動揺する実弥に気づく様子もなく、貞子が足早に階段を駆け下りていく音がする。
そのまま、ダダッと窓に張り付いて玄関口を見ると、貞子が外に出て行くのが見えた。
学校では誰かしらがガードしていて二人で話すことすらままならない想い人。
それと40分以上二人きりになれるチャンスが出来たと思えば、それに飛びつかない理由はどこにもない。
これはもう二度とないチャンスである。
絶対に失敗は出来ない。
実弥はごくりと唾を飲み込んで、逃げられないようにするにはどうするか…と、これ以上なく真剣に考えた。
まずは貞子が確実に家の門から出るまでは待機。
それから足音を忍ばせて義勇が居るリビングへ。
そこからどうするか…。
今度こそなんとか付き合う話まで持って行きたいのだが、今まで逃げられずに友好的に会話をすることに成功したことがない。
義勇どころかクラスの女子にも避けられていたので、どうすればいいのかがわからない。
…ここは…参考になるのはやっぱり女子が好むっつ~ことなら少女漫画…だよなぁ…
と、実弥はこのところすっかり愛読書となった貞子が置いて言った例の漫画を手に取った。
発想自体は必ずしも間違ってるとは言えないが、参考にする漫画を果てしなく間違っている。
ここで誰か女子が居たならば、『馬鹿じゃね?そういう漫画みたいな展開を期待して良いのはタダイケに決まってんじゃないっ!』とでもいうのだろうが、あいにくここには誰もいない。
実弥は時間もあまりないことだしと、その漫画をぺらぺらとめくって、何度も繰り返し読んで自分が義勇を重ねているその漫画のヒロインの姿をもう一度目に焼き付けると、それをいつものように自分のベッドの枕の下に隠して、自室を出た。
物心ついた頃から毎日昇り降りしている自宅の階段を、こんなに緊張して降りる日が来るとは思ってもみなかった。
足音をさせて義勇がこの家に実弥も居るのだと気づけば逃げられてしまうかもしれない。
なのでそ~っとそ~っと足音を忍ばせる。
途中、逃げるとしたら経路になるであろう玄関を確認しに行くが、貞子が何故かしまったらしく、義勇の靴がない。
まあ、本気で逃げようと思えば裸足でも逃げるのかもしれないが、走りにくいだろうし、靴がない方がいいだろうから、片付けられている靴にホッとしつつも、そのままやはり足音をさせないようにリビングへ。
はぁ~、はぁ~と堪えようとしても荒い呼吸音が止められないのは、緊張しているためなのか、あるいは先ほどもう少しで達するところで寸止めされて欲が溜まったままで体が熱いせいなのか…。
自宅リビングは玄関を入って続く廊下のドアから入る形で、カウンターをはさんで奥はキッチンに続いている。
あとは庭に出られるガラス窓があるが、そちらは普段から鍵をかけて閉め切っている。
だから逃げられるとしたらキッチンだが、家の構造を理解していないだろうから、逃げようとすればまずドアからだろう。
そのドアを塞ぐ形で入って行けば大丈夫。
実弥は逃走できそうな経路を確認したあと、そ~っと義勇が居るリビングのドアを開けた。
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