──私さ、やばいことはしないでって言ったよね?
宇髄さんと母で救急車の冨岡さんに付き添って、長兄はリビングに放置。
そして村田さんと姉と3人で移動したキッチンで、寿美は腕を組んで仁王立ちをしながら姉を睨む。
──えっと…私は別に…
と言い訳をする姉を
「録画してるし全部わかってるんだから、とぼけても時間の無駄だからね?
このあと玄弥兄とチビ達を迎えに行かないとだし、ちゃっちゃと方針決めないとだし、変な言い訳とか要らないから」
と、ぴしゃりとシャットして、寿美は続けた。
「貞子姉が鱗滝先輩狙いなのは知ってた。
それで冨岡さんを邪魔に思ってたのも。
で、冨岡さんの方から先輩に別れを言い出してくれないかな~と期待して、女子力マウント取り続けてたけど、冨岡さん全然別れる気にならなくて、強硬手段に出ようと思ったんだよね?」
寿美の言葉に貞子は驚いたようだ。
ぽか~んと口を開けて呆ける。
「実弥兄の部屋にわざとエロ本置いてってさりげに煽ってたのも知ってるし、今回は実弥兄がそれに倣った行動を取ってくれれば、実弥兄と付き合うかどうかは別にして、鱗滝先輩の元へは戻れないって踏んだんだろうけど…」
「で?!実弥兄はやったの?!」
と、そこで食いつく姉に、はあぁ~と思わずため息をつく寿美。
「全部わかってるんだから、その前に止めるに決まってんでしょっ。
実弥兄がリビングで冨岡さんの手を掴んだ時点でバットで殴り飛ばしたよ?」
と、仕方なしに言うと、姉はがっかりした顔をした。
これほど全部バレていてもなお、そこでがっかりするのか~と姉の鱗滝先輩に対する執着に寿美は頭痛を覚える。
「あのさ、ここで手遅れだったら貞子姉は戦犯だからね?
鱗滝先輩は傷ついた冨岡さんを突き放すどころか抱え込んで、なんなら婚約くらいはしちゃうかもだし、彼女を傷つけた貞子姉に対しては汚物を見る目で全力で叩き潰しにくるよ?
鱗滝先輩の彼女の座なんて絶対に手にできないどころか、鱗滝先輩が世界で一番嫌いな女の座をゲットできちゃうよ?
馬鹿な兄ちゃん達じゃないんだから、そんなことわかんない?」
本当にそのあたり不思議だったのだが、姉はそうは思わなかったらしい。
「寿美が言わなきゃ済む話じゃない?
実際ことが起きてたら、実弥兄に襲われたなんて冨岡さんだって恥ずかしくて口にできないでしょ」
と、外道なことを言う。
しかしながらそんな考えもしているかも…と言う予想はしていた寿美は
「残念。揉み消せないように、母さんだけじゃなくて宇髄さんと村田さんと共有したんだよ。
動画もリアルタイムで送ってるから、よしんば私が揉み消そうとしても、もう手遅れ」
と、肩をすくめた。
それに貞子はさすがに青ざめて黙り込んだ。
そこで寿美は話を進める。
「てことで本題。
貞子姉が取れる選択肢は二つだけ。
母さんと私達についてきて、二度と鱗滝先輩達と接触しないか、兄ちゃん達と父さんの元に残って恨みと軽蔑と嫌悪を向けられつつ、最悪退学になってもやりたいこと続けるか。
一応ね、前者を選ぶ場合は貞子姉は単に本当に一緒にお菓子を作ろうと思ってて、実弥兄が隙を見て暴走したってことにしてもらえるよう、宇髄さんと村田さんには話してある。
下手に大ごとにして、でも傍に居られてまた何か企まれるよりはいいでしょってことで。
後者の場合は全部公開するよ?
ちなみに…前者だったら飲み物にお酒盛ったのも実弥兄にかぶってもらうつもりだけど、後者なら実は実弥兄に作らせたアイスティにあとから貞子姉がウォッカ垂らした画像も提供するからね?
主犯は誰かってすぐわかるし、言い訳もできない」
寿美だけならなんとかできる…。
だが、それぞれに別々の人間関係を持っている二人の先輩を両方黙らせることは限りなく不可能だ。
貞子は血の気の引いた顔で唇をかみしめた。
──…なんで……邪魔するの?…私だけ幸せになれないの?
ポロポロと泣き出す姉の言葉に、寿美は片手で頭を掻く。
「あのさ…貞子姉わかってる?
今、貞子姉がやってることって、父さんや兄ちゃん達と同じ迷惑行為。
私を含めた弟妹の人生潰す迷惑行為なんだけど?」
──でもっ…
「でもじゃな~いっ!
私さ、鱗滝先輩を略奪しようと画策するとこまでは止めてなかったでしょ?
正式に婚約とかじゃないただの彼氏彼女の間はさ、まあ感心できたことではないけど、彼女居る人好きになるのも仕方ないと思うよ?
でも略奪のために犯罪に手を染めたらアウトだよ。
父さんや兄ちゃん達と変わらないゲス野郎になるよ?」
そう、そこだ。
そのライン引きは最低限だ。
世の中したほうが良い事、しない方が良い事はたくさんあって、人によっても判断は違うので追いきれない部分はあるが、してはいけない事はちゃんと民事や刑事で裁かれるように明文化されている。
どんな理由があろうとそこに足を踏み入れたら完全に迷惑野郎だし、家族にだって縁を切られて当然だ。
だから寿美は善と悪のギリギリで生きている自覚はあるが、そのラインだけは超えないように気を付けて生きている。
長兄が冨岡さんに対して振るっていた暴力とかだって、出るところに出れば裁かれるものだと思って居たし、少年法に守られない大人だったら警察沙汰だから、兄のことは早い時期から心の中では見限っていた。
「…今が引き返すギリギリだよ?
貞子姉のことまで私に見限らせないで…」
長兄とは違って姉はそのあたりを説明されれば理解はする。
気持ちがついていかないだけで……
だから寿美はその気持ちの方を突く。
「あのね、正直、私達みたいな普通以下の家庭の人間は鱗滝先輩みたいな人と一緒になっても幸せにはなれないと思うよ?
だって、先輩は人気者で先輩の彼女の座に就きたい女子はいっぱいいる。
それこそ良い家のお嬢で、顔も頭も良くて、足引っ張る親兄弟も居ない完璧な子がいっぱいね。
そんな中で先輩の彼女になっても、追い落としをかけられてストレス溜めるだけだと思うよ?
私達、それこそ兄ちゃんや父さんみたいに足引っ張られるネタになる親兄弟がいるんだからさ。
貞子姉の目的が世界一良い男の伴侶になって周り中の女にマウント取りたいとかいうことなら、それでもチャレンジする価値はあるかもだけど、違うでしょ?
普通にさ、彼氏作って結婚して普通の家庭持って子ども持って幸せになりたいだけなら、まず父さんと兄ちゃん達と絶縁して無関係になって、父さんたちを知っている人が居ないあたりで普通の彼氏ゲットする方が早いと思うよ?
私達…ずいぶんとヘビーな人生送ってきたとは思うけど、その原因はほぼ父さんと兄ちゃん達だもん。
今どき母子家庭なんて少なくはないし、この土地離れてさ、普通の家のちょっと女子力高い女子として適当な彼氏見つけた方が絶対に平和。
よしんば今回さ、貞子姉の計画通り実弥兄ちゃんの暴走が止まることなくて、冨岡さんが鱗滝先輩と別れて、万が一貞子姉と付き合うことになったとしても、鱗滝先輩以外の学校中の生徒が貞子姉の敵だし、みんなに軽蔑されて生きるんだよ?
耐えられる?
よしんば鱗滝先輩がかばおうとしてくれたってね、冨岡さんのこと知ってる人間は動いてはくれないどころか、鱗滝先輩自身が信頼なくして力を失う可能性緒高いし、そうなったら、先輩は中等部で学年も違えば性別も違うからね。
学校に居る間、皆に嫌われて嫌がられて、誰も庇ってくれないんだよ?」
これでダメならもう姉も切り捨てるしかない。
寿美はそう思ったが、姉は泣きながら
「でも…もう手遅れでしょ…」
と言うので、少し後悔し始めたようだ。
そこで寿美は言った。
「さっきも言ったけど…宇髄さんと村田さんは事情を全部知ってるけど、彼らの優先順位としては、もう冨岡さんや鱗滝先輩に迷惑がかからないことだから。
貞子姉が私達と一緒に父さんから逃げる母さんについてくることで、もう二度とこっちに顔を出さない、この地域に足を踏み入れない、鱗滝先輩を始めとする周りに関わらないって誓えるなら、貞子姉が企んでいたことは黙っててくれるよう交渉済み。
冨岡さんは元々貞子姉の企みに気づいてないしね。
貞子姉が企んでた証拠としては飲み物にアルコール仕込んだことなんだけど、そのあたりは元々紅茶作ったのが実弥兄だから、実弥兄がいれたってことにすればバレないし、何度も冨岡さんが居る間は出てくるなって言ってるのに出てきたのは実弥兄の独断だから。
私はまあ、これまでの私達の人生をめちゃくちゃにした分、実弥兄に被ってもらえばいいかなと思ってる。
で、どうする?」
「…ついて…く…。寿美達と……母さんに」
「うん、それが賢明だよね」
姉の言葉に寿美はホッと息を吐きだして、肩の力を抜いた。
これは正しいやり方ではない。
それは重々承知しているが、正しいやり方でリスクを広げるよりは、汚いやり方でも実害をなくした方がいい。
少なくとも例え姉や兄が退学になったとしても鱗滝先輩や冨岡さんの通う学校はわかっているのだから、その気になれば接触を持ててしまう。
だったら限りなく接触を持てない距離に引き離した方が迷惑をかけた二人にとってはいいだろう。
ということで、じきに逃げる算段が整うので、姉はこれで物理的に距離が出来るし大丈夫。
兄についてはあと一工夫するつもりだが、それはまたあとで。
とりあえず姉は自宅に待機させて、寿美はおそらく病院に居る母と代わって、母には弟妹を迎えに行かせ、寿美はそのまま宇髄先輩達との話し合いに望むべく、村田さんと家を出た。
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