミが押しかけたことで、生徒の心身の安全を考えた学校は、その日は全員下校させることにしたらしい。
一人で記者に取り囲まれたりしないようにと、学校の最寄り駅まではクラスを二つに分けて集団下校。
そのそれぞれに担任、副担任の先生がついた。
幸いにして6班を3班ごとに分けるという形だったので、義勇は鱗滝君と一緒だったので、電車に乗って、なんといったん鱗滝君の家に連れて行かれる。
初めて訪ねる彼の家というシチュがこんな形で…と言いたくなりそうなところだが、義勇はそんなのはどうでもいい。
鱗滝君について新たに知る事が出来る機会が持てるならなんでも嬉しかった。
洋館だった不死川家と対照的に立派な日本家屋。
まるで時代劇にでも出てきそうな門構えなのに、門の横にある柱にある小さな扉をそれは鍵で開け、その後はなんと指紋認証でドアが開くという徹底した防犯ぶりだ。
──すごいね…鍵と指紋認証の二重の鍵なんだ…
と義勇がびっくりして言うと、鱗滝君は自動で開門した先へと義勇を誘導しながら
──あ~…爺さんが昔道場やっててお子さんをたくさん預かったりしていたのと、あとは最近だと同じく爺さんの関係で要人の客人が来たりすることもあるから、セキュリティだけはしっかりしてる。
と、当たり前のように言う。
なるほど。
ただのお金持ちじゃなくて、本当に良い家のお坊ちゃんなんだ…と今更ながら感心する義勇。
庭も一般の家庭とは思えないほど立派な日本庭園だったりして、
──これ…手入れ大変だよね…
と、一般ピープルとしてはいつかそこに住むかも…と思うと、わくわく感より大変さの方が先に立つが、鱗滝君は苦笑。
「あ~、今は定期的に庭師にお願いしてるけど、もし継ぐならこれからもお願いすることになるから、手入れは要らないかな。
まあ…前庭は客人用。
実は爺さんも俺も土いじりが好きだから、裏庭にこっそり畑作ってる」
と、なんだかホッとするような情報も付け加えてくれた。
そうして立派な前庭を抜けてこれも立派な家屋に辿り着くと、何もしていないのに開く扉。
──遅いよ、錆兎!何着か出しておいたから選んでもらって
と、そこから出てくる少し年上なのだろう、とても可愛らしい女性。
それに義勇は青ざめた。
こんな厳重なセキュリティの家の中に当たり前に居るという事は、彼女は鱗滝君の家族に準ずるような特別な女性?
そう思うともうショックで震えが止まらない。
泣いちゃだめだ…と思っても目の奥が熱くなってきて、涙が零れ落ちそうになると、相変わらず、スッと目元に差し出されるハンカチ。
──義勇…ごめんな?
と謝られて、謝られるようなことなんだな…と、それが悲しくて義勇がハンカチを目に押し付けると、鱗滝君は彼女を振り返ってピシッと言った。
──真菰っ!お前うるさすぎるぞっ!義勇が驚いて泣いてしまったじゃないかっ!!
え??
と、その言葉に思わず涙が引っ込んだ。
そして目の前の女性も、え??という顔をした。
しかし女性はすぐ気を取り直したらしい。
──ふっ…ざけんなっ!!この脳筋があぁぁ~~!!!
と、めちゃくちゃ可愛らしい声で叫びつつ、ぜんっぜん可愛くない飛び蹴りを鱗滝君に入れた。
鱗滝君は慌てて両腕を体の前で交差させてそれを防ぐが、あんなに小柄な女性の一撃なのに意外にパワーがあるらしい。
明らかに彼女よりも二回りくらい大きな鱗滝君がやや後方へとずれさがった。
うわあぁぁ~~
と、この時点でもう驚きとなんというか…感動?で義勇の涙は完全に止まっている。
女性はそうしておいて、両手を腰に当てて、はあ~と息を吐きだした。
「あんたね、他は馬鹿じゃないのに、なんで女の子関係になるとそんなに馬鹿になんのよっ!
彼女が泣いたのはあたしのせいじゃなくて、あんたのせいっ!
正確には…さっさとあたしを紹介しないあんたが悪いっ!
彼氏の家に知らない女が居たら、彼女だったら動揺するの当たり前でしょっ!」
と、彼に言ったあと、彼女は義勇に視線を向けて、にこっと愛らしい笑みを浮かべる。
「もう、この脳筋がごめんねぇ。
あたしは真菰。大学生。
錆兎の従姉妹で姉みたいなものなの。
で、今回、錆兎が村田君の付き添いに行くのに制服だと目立つから義勇ちゃんにも私服貸してあげて欲しいって呼び出されて、今ここって感じ?
もうわかると思うけど、一応言っておくけどね?
あたしは5歳以上年下の男に興味はないし、そもそもが本当に姉と弟みたいなものだから、錆兎に関しては男って感覚もないから安心してね?
なんならこの馬鹿が何かやらかしたらあたしに相談してくれれば殴っておくから遠慮なく言ってね?」
なるほど。そういうことだったのか…
義勇が不安だったこと、気になっていたことを、彼女が全部説明してくれた。
ホッとする義勇。
しかし鱗滝君は
──何を当たり前のことを…。
と不思議そうな顔をして、同意を求めるような視線を義勇に送ってくるが、なんでも鱗滝君は正しくて完璧だと思って居る義勇でも、唯一そこは同意できないところなので、
──真菰さんが正しい…。錆兎はいつでもモテるから私はいつでも心配してる。
と、本音を伝えておいた。
それに目を丸くする鱗滝君。
固まる彼の後頭部を飛び上がってまでどつく真菰さん。
「あんたがどう認識してるかなんてどうでもいいっ。
自分がってことに納得できないんなら、一般的にどうかって言うのを考えろって言ってるでしょっ。
恋人が知らない異性と居るって言うのは、相手に愛情があるなら心配になるものだし、恋人が居る相手にちょっかいかけてくるような輩は倫理観底辺だから、恋人に危害を与えられる可能性もあるから、誤解されないように距離を取んなさいっ」
義勇は基本的にのんびりしているのでハキハキ物を申す系の相手は苦手なのだが、真菰さんは小さくて雰囲気もめちゃくちゃ可愛らしいので、嫌な感じがしない。
なにより鱗滝君をよく知っていて、鱗滝君について相談にのってもらえて、色々助けてくれるつもりらしい存在はとてもありがたい。
「まあ…真菰についてはおいおいってことで…。
時間もないから、悪いが義勇も急いで着替えてくれ」
と、最終的に鱗滝君がそう締めて、義勇は真菰さんが用意してくれた彼女の私服に着替えるため、鱗滝家の一室へと籠った。
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