──鱗滝先輩、報告と確認を少しだけ…。間違ってまたもめるの嫌なので。
貞子は今日も少しだけ報告と相談をしたい、本当に5分だけで良いから、と、剣道部の部活後の鱗滝先輩を直撃して、時間をとってもらう。
そうして自販機に向かいかける鱗滝先輩に、
「あ、飲み物なら持参してるので、私は大丈夫ですからっ」
と、貞子はサイドバッグのポケットに突っ込んでいるタンブラーを揺らす。
それにピタッと足を止めて苦笑する鱗滝先輩。
「あ~かえって気を使わせてしまったか…」
という彼に、貞子は
「そうですよっ!」
と冗談めかして笑いながら大きく頷いた。
その返答は想定外だったらしく、反応に困る鱗滝先輩を見て、貞子はいまだ!とカバンから小さな包みを取り出すと、
「私の相談ごとなのに毎回奢らせていてちょっと申し訳ないなと思ったので、頂くのも差し上げるのもこれが最後ということで、相談のお礼も込みでこれ受け取ってください」
と、鱗滝先輩にそれを突き出した。
それに、え?と少し躊躇する先輩。
その反応も想定の範囲のど真ん中だ。
自分の彼女以外の女子からお礼とはいえ物を受け取るのはよろしくないだろうと、真面目な鱗滝先輩なら思うに違いない。
そのため、貞子は日々受け取ってもらうための下準備をしてきたのだ。
なのでニコッと他意がなく見えるように笑みを浮かべて言う。
「えっと…竈門君や胡蝶さんにはおおげさにならないようにと思って、お昼を一緒にしてもらう時にお菓子作りが趣味だからって言って、日々簡単なお菓子を作って持って行ってるんです。
冨岡先輩と学校でおしゃべりする時とかは、色々なお店で目についた可愛いキャンディとかグミとかを用意して一緒に食べたりとか…。
でも鱗滝先輩は冨岡先輩が居るから、手作りのお菓子とかは変な誤解与えると嫌だし、でも何回かジュースご馳走になったりしているので、本当にシンプルなハンカチ。
これなら誰かにもらった~とか目立たない感じかなと。
で、今後は本当に奢り奢られ無しで、相談だけ。
お世話になっている鱗滝先輩が彼女さんと喧嘩したりすることになったら、本当に申し訳ないので」
「…不死川さんて…本当に驚くほど気遣いの子だな。
小学生とは思えないくらい。
苦労しているからか…」
鱗滝先輩はこれで納得してくれたようだ。
「そういうことならありがたく頂いておく。
なんだかかえって気を使わせてしまったようですまなかったな」
と包みを受け取ってくれる。
こうして無事包みが自分の手から鱗滝先輩の手に渡ったところで、貞子は心の中でガッツポーズを決めた。
まず自分が贈った物を鱗滝先輩が受け取った事、この事実が大切である。
これを先輩が使っても使わなくても、陰で冨岡義勇にアピールすることは可能なくらいには冨岡義勇とも接触を持っている。
そしてなにより、贈り物に対して鱗滝先輩に疑いや不快感を抱かせず、むしろ気遣いの出来る女子として良い印象を与えられたことも大きい。
相談内容自体は、前回の親しいと思って居たのに…という亜優の事があるので、今助けてくれている鱗滝先輩の後輩達に対して不快感を与えたりしないために対応が間違っていないかの細かい確認で、疑いを持たれるようなことは口にせずさらっと終わらせて、さっと引く。
少しずつ少しずつ…鱗滝先輩の信頼を勝ち取って、他が何か言ってきたら、むしろ貞子に味方をしてもらえるように…。
そう、信頼をしっかり勝ち得たあとなら、疑われるのはかえって好都合だ。
そこから今の先輩の人間関係がいったん崩れて貞子が入り込む余地ができる。
目指すは鱗滝先輩の彼女の座。
そのためには他の全てが犠牲になったって後悔なんかしない。
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