──まことに申し訳ございませんでしたっ!!
自分の妹と変わらない年の小学生の女の子が病院の廊下で土下座して謝罪しているのを見て、村田は泣きそうになった。
悪くないとは言わないが、彼女が望んだことではない。
親も上の兄姉達も誰も頼れないなかで、極力無関係な人間を傷つけないように動いてきてこれか…と思うと、やっぱり悲しい。
──俺もっ…一応事前に相談は受けて知ってました。だから…同罪です、申し訳ありませんでしたっ!
と、ついその横で村田も土下座をすると、いつでも淡々とクールな彼女が
「違うっ!村田さんはっ…巻き込まれでっ…情報をシャットすることで色々が悪い方向に行かないように見張っててくれただけなのでっ…悪くないんですっ!ごめんなさいっ!悪いのはうちの家族だけですっ」
と、号泣した。
幸いにして義勇は救急車で運ばれたものの若干酔っ払っただけで急性アルコール中毒とかまでにはなっていなかったようだが、当然呼ばれた冨岡家の両親と姉、そして錆兎は激怒している。
…が、宇髄が色々説明をしておいてくれたらしい。
一応貞子については単純に最近友人が離れて行ってしまっていて、たまたま親しくしてくれていた義勇を招きたかっただけだということ。
それを聞いて寿美が実弥が暴走しないかと危機感を抱いたものの、まだ何も起こっていない状態で何かできることもなく、念のためにカメラをセットして、当日何か起こったら即動けるようにと宇髄と村田に協力を依頼していたこと。
何か起こりそうなら即止められるように、自宅前に車で待機していたこと。
実際に貞子が席を外した時に実弥が義勇に近づいた瞬間に、殴り飛ばして止めたこと。
しかし…飲み物に何か入れていた事に関しては想定外でこういうことになったこと等…。
まあ、一番最初の、貞子に他意はなかったという事以外は嘘ではない。
それでもどうしても視線が厳しくなる面々に、さらに宇髄が
「あ~…血縁ではあるんだけど、ここん家は父親がクソで兄貴達は結構父親の考えや行動に影響されてて、母親と姉妹が止めてるっつ~のは、鱗滝は知ってるよな?
今回はこの嬢ちゃんが必死に立ち回ってくれたおかげでまだ最悪な事態を回避は出来たんで…激怒すんなら父親に…」
と言葉を添えてくれる。
村田的には、正直ここで土下座すべきは寿美じゃなくて貞子だよなぁ…と思う。
本来なら親や兄、姉がやらかして彼らが取るべき責任について、寿美一人が土下座していることに本当に納得がいかない。
それでも第三者で責任を被ろうにもかぶれない立場の自分は、“本来あるべき姿”よりも、“次の害が起きないように”ということを優先すると決めた寿美の判断に寄り添うしかない。
彼女とはこのところよく話をするのだが、自分は究極利己主義で自分の損得以外はどうでも良いのだと言う寿美。
だが、損得で言うなら、兄と姉を全員捨てて錆兎のことも義勇のことも放置で母と一緒に逃げてしまえば、実は彼女と弟妹的には一番安心安全なはずだ。
なのに彼女はこれ以上の実害を出さないために最悪自分までは泥をかぶるつもりでいるのだ。
大人ぶっていてもまだ小学生だ。
彼女いわく、下の面倒を見ることも求められなかった代わりに保護も与えられなかった。
自分については経済的なこと以外は自分で判断することを求められてきた。
だから自分のことは自分で何とかする代わりに、自分以外がどうなろうと気にしないのだ。
そう言ってたじゃないか。
なら逃げろよ。
逃げられるんだから全力で逃げなさいよ。
と村田は思ってしまう。
幼馴染で大切な存在である錆兎のことを加味しても、寿美がここまでしなければいけないということに納得がいかないのだ。
実際、錆兎は村田が不死川家の側の都合に寄り添っているのに納得していない様子だ。
──事情はわかった…。だけど村田、お前はどうして俺にも相談してくれなかったんだ
と聞かれる。
それに答えようと村田が口を開きかけると、先に寿美が口を開いた。
「私がお願いしました。
絶対に何か起きる前に止める予定でも、鱗滝先輩は納得してくれないと思ったから。
だけど、実際に兄が問題行動を起こす人間だって証拠がないと、兄を止めることなんて出来ないから…。
言葉では私も姉も何度も何度も兄に冨岡さんに好かれることは絶対にないどころか嫌われているんだから構うなって言い続けたけど、兄は理解できないんです。
強引に出れば最終的には好きになるはずって…。
たぶん…たぶんだけど、うちの父と母がそうだったからかもだけど…
だから決定的な証拠を突きつけて物理で離さないと兄を止められないうちの都合で、村田さんは冨岡さんに今後兄からの実害が出ないようにするために協力してくれたんです。
鱗滝先輩を軽んじてたわけじゃなくて…兄をよく知る私がそこまでしないと兄は止まらないんだって主張したから…鱗滝先輩が知ったら失敗する可能性が高いって主張した私の判断で私の責任です。申し訳ありません」
そう言ってまた床に額をつける寿美に村田は今度こそ泣いた。
情けない。
色々がいっぱいいっぱいの年下の女の子に庇われている自分の頼りなさに悲しくなってくる。
「あのさ、俺の判断だからねっ?
寿美ちゃんのせいじゃないよっ。
正直俺はお前の事を昔からよく知ってるから。
お前は冨岡が少しでも危険どころか嫌な目にあうくらいの可能性があるなら許可しないと思った。
でも今やらないことでかえって危険な目にあうのを止められないってこともある。
俺はそこまで冨岡と親しくないけどさ、お前とは幼馴染でお前のことは傷つけたくはないとは思ってるからさ。
冨岡がそれこそ俺達が認識できない所で取り返しのないことになったら嫌でしょ?
それなら今、はっきりと場所も時間もわかってて即介入できる状況で見張る方が良いと思ったんだ」
村田が寿美の言葉にそう重ねると、錆兎は俯いて唇をかみしめた。
いつもいつも顔を上げて前を向いて陽に向かって歩いているような幼馴染のその様子にも村田は心臓が握りつぶされるような気になる。
寿美より錆兎を軽んじているわけじゃない。
単に寿美の案に乗った方が最終的に義勇の長期的な安全がはかれて、錆兎のためにもなる、そう思ったのだが、こうなってみると自分の判断というのは間違っていたのだろうか…。
どうしていいかわからず、それ以上の言葉が出ない村田。
痛いほどの沈黙。
それは時間にしてわずか数分だったが、何時間にも感じるほどの時間。
そのあとに、錆兎はポツリと言った。
──世の中は勧善懲悪じゃない。白黒じゃなく灰色で動いている…それはわかってるんだ…
結果も大切だが結果のために切り捨てられたことが悲しい…たぶんそういう事なのだろう。
自分達の間にはこれまでずっとなんの秘密もなく、互いの間にあるのは信頼だけだった。
それを崩してしまったというのはとても重い。
それからまた続く沈黙。
それを破ったのは義勇の父、義一だった。
「うん…出来ればまっすぐ正しい生き方をしたい。
でも僕はね、その結果が僕自身の不利益なら甘んじて受けるけど、それで不利益を受けるのが家族だとしたら…灰色どころか限りなく黒に近い灰色な手段でも受け入れるかな…」
意外なところから出た言葉に、皆が彼に視線を向けた。
彼はたいそう複雑な表情をしていて、何か飲み込みがたいものを飲み込んだ時のようにしかめっ面で息を吐きだした。
「今回…とりあえず先に宇髄君に画像を見せてもらって、これが誰も知らない密室で行われていて誰も止めれられない状況だったらと思ったらぞっとした。
正直…不死川実弥がなんらかの処罰なり刑を受けて義勇の前に物理的に近寄れないように出来るなら、これが万が一仕組まれたもので僕がそれを知っていたとしても、僕は指摘せずに彼が断罪されるのを黙認すると思う。
感情的には申し訳ないが不死川家には義勇が小学生の頃から迷惑をかけられているし嫌悪感しかないけど、義勇が毒牙にかからないように彼を遠ざけようとしてくれた妹さんやそれに協力してくれた宇髄君や村田君には感謝するべきだという気持ちはある。
もちろん、アルコールに関して義勇が特に中毒とかにならなかったから言えることではあるけど。
感情的には本当に割り切れなくて、うちの娘を危険に晒さないでくれって叫びたいけど、放置していたら、こういうことが起こって完遂されて取り返しのつかないことになっていた可能性が高いだろうから…。
感情的には死んでほしい。
それは法治国家の人間として正しい考えではないというのは自覚しているけどね」
彼らに無断で関わってしまったという立場的に、その言葉は村田でも痛いのだが、隣の寿美は大丈夫だろうか…。
そう心配になってちらりと隣を見ると、青ざめてはいたが、寿美はしっかりと目を見開いて義一の言葉を聞いていた。
そしていったん言葉が途切れたところで、顔をあげる。
──兄には…やらかしたことの責任は取らせます…
──えっとそれは…
何か決意したような寿美の言葉に義一は少し困惑したような顔をする。
その困惑の意図を寿美は当然のように察しているようだ。
少し困ったように口の端だけわずかにあげて、
──もちろん冨岡さんとは全く関係ない理由で、ただ家から出られないという方法を取るのでご迷惑はおかけしません。
と言う。
──そんなの…できんのか?
さすがに都合が良すぎる気がして宇髄が聞くが、寿美はそれには苦笑。
──出来る。まあ…良くて引きこもりで、なんなら病むかもしれないけど外には出なくなる。
そう宇髄に答えたあと、──というわけで…と、寿美はまた冨岡家一同に視線を戻した。
「親兄弟がしてきたことに関してはきっちりケジメをつけさせます。
ただ…一つだけ…。
条件なんて出せる立場ではないのは重々承知しているんですが…まだ本当に小さい弟妹とその養育のために母が先に逃げる事だけは許容して頂けないでしょうか。
私はある程度見届けるまでは残りますけど、色々起こってから幼稚園児を含む子ども数人を連れて母を逃がすのはちょっときついので…」
うわ~と思う。
この状況でそう立ち回るのか…。
と思ったのは村田だけではなかったらしい。
理性で感情をぶつけないよう終始強張った顔をしていた冨岡家の父は、そこで初めて元々そうなのであろう優しい人間の表情を見せた。
「え?それは…君は大丈夫なの?
君の家のことはお姉さんに色々聞いていた義勇に聞いてたけど…
お母さんと弟さん妹さんはもちろんだけど、君も逃げた方が良いと思うよ?
君の長兄に関しては…最悪法に訴えるし…」
義一のその提案には村田も賛成である。
もう暴力が止まらない父と兄達しかいない…しかもおそらく母が逃げて荒れ狂うであろう不死川家に残るのはあまりに危険だ。
なので村田もそう言ったのだが、寿美はニカっと笑って
「だ~いじょうぶっ!良くも悪くも義務も保護も与えられない中間子だからねっ。
これまでだって私ひとり居ようと居まいと気にされないできたからっ」
と言う。
誰にも頼らず生きて来た…そんな寿美は基本的には自分に関することは他人の意見を取り入れることはない。
それがわかっていたから村田はそれ以上の説得を諦めた。
それをのちに後悔することになるのだが…
こんばんは!
返信削除寿美ちゃん、しっかりしている分とても可哀想。
私も村田さんと同じで、なぜ貞子ちゃんも土下座しないのかわからないし納得できないわぁ。
不死川さんは当たり前だけど貞子ちゃんにも当然の罰は受けてほしいって思ってしまいます。
まあ…だいたいがちゃんとした人間ほど痛い目にあったりするんですよね💦💦
削除貞子に関してはこのあとメンタル的にはキツイ展開になる予定です。
まあそれも考え方次第と言えば考え方次第なのですが…
いつも楽しみに読ませていただいております。今回寿美ちゃんが土下座謝罪をしておりましたが、「義勇さんを家に招いた当人」であり「弟妹の面倒見がよく女子力高い」ところを錆兎君に見せようとしていた貞子ちゃんがお詫びに出てこないで妹に謝罪させていることの不自然さに錆兎君が気づかないとは思えないのですが、大丈夫なのでしょうか。
返信削除この時、実弥を自宅に残している&母が子どもと入れ違いで下の弟妹を迎えに行っている間ということなので、とりあえずの状況で自宅で問題児&弟妹を見るのは長女と言う感じでしょうか。
削除寿美がそういう形をとったのは、単に自分以外を信用していないので、何かしでかすかもしれないあたりを外部の関係者(錆兎や冨岡家の人間)と接触させたくないという考えがあります。