その日も朝に貞子と一緒にお菓子を食べながらお茶を飲んでいた。
色々おしゃべりをするその中で、義勇が中等部の入学式での錆兎との出会いの延長線上で、その時に借りたハンカチを今でも大切に持っているという話をしたら、いつもは笑顔の貞子が、少し戸惑ったような顔で、あっ…と小さくつぶやいた。
「あ、でもね、錆兎が持ってて良いって言ってくれたからだよ?
別に許可なく返さないわけじゃないからね?」
と、勝手にもらってしまっていると思われたのかと慌てて否定したが、貞子は
「え、ああ、そうですね」
と曖昧な笑みを浮かべる。
いつものように笑顔での相槌が返ってこないことで、微妙な表情をしたのはそのことではなさそうだ…と、やはり気になって、
「えっと…私、何か変な事言ったかな?」
と義勇は貞子に聞いてみた。
それに対して返ってきたのは、
「いえ…たいしたことじゃないんです。気にしないでください」
という答えだったが、気にするなと言われれば余計に気になるのが人間というものである。
「えっ…。でも気になるんだけど…。言って?」
と義勇がさらに言うと、貞子はちょっと悩んだうえで、──誤解しないで下さいね?──と前置きをして話始めた。
「えっと…先日、鱗滝先輩にお礼にハンカチを渡したんです。
部活後に相談に乗ってもらったり、お茶をご馳走してもらってるので、私の用事に付き合わせているのに申し訳なくて…」
そう言う貞子は気づかわし気で、彼女に対して特に悪い感情は起きない。
本当によく気の付く子なのだろう。
でも義勇は鱗滝君がそんなにしょっちゅう二人きりで貞子の相談に乗っていることも知らなかったし、あまつさえ二人でお茶までしていたなんて知らなかった。
しかも…義勇以外の女子からプレゼントまでもらっていたなんて……
自分の行動を逐一報告する義務はないのは確かだと思うのだが、だからと言ってこれはすごくショックで…不安になった。
そんな風に少し青ざめて固まった義勇に、貞子は
「ごめんなさいっ!誤解しないでくださいね。
亜優の事があって、色々他の人との距離感とかに神経質になってたので、鱗滝先輩も心配して下さっただけなんです。
お世話になっている先輩に迷惑かけたくないし、うっかり口を滑らせたことで冨岡先輩に不快な思いさせたりとかしたのわかったら見捨てられて今度こそ人生詰んじゃうんで、出来れば私が言ったというのは鱗滝先輩に言わないでもらえると嬉しいんですけど…
ほんっとに、亜優のことで懲りてるので、また略奪狙ったとか噂になりたくないので…」
と、結構必死な様子で身を乗り出して言う。
まあ…彼女にしてみたらそうだろうな…とは思うし、略奪の噂が立って大変な思いをしてトラックの前に飛び出した彼女からしたら、本当にまたその手の誤解をされるのは避けたいところだろう。
貞子の側に略奪の意志はない。
だが、そんな可哀そうな彼女と日常的に接している鱗滝君はどうなんだろう…。
義勇の目から見ても貞子はよく気の付く優しい良い子だ。
そんなとても良い子が不遇な目にあって可哀そうな事になっている。
守ってやりたい…と思うのは当然の感情だろう。
問題は、義勇の時もその”守ってやりたい”という親切心から今の付き合いに発展しているという事である。
義勇よりもよく気がつく良い子の貞子が義勇よりも可哀そうな境遇で居る…それが鱗滝君の目にどう映っているのかが怖い。
貞子の方にその気がなかったとしても、鱗滝君は世界で一番素敵な男子なので、そんな彼から手を伸ばされたら、その手を取らずにいられる女子なんてきっとこの世に存在しないだろう…。
その後、貞子と何を話したのか、義勇は正直覚えていない。
ただ、鱗滝君に別れ話をされてしまったら…と思うと、どうしても彼と話すのが怖くて、その日は一日中甘露寺さんにくっついていた。
そうして付き合い始めてから初めてくらいにほとんど鱗滝君と話すことなく、その日は一日が過ぎていった。
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