最近、一番上の妹、貞子が、義勇と仲が良いらしいということは実弥も知っていた。
少し前に自分のことですぐ下の玄弥がちょっとした暴力事件を起こして、それが原因で下の弟妹全員クラスメートに避けられるという事態に陥って、それが解決したと思ったら、今度は貞子がクラスメートに陥れられて大変な事態に陥った。
それを助けてくれたのが不死川の想い人である冨岡義勇の彼氏である鱗滝錆兎だったらしく、問題が解決してもまだ心の癒えない貞子を心配して、周り皆に貞子を気にかけてくれるよう頼んでくれたらしい。
それがきっかけで、鱗滝の彼女の義勇とも関係が出来たようだ。
それを知って、もっと早くそういう関係になってくれていればあるいは自分との仲だって…と思う実弥だが、そもそもがそのきっかけが鱗滝だということは脳内からすっぽり抜け落ちているのが彼の彼たるゆえんである。
ということで、自分が好きな女子と自分は近づけないのに妹が毎朝お茶をしている…そんな関係に悶々とする日々。
そんな状況なのに貞子はしょっちゅう実弥の部屋に来て、お菓子を齧りながら、いかに先輩と楽しく過ごしているかを話し込んで来る。
これ…もしかしてマウントをとられているのかァ?と言いたくなること数回。
少しでも羨まし気な様子を見せれば、ドヤヤっとした顔で
──ま、実弥兄ちゃんはやらかしてるから仕方ないよねぇっ
とか言われるので、あるいは自分の素行の悪さに巻き込んだことで貞子を怒らせているのかもしれない。
貞子は産まれた順番から言うと3番目だが女の中では一番上になる長女で、普段は真面目で優しいお姉ちゃんキャラだったのだが怒らせると怖いんだなと、実弥は初めてそれを知った思いである。
そんなマウントだか嫌味だかの言動の他、貞子について初めて知ったことがもう一つ。
──漫画とかだとさ、乱暴な奴に最初は無理やり色々されて絆されて~みたいなのもあるんだけどねっ
と、読んでみる~?などとからかうように置いていく、小学生がみるにはどうなのか?と思うような過激な少女漫画。
貞子は元々は真面目で、こういうちょっとどうかと思うようなものを読むのは次女の寿美かと思って居たが、あまりに色々起こり過ぎて変な方向にふっきれたのかもしれない。
そんな風に思いつつ、まあ実弥もお年頃ではあるので、少女漫画とはいえかなりの過激な性表現もある妹の置き土産をついつい手にしてしまう。
…読んだのを知られたら恥ずか死ぬので、部屋の鍵はきっちりかけた上でだが…。
(絵は少女漫画なのに、内容えげつねえ…)
可愛らしい絵柄と過激な内容に最初の方こそそんなことを思って居たが、大人しそうな黒髪のヒロインにどことなく自身の想い人である義勇を重ねて、気づけば読みふけってしまった。
真面目で大人しい少女に一目惚れした不良が、やや強引に少女を手に入れて、最初は嫌がっていた少女の方もだんだんほだされていくという、まあ、いやよいやよも好きのうちになっていく感じのストーリー。
そう言えば以前、貞子が同じく読書の宿題とやらで実弥の部屋に押しかけてきてベッドを占拠して読んでいた源氏物語も、主人公の光源氏というチャラ男が美少女を拉致監禁した挙句に妻にしたとかいう話だった気がする。
女ってこういうの好きなのかァ…
と、姉妹は居ても妹達以外の女子と縁がない実弥は思う。
それを当の女子に言ったなら、
──フィクションに決まってんだろ、ボケェっ!!
とどつかれること請け合いだが、好きな女子にすら意地悪をして嫌われる系の不毛な人生を送ってきた実弥にそんな会話をするような仲の女友達がいるはずもない。
なんとなく…無駄で誤った知識が蓄積されていった。
そんな日々を送る実弥に、とある休日、とんでもない機会が訪れた。
いつものように過ぎると思っていた週末。
貞子が母や弟妹を映画にと勧めて貞子と貞子に手伝いを命じられた実弥以外の家族皆が出かけることになった。
家族が遊んでいる間、自分は掃除手伝いというのは楽しいとは言えない状況ではあるが、このところ弟妹達には迷惑をかけたから仕方ないかとも思う。
まあ贖罪としてそういう日があってもいいかと思えば、皆が出かけた直後、貞子に、実は先輩にお菓子作りを教える約束をしたので、家族が居ると気を使わせるから外出を勧めたのだと告白された。
そして貞子が不死川を残したのは、先輩を招くのに大掃除をしたくて、一番体格の良い実弥に掃除を手伝わせたいからだという。
しかし人がいると気を使わせるからということなら、実弥を残すのもおかしい。
父はやばいが弟妹や母なら居ても良いじゃないか…と不思議に思ったわけだが、そこで貞子ににやりと
──先輩が来たら兄ちゃんは絶対に自分の部屋から出ないでねっ
と言われたあたりで、ああ、なるほどと思った。
おそらく最近のマウントの延長線なのだろう。
いくら鈍感な実弥でも、貞子が実弥に対して深く怒っているのはさすがにもう理解した。
今回貞子はわざわざ実弥を家に残したのは、自分が義勇と仲良くしているのを実弥がうらやむのをわかっていて見せびらかすつもりなのだと思う。
母たちが出かけた直後から実弥に義勇用にとオレンジアイスティ用にアイスティまで作らせて、時間までに冷たくなるようにと冷蔵庫に放り込むと、貞子は本当に上機嫌でキッチンをピカピカに磨き上げていた。
ああ、本当に我が妹ながら…というか、一緒に暮らしていて実弥を熟知している妹だからこそたちが悪い。
本当に…何が実弥にとって大きなストレスになるのかよくわかっているのである。
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