彼女が彼に恋した時_13_幕間16

思えば上手くいっていないんだろうなと言う兆候はあった。

姉は忍耐と理性の人なので顔に出すようなこともなく、他の家族は気づいていなかったようだが、ずっと同室で観察してきた寿美にはわかる。

冨岡さんはおそらく変なところで大切に愛されて育ってきた人特有の、強さと頑固さのようなものがあるんだと思う。

まあぶっちゃけてしまえば、姉の貞子なら自分よりも相応しい人が居るかも…と思えばそこで劣等感を持って引いてしまいたくなるような場面で、冨岡さんは自分よりすごい人が居るなら自分も頑張らなきゃっ♪みたいな、無駄に前向き楽天的なところがあるというのだろうか…。

姉の女子力がすごい!と感心はしてくれるものの、じゃあ、鱗滝先輩と付き合うのは自分より姉の方が…とはならないタイプなのである。

そのあたりで姉はかなり苛々し始めたようだ。
それを感じると寿美はハラハラし始める。

姉が上手くいかない苛々を冨岡さんにぶつけようと思わないように…最悪ぶつけるにしてもヤバい方向性のものにならないように…。

神経質なまでに姉に注意を向けるようになった寿美。

そうして気づいて気になったのは、姉が最近は極力避ける方向にしていた長兄にやけにちょっかいをかけていることだ。

やたらと自分が冨岡さんと仲良くやっていることを自慢しているように見えるが、それだけだろうか…。
散々迷惑をかけて来られた相手だからマウントで腹いせ…というだけならいいが、姉の性格上、そんな無駄なストレスの発散はしないと思う。

長兄を利用して…というのは全然良いというか、出来れば母が父から自分達を連れて逃げて無関係に近くなってからにして欲しいというのはあるが、まあそれでも長兄に腹を立てているのは寿美も同じなので、彼を突き落とすことには反対はしない。

ただ、今の時点では情的な意味合いでも、逃げた後に弟妹の面倒を見る物理的な手という意味でも姉に一般人から脱落して欲しくはないので、共犯になるようなことはしてくれるなよ、と真剣に心配になる。

なので姉が兄達の部屋から帰ってきたあと、家族の中で唯一ペンではなく鉛筆派な次兄に

──玄弥兄、宿題すんのに色鉛筆削りたいから鉛筆削り貸して~
と、鉛筆削りを借りて、
──削り終わったら机に置いておくからね~
と、言っておく。

これで食事前、みんなが居間に集まった頃に、兄達の部屋を漁ろうと思う。
もしどちらかの兄が戻って来て何故居る?となっても、借り物を返しに来たということで理由付けができる。


こうしてその計画を姉にも気づかれないよう、自室で色鉛筆を使ってせっせとノートをまとめる。

──なんで今更色鉛筆?

と、それをちらりと覗いて言う姉に少しヒヤっとするが、そんな気持ちはおくびにも出さず

──ノート提出あるから。少しでも真面目に見せて心証良くしておかないと…兄ちゃん達のことがあったしね…。

というと、このところ兄達の事で色々あったのもあって

──あ~…うん。ま、大変だよね。頑張れ~

と、姉はスマホで新しく見栄えの良さげな焼き菓子のレシピを検索する作業に視線を戻した。


そうして姉は夕飯の準備をする母を手伝いに台所へ。
兄二人もお腹を空かせて居間に降りていくチビ達の面倒を見に行って寝室のある2階に兄弟がほぼ居なくなるのを待って、寿美は長兄と次兄の部屋へ。

時間はあるようでない。
ここは内側から鍵をかけてじっくり家探ししたいところではあるが、万が一にでも怪しまれたら困る。
だから寿美は逆にドアを少し開けておく。

これで誰かが部屋に近づけば足音でわかるし、ドアを開けっぱな時点で寿美に他意がないように思わせることもできるという一石二鳥だ。


ざっと見たところ、兄達の部屋に変わった様子はない。
中央に二段ベッドがあって、それを境に左側が長兄、右側が次兄のスペースだ。

二人とも粗雑なようでいて自分の事にかける時間はあまりないため、部屋は意外に片付いている。

長兄次兄も年子なので、与えられているものはほぼ同じ。
なので右も左もたいして違いはない。

さあ、そんな中で違いをみつけるとしたら…何か隠すとしたら…と言うと、やっぱりアレだろう。ベッドの中。

各々の部屋のスペースは中央のそれぞれのベッドから見えてしまうが、上下に分かれている互いのベッドだけは互いにベッドに入った後なら互いが目につかない。

そんな風に考えて下の段の長兄のベッドを探れば案の定だ。

敷布団の下に怪しげな手触り。
そっと引き出してみると、なんと少女漫画だ。

…いや…少女…というにはえげつない感じの、レディースコミックの少女漫画版みたいなもので、さすがにこれを長兄が本屋で買ったとは思えないから、おそらく姉がこっそり長兄の目につくところにでもわざとおいて行ったのだろう。

不良少年にむりやりされたヒロインが、最終的にほだされてその不良少年とくっつくみたいな、ありえなさすぎて反吐が出そうなご都合主義のストーリー。

パラパラとそれを確認して寿美はがっくりとため息をついた。
これは…ダメだ。
姉はやっちゃいけない領域のことをやろうとしている。

おそらく…長兄にさりげなくこれが本当にあることのように…もうはっきり言えば、無理やりでもやってしまえばなんとかなるという見本としてさりげなく置いて行ったのだろう。

──実弥兄…馬鹿だからなぁ…。所詮フィクションなんてわかんないだろうし…

さあどうする…まだ何も起きてはいないが、たぶんこれから確実に起きる事件を前に、寿美は両手を組んで仁王立ちをしながら、考え込んだ。








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