彼女が彼に恋した時_13_幕間13

寿美は幼い頃から知能の高い子だと言われていた。
物理的にもそれはそうなのだろうが、正直…そう言われることになったのには家庭環境が多大に影響していると思う。

兄兄姉、弟妹弟、上と下に3人ずつ居る兄弟のど真ん中。
父親はDV野郎で母だけじゃなく子どもにも手を挙げるクズだったので、母は子を、そして上3人は下3人をかばう。
庇うという行動はある種パターン化するし、庇われる側は自分で何かをする必要はない。

そんな中で、庇われる側からも庇う側からもどうしても弾かれる寿美は、自分の行動は完全に自分が考えなければならなかったし、良くも悪くも自分の行動の結果は自己責任として己の身に降りかかってくるのだ。

だから自然と周りをよく見るようになっていたし、周りを助ける場合の原動力と言うのは、周りが良い状態であった方が自分の状態が良くなるからで、別に周りのためではないという割り切りがあった。

だから兄姉弟妹がどれだけ困っていたとしても、それが自分自身の不利益になると思えば動かない。
それを徹底していた。

それを薄情、人でなしと言うなら言え。
そんなことを言えるのは恵まれた環境に居る人間な証拠だ、と達観もしている。

ただ周りが悪い状態になることが自分にとって良い状態になるという事はめったにないため、家族が困るような事はしない。
逆はあるため、家族にとって助かることの方はたまにする。

そしてその判断は大人並みに正確であったため、親はよく『寿美は手のかからない子だ』と言ったが、それは違う。

『手がかからない』わけではなく『手をかけてもらえないから自分でなんとかするようになった』それだけだ。

幸い子が多すぎて親の目も行き届かなかったためネットは自由だったし、他の子が少女漫画やアニメを見ている時間、話題に遅れないよう知識としてあらすじくらいはチェックしたがそれくらいにして、SNSで年齢を伏せて大人の友人を作って話したり、大人が利用する掲示板で嫁姑やら恋愛、結婚、その他、よくある人間関係のトラブルの話を読み漁った。

情報をより多く取り入れて、建設的な判断を叩きだす訓練をする…それが寿美が平和に生きる唯一の手段だったのである。


人と協調していけるように知識は浅く広く。
女子だけの集団にどっぷりと浸かると揉めた時に面倒くさいことになるので、男子も込みの集団でつかず離れず。

自分が困っても誰にも助けなんか期待できないししない。
それが根底にあったので、寿美はそうやって揉め事を避けて生きてきて、輪の中心になることはせず、かといって孤立もしないように、立ち位置には十分気を付けて生きて来た。

なのに、なのにである。
兄の素行の悪さはその時に始まったことではなかったのだが、それまでは力で押し切って文句を言う人間も居なかったので、なんとなく流れていたところ、長兄が中等部に上がった時に、特定の女子…もっというなら好きな女子に嫌がらせを繰り返すという馬鹿な事をもう6年も繰り返している長兄を諫める勇者が現れた。

もちろん、それまでだってそういう男子は居たのだが、長兄は腕っぷしが強かったのもあり、悪がきを率いる長兄に逆にいじめのターゲットにされて病んで転校していったという経緯があるため、それ以来、そんな勇者は出てこなかった。

ところが、中等部の入学式に女子に暴言を吐いた長兄を言い負かした相手は、成績優秀で先生の覚えがよく、顔が良くて女子達に人気で、剣道が強くて彼を慕っている同じ道場に通う先輩後輩達が上の学年にも下の学年にもたくさんいて、性格も親切で気さくで、同級生の男子達からも慕われるという、優れ者だった、

そしてさらに長兄にとって絶望的なのは、長兄がずっと片思いをしていて振り向いて欲しいがゆえに暴力暴言を繰り返していたその女子、冨岡義勇は、その入学式で助けてもらったのをきっかけに彼の事を好きになって、長兄からのいじめの相談をしているうちに彼とつきあうことになったとのことである。


(…あ~、まあ自業自得だよねぇ…)
と、寿美はそれを遠目にしつつ、でもま、中等部の事だし…と、他人事を貫くつもりだった。

だが、そうもいかなくなったのは、家では冨岡義勇を自分の彼女だとうそぶいていた、どう考えてもありえない長兄の言葉をまともに信じた次兄が、振られても付きまとっている長兄の行動をからかった女子に殴りかかろうとして、止めに入った校内でも人気者の先輩の弟に怪我を負わせたことだった。

まだ言った女子に怪我をさせたなら、フォローのしようもあったのだが、相手は人気者の先輩の弟だ。
下手に口を出すと、今度は先輩に媚びているとか言われかねない。

扱いが非常に難しすぎて手をこまねいているうちに、あっという間に兄達だけじゃなく、家族全員に対する悪評が広まって、収拾がつかなくなった。

結果…人生初の孤立。

まあ精神的には常に独りだったと言えなくはないのだが、物理的に仲間外れにされたりとか、社会的に孤立させられたのは初めてで、それは思いのほか寿美の動揺を誘った。

あまりにどうしようもない経験に思わず同室の姉に泣き言を言ったら、翌日からは下の弟妹達と共に昼休みに一人にならないようにと姉は寿美も回収するようにしてくれたため、たった1歳しか違わないのに自分の事だけではなく下の弟妹を気遣う余裕のある姉はすごいなと、そこは素直に感心する。

でも結局姉だって余裕があったわけではなかったのだ…と、そんな当たり前のことを寿美はその後に知ることになるのだが…。







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