彼女が彼に恋した時_13_幕間23

本当に何をやったのかわからない。
だが、あの事件のあった翌平日の月曜日から、不死川は学校に来なかった。

教師に言わせると、家庭で少しばかり揉め事があって、当分来ないし、あるいはこのまま転校するかもと言うことだ。

もちろん普通に休みではなく家庭の事情で転校とまで行くと色々と周りの興味を引くが、そのあたりは宇髄がさりげなく、彼の事情に詳しい人間として

──あそこの両親離婚するしねえで揉めてんだよ

と流していたので、ああ、なるほど。離婚が成立すれば母親についていくんだな、と、周りはなんとなく納得していた。


でも実際にはLineでやりとりをしている寿美の情報では母と弟妹、それに貞子は日曜の間にすでに逃亡済みで、当初の予定通り不死川とその下の弟の玄弥は父親の元に残っているとのことである。

──貞子姉が居なくなったから人生初の1人部屋だよ~っ
と、それから1週間ほど経った日の夜に学校には来なかった寿美から電話が来てホッとする。

それでも不自然に明るい寿美が少し心配で

──寿美ちゃん、ほんと大丈夫?どうしても危なくなったらウチくる?
とお節介だと思いつつ聞くも、寿美はやっぱり笑って

「ぜんっぜん平気っ。でもありがとね~。
そんな風に自主的に私を心配してくれる発言する人も村田さんが人生初だよっ」
と冗談めかして言うが、でもこれ実はきっと冗談じゃないんだろうな…と村田は思った。

そうして思わず黙り込む村田に、実に空気の読めるお子様の寿美は教えてくれる。

「えっとね、確かに父さん荒れてるけどさ、矛先は実弥兄だから全然平気だよ?
母さんが出て行ったのはタイミング的に実弥兄が問題起こしたからだって思ってる。
で、とりあえず実弥兄はもう学費出さないってことで退学。
今手続き中。
玄弥兄はそれで荒れる実弥兄に寄り添って、兄ちゃんが転校するなら自分も一緒についていくからって言ってるからこっちも転校かな。
私については父さんは居ることも気にしてない感じ。
実弥兄は自分の事で手一杯で、唯一玄弥兄がどうしてついていかなかったのかとか、母さんが家を出るの知ってたのかとか聞いてくるけど、私が母さんはたぶんいつも通り弟妹のことは気にかけてて、その世話係として貞子姉も連れて行ったけど、母さんも少しでも子どもは少ない方が楽だろうし、面倒を見られる立場でも見る立場でもない私はおいて行かれたんだと思うって言ったら納得してた」

寿美は本当に何でもないことのように語るが、村田はそれで納得されてしまうような…親が普通に気をかける存在ではないとみんなが思って居るらしい寿美の立場が悲しくて、なんだかまた泣けてきてしまった。

「それで納得されるって…あんまりだよね…」
と、そこで思わずそう言うと、寿美は
「そう?7人も子ども居るとそんなもんだと思うよ?」
と笑って言う。

「それでもあんまりだよ…」
と納得できないでいる村田に、寿美はさらに笑って
「村田さん優しいなぁ~。
じゃあさ、大人になったら村田さんが嫁にもらって自分が気にしてやって」
と、冗談めかして言う。

「いいよ、錆兎とか宇髄とかみたいにイケメンでもデキる男でもなくていいなら、嫁においでよ。
ていうか…お年頃になったら寿美ちゃんモテてお相手候補いっぱいで俺なんか見向きもされなくなりそうだけど」

今でさえ年齢のわりにいつもおしゃれで顔立ちも綺麗でいまどきな雰囲気の寿美は兄達のことがなければ普通にモテると思う。

だが、もし寿美がそうしたいというなら、村田は全然構わないと思った。


そうしてしばらく話していて、ふと思い出した。

「そう言えばさ、不死川が退学なのは良いとして、それでも学校の周りうろつかないのってどうして?
なんかあの勢いだと学校で会えないならって、余計に登下校とか狙って待ち伏せるのかと思ってたけど…」

母親が出て行った矛先が彼に向いているという事だから、あざだらけだからとかかと一瞬思ったが、そんなことを気にする男でもない気がする。

村田だけじゃない。
錆兎や甘露寺など村田の周りも気にしていたので聞いてみると、返ってきた答えはとんでもなかった。

──うん。セフレ希望のオヤジ達が怖くて外に出れないんじゃないかな?
──へっ??!!!!

言われた言葉があまりに衝撃的でついつい大声で聞き返すと、寿美の方は相変わらず淡々と言う。

「あれからさ、もう一度実弥兄に確認したのよ。
無理やりやっちゃえば相手も諦めて好きになってくれるって本当に思ってる?って。
そしたらね、まあ、うちの両親が一緒になったのもそんな感じだったのもあって、そんなもんだろって言うからさ…
うちの場合は母さんは実はね、たまに誰も居ない時にこっそり昔好きだった相手の写真とか見て泣いたりしてるからさ…一緒になって父さんは嬉しいかもだけど、母さんはもともと子どもできちゃわなきゃ一緒になってないんじゃないかな。
でも兄ちゃん達は母さんのそんな姿知らないからね。
好きな女が出来たら強引に出れば手に入るんだっていう考えを変えるのは難しいし、それなら兄ちゃん自身に体験させてどう思うかを思い知らせるしかないなぁって思って。
で、隙を見て実弥兄ちゃんのスマホいじって、SNSで住所&顔写真付きで『男性に無理やりされるみたいなシチュが好きです』ってセフレ募集しておいた」

うああああ~~~!!!
あまりにすさまじい行動に村田は心の中で絶叫した。

「ま、それで外に出るとさ、知らないオヤジが襲って来ようとするからさ。
うち、父さんも兄ちゃん達もアレな人だから、警察に保護を求めるとかいう発想もないしね。
実弥兄ちゃんは部屋に引きこもってる。
SNSで知り合ったお姉さん達に相談した結果なんだけどね、今回の。
個人的にもうちの兄ちゃんだけじゃなくてさ。性犯罪者は一度ホモの中に放り込んで掘ってもらうと良いと思うよ?
…ってことで…無理やりされても相手を好きになることはないって、実弥兄は現在実感中なんじゃないかな」

怖い…女性はマジ怖い…と思わず震える村田に電話の向こうで
──大丈夫、村田さんみたいなマジ良い人は一生することない経験だから
と寿美が笑う。

そして続けた。

「私さ、これで実弥兄ちゃんの行動もある程度収まるだろうし、明後日には母さんのとこに逃げる予定なんだ。
だからさ、記念に明日の夕方、村田さん時間取ってもらえたりする?」

ああ、なるほど。
と、村田は病院の廊下でのやり取りを思い出した。

──兄には…やらかしたことの責任は取らせます…
と寿美が言っていたのはこのことで、それできちんと結果を見て、大丈夫そうだと判断してようやく逃げることにしたのか…

「あ、私はね、今回の実弥兄の諸々はもうどうやっても止まらないからかなりえげつない方法取ったけど、他人様のために動かない代わりに他人様に迷惑はかけないっていうのがモットーだから、別に村田さんに危害与えるようなことはしないよ?
ただ、ずっと支えてもらったからさ…最後に顔見てお礼言いたいだけ」

一瞬物思いにふけって遅れた返答に勘違いしたのかそう言う寿美に、
「うん、それはわかってる。
…っていうか、他人のために動かないってのは嘘。
寿美ちゃんてさ、むしろ自分のために動いてないよ、自覚ないのかもだけど」
と、今度は村田が苦笑して言った。

こうして…翌日の夕方、あまり一緒に居るのを見られるのは良くないだろうと気を使った寿美の指定で、学校から村田の家の最寄り駅の間の定期が使える駅で降りて少し行った小さな公園で寿美と待ち合わせる。

すでに学校に行っていないこともあって放課後に村田が急いで待ち合わせ場所に行った時には寿美はすでに居て、誰も居ない公園でブランコに座っていた。

そうか…まだこうやって公園に居てもおかしくない、ブランコの似合う年だったんだな…
と、出会ってからいつもいつも大人のように立ち回っていた寿美の年齢を村田はそれを見て今更のように思い出す。

寿美は村田の姿を認めると、顔を上げて笑顔で手を振ってきた。
その姿はまるで友達を見つけた小学生そのものだ。

村田も手を振り返して駆け足で寿美が座るブランコに駈け寄った。

──遅れてごめんね
と、ほぼ時間通りだが待たせたのでそう言うと、寿美は
──いやいや、学校あるからこれ以上早くは無理でしょ。私は現在絶賛ニートだから
と冗談めかして笑う。

そしてすぐブランコを降りて村田の前に立つと、
「…というわけで、村田さん、今回は色々ご迷惑おかけしました。
でも協力してもらえて助かりました。
これ、お礼です」
と、リュックの中から紙袋を出して差し出して来る。

「これね、私おススメのヘアオイル。
村田さんさ、昨日電話で鱗滝さんや宇髄さんみたいにイケメンじゃないとか言ってたけど、髪の綺麗さは校内でも断トツだと思うよ?
せっかくだから…ね。
そのサラサラヘアに少し貢献してみたかった。
プチプラだから気に入ったら継続して使って、世界一のサラサラ目指してみて」

そんな風に言われると、遠慮する言葉も出て来なくて、つい笑って礼を言って受け取ってしまう。

その後二人で並んでブランコに座って少し雑談。

「私ね、今回母さんのとこに逃げたら、もう問題児家系の人間って言われることもないし、普通の小学生になるんだ~。
ま、たぶん金銭的には余裕なくなるし、今はスマホも解約するけど、…5年もして高校生になったらガンガンバイトして稼ぐつもりだし。
その頃になったらまた電話していい?」

「もちろん!なんならさ、たまに公衆電話とかからでも電話くれれば出るからさ」

「うん!ありがとう。
私さ、将来は奨学金で上の学校行って、食いっパグレがないように手に職つけるのに資格とって看護師になりたいなぁって思ってるんだ。
甲斐性だけじゃなくて外見もね、お金かけられなくても手はかけて、並んで恥ずかしくないくらいの容姿はキープするつもりだし、そうしたら周りの女に世界一のサラサラの彼女マウント取るために、村田さんのこと口説きにくるからねっ」

そう言ってニシシッと笑う寿美。

…実はね、私の初恋かもよ?村田さんっ

別れ際にそれも冗談めかして…でも後ろ姿でも耳まで真っ赤にしてそう言って駆け出していく寿美を見送りながら、言われ慣れない告白に村田も真っ赤になっていた。

…それが寿美の姿を見る最後になるとは、村田は夢にも思わなかったのだが……







4 件のコメント :

  1. 寿美ちゃん大丈夫なんでしょうか??
    とても心配です!
    最悪なことになっていないことを願うばかりです!やっぱり苦労してきた人は最後には報われてほしいなと個人的には思ってしまうので・・

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    1. 良い人って報われて欲しいなというのが人情ですが、実際はたいていは良い人ほど報われない気はしますよね😅💦

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  2. 寿美ちゃん、無事でいてほしいです!

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    1. 暴力家族だけ残ったただ中に居るので、めちゃ危険な状態ですね💦

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