そうやって大掃除に勤しんでいると、午前10時ぴったりに玄関のチャイムが鳴った。
実弥がインターホンを覗き込むと、初めて見るなんとも可愛い想い人の私服姿。
普段は体形の出にくい制服を気崩すこともなくスカート丈を短くもせず、真面目な生徒の見本のように着ていて、それはそれで可愛いのだが、今の薄手のTシャツにいつもより少し短いスカート姿は理性がぶっ飛びそうな勢いで可愛い。
でも応対しようとしたところで、
──先輩来たから兄ちゃんは2階の自分の部屋ねっ!
と貞子に思い切り背を押されて2階への階段へと追い立てられる。
──少し話すくらいいいじゃねえかよォ!
とそれに文句を言うも、貞子は
──兄ちゃんの姿が見えたらもう速攻帰られちゃうじゃん!
と、実に手厳しい事を言う。
ああ、それについては否定できない。
本当に悲しいことに、義勇はいつでも実弥を見るとクルリと反転。
身をひるがえして逃げてしまう。
妹の貞子と仲が良いなら、少しくらい自分とも話してくれればいいのに…
そう思いながらも、確かに来た瞬間に顔を出したら瞬時に家に上がらず帰りそうなので、いったん家に入って貞子とキッチンに立って、菓子作りの最中ならすぐ逃げることもしにくいかもしれないし、そうしたら少しくらい接触を持つこともできるかもしれない…と、実弥は今はいったん諦めて自室に籠ることにした。
そんな実弥に思いがけないチャンスが訪れたのは、それからすぐのことである。
家に入って落ち着いて逃げにくくなるまでは…といったん自分の部屋に戻った実弥はふと気づいた。
ああ、今、同室の玄弥が居ないから部屋には自分一人だということに。
つまり…普段は2段ベッドの上の玄弥を気にしつつ、玄弥が熟睡しているであろうことを確認してからすることを、気にせずできるということだ。
教えながら焼き菓子を焼くということはそれなりに時間もかかるだろうし、落ち着いて話をできるようになるまではまだ時間がかなりあるだろう。
それなら…と、実弥は貞子が置いて言った少女漫画に手を伸ばした。
不良少年と内気で大人しい少女の恋愛漫画。
最初は少年に怯えるだけだった少女が、少年に強引に色々されて泣いて嫌がりながらも徐々に染まっていくその姿に、自分と義勇を重ねて妄想するのが、最近の実弥のいわゆるオカズである。
今日は一瞬だったがインターホン越しに見えた薄着の義勇。
漫画の中の少女の体躯にその姿が重なって、あっという間に身体が熱くなった。
いつものように顔だけではなく、そこに想い人のリアルな全体の姿が焼き付いた状態で妄想すると、あっという間に高まって、いつもとは比べ物にならないくらい早く昇りつめようとしたその時だった。
もうわざとか?と思うくらいのタイミングでドアをノックする音がした。
妹に今の状況を知られるのはさすがに恥ずかしい。
なのでドアは開けない前提で、それでも必死に呼吸を整えて
「なんだァ?」
とドアの向こうに声をかけると、返ってきたのは実にのんきな妹の信じられない言葉。
「ちょっと材料の買い忘れがあったから駅前のスーパーに行って買ってくるからっ。
先輩もう来てるから、下に降りないでよっ?!」
え?え?マジかァ??!!!
ドクン!とあらぬところが熱く脈打った。
駅前のスーパーまでは徒歩15分。
往復だけでも30分。
さらに休日でごった返すスーパーのレジで並べば少しの買い物だってプラス10分ほどはかかるだろう。
(…と、冨岡と、家に40分以上、二人っきりかァ……?)
これはもう、ソロプレイをしている時間なんてない。
そう気づいて、実弥は慌てて服装の乱れを整えた。
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