彼女が彼に恋した時_13_幕間17

単に長兄をどつくという意味では手はある。
強力助っ人になりそうな相手はいくらでもいる。

そして…長兄が地獄に叩き落されようと寿美はどうでも良いというか…もう情より恨みが買っているので、むしろ叩き落されたあとに上からそっと土を被せたいくらいの気持ちはあった。

…が、目指すところはそこじゃない。

自分と…自分よりも下の弟妹が地獄に巻き込まれないよう逃げ出せること…それを考えると、坊主憎けりゃ袈裟まで…となってしまうあたりはダメだ。

まあぶっちゃけそういう意味では今回ばかりは鱗滝先輩に声をかけるのはリスクが高すぎる。

かなり理性的で公平平等を旨としてくれる人ではあるとは思うが、自分の彼女が馬鹿な同級生のオカズになってて、なんなら実際に襲う計画が成されているとか言ったら、さすがにブチ切れるだろう。

しかし寿美一人で対処するのは難しすぎる……
さて…どうする…
…と思った時に浮かんできたのは、最初の次兄の暴力事件の時に鱗滝先輩と共に色々気をかけてくれた、実に平々凡々で何故あの先輩の友達?と思うくらいには印象の薄い…無駄にサラサラつやつやの髪がなければ、本当に記憶に残らないレベルのモブ顔の先輩。

よく毒にも薬にもならないという言葉を使うが、あの先輩は特効薬くらいの友人がいっぱいいるので本人が薬として機能しなかったとしても薬を調達することは出来るし、逆に絶対に何があっても本人が毒にはならない…そんなちょっと失礼な事を思って居た相手。

今までどれだけ困っても全て自分でなんとかするしかなくて、実際になんとかしていた寿美が初めて誰かに頼ろうと思ったのは、そんな3学年上の目立たない先輩だった。


そうして翌日、目立っても困るので、帰り道にそっとその先輩、村田さんの後を尾けた。

意外に人気者らしく、友人達と帰るその姿をひたすら尾行して、電車に乗り、その先輩がおそらく自分の家の最寄り駅で降りたところで、

──村田さん、少しだけお話きいてもらえませんか?
と、後ろから声をかけると、

──え?うあっ!びっくりしたっ!不死川のとこの寿美ちゃん…だっけ?どうしたの?
と驚きながらも嫌な顔一つせずに応じてくれる。


そうして誘導されたのはちょうどすぐそばにあった小さな公園。
ベンチで待っているように言われたので座って待っていたら、ペットボトルのジュースを買ってきてくれた。

「ごめんね~。ここからだとうち来ても良いんだけど、うち共働きで妹も部活で今俺しかいないからさ。
やっぱ女の子だから寿美ちゃんもちょっと怖いでしょ。
田舎だからマックもないしさ~」
と、寿美の用事なのに、そんな風に謝罪をして隣に座る。

兄と同じ中学生なのにこの人も優しくて紳士なんだなぁ…なんて、寿美はその対応に感心してしまった。

そう、産屋敷学園はわりあいと名門校だから、本当ならこういうお育ちの良い学生さんが集まっているんだよなぁ…と、寿美は今更ながら我ながら育ちがよろしくない自分達にため息が出る。

そのため息に村田さんは
「あ、ごめんね?うちの方が良かった?俺は全然いいんだけど…」
と、何故か勘違いして慌てるので、その人の好さになんだか笑えてしまう。

「いえ、そうじゃなくて…うち以外は学校の人達ってお育ちが良いんだなって思って」
というと、ちょっと困った顔をされてしまった。

まあでも話したいのはそこじゃない。
あまりに時間をとらせても迷惑だろうし、と、寿美は早々に本題に入ることにした。


そうしてどこまで話すか…となった時に、寿美は何故か全て話してしまった。

兄達への思い、姉への想いと、姉の鱗滝先輩と冨岡先輩に対するおそらくの想い、今後起こりうるであろうと思っていること…までは必要なので話すとしても、自分の兄弟姉妹での立ち位置や兄弟との距離、それこそ、今まで誰にも言った事がない、常に逃げる事を考えて行動をしている自分の心中なんて、話す必要もないことまで全部。

なんというか…村田さんは聞き上手というか雰囲気癒しキャラというか…話し始めると全部打ち明けたくなってしまうような何かがある。

この人…刑事とかになったらいいんじゃない?とかどこか冷静に脳内で突っ込みをいれながらも、話す言葉が止まらない。

そんな風にいい加減迷惑なんじゃないかと思うような長い話を嫌な顔一つせずに聞いてくれた後、最後に

──寿美ちゃん、すごいね。一人ですごく頑張ってきたんだね。
と言ってくれた。

その言葉になんだか寿美の心の中で何かがポロっと崩れて落ちた気がする。
上手く立ち回って絶対に弱みなんて見せない…そう固く心に誓っていたのに、ポロリ、ポロリと心の障壁が崩れて、涙と一緒に落ちていく。

そんな寿美に黙ってハンカチを差し出してくれた村田さんは

「とりあえず…二つに分けて考えよう。
一つは貞子ちゃんがやらかすかもしれない何かを物理的に止める事。
それからもう一つは…寿美ちゃん達が上手に逃げる事だね」
と、寿美の人生の中で初めてくらい、寿美の代わりに答えを出してくれた。








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