──冨岡先輩、それ可愛いですね
そう言ったのは偶然だった。
当たり障りのない…相手に不快感を与えない話題として新しい髪留めを褒めてみただけのことである。
何故そんな相手と和やかにお茶をしているかと言うと、鱗滝先輩についての情報収集のため…プラス、先輩を狙っているということを周りに気づかせないためのカモフラージュだったりする。
正直…眼鏡をかけているので気づく人間しか気づかないかもしれないが、冨岡義勇はすごく綺麗な少女だ。
それは認める。
でも女子としての気遣いとか、器用さとか諸々は絶対に自分の方が上だと貞子は思っていた。
年の離れた姉に可愛がられて育った末っ子だという本人の申告通り、色々に気が利かない。
飲んだあとのカップとか、当たり前に彼女の分もまとめて片付ける貞子をぼ~っと眺めていて、全てが終わった後に、
──貞子ちゃん、ありがとう。本当によく気がつくんだね
と感心したような笑顔で言う。
先輩として後輩にやらせているとかいう圧もないし、どちらかと言うと一番下の妹のことの世話をしているような気分になった。
が、ことと違ってちゃっかりと上手に立ち回るということもなく、とにかくぼ~っとしている。
本当に美少女だという事以外、これと言って好かれる要素を感じない。
まあ勉強はできるということだけれど、女子は勉強ができるからモテるというのもあまり聞かないので、そういう面では無意味だろう。
鱗滝先輩は見かけで彼女を選ぶようなタイプではないと思うし、何故こんな顔だけ女子を選んだのかと言えば、もう、その妹の貞子が言うのもなんだが、先輩の目の前でわかりやすく長兄にいじめられていた可哀そうな子だったからというだけだろう。
それなら長兄と周りの少しばかりの男子にいじられていた冨岡義勇よりも、クラスのほとんどから自分には関係のないことで微妙な扱いを受けている貞子の方が絶対に可哀そうだし、先輩は可哀そうな女子を守ってやりたいと思うなら、冨岡義勇より貞子と付き合うべきなのである。
女子としての気遣いだって絶対に貞子の方が上だ。
それは何回かこうして冨岡義勇と二人での時間をとるようになって思った。
彼女との時間は貞子の方から話題をふってやらないと、沈黙が辛い。
なので毎回色々探しては話題をふっていて、今日は新しい髪留めをしていたので、それについて言及してみた。
すると冨岡義勇はふわふわと笑みを浮かべながら
──ありがとう。錆兎がね、作ってくれたの
と言う。
──え?作ったって…?
──えっとね、錆兎はすごく器用なんだ。これ以外にもいくつか作ってもらったの持ってる。
と、貞子が褒めた髪留めにそっと手を添えて言う冨岡義勇。
貞子はそこでようやく、鱗滝先輩はあんな風に硬派なのに、市販品のような素敵なアクセサリーを作れる器用さとセンスの持ち主なんだと理解した。
冨岡義勇の髪留めは彼女の瞳の色に似た綺麗な青い摘まみ細工の花を施した可愛らしい物だったが、貞子も鱗滝先輩とつきあったなら、貞子に似合う色の可愛い髪留めを作ってもらおうと思う。
その日が早く来ると良いな…と思いつつも、こういうことはごり押しをしてもうまくいかないというのは長兄の行動で身に染みてわかっている。
だから今は、『将を射んとする者はまず馬を射よ』ではないが、鱗滝先輩に怪しまれず近づいて好きになってもらうために、面倒臭いと言えば面倒くさいが、この一見無駄なように見える時間を過ごしているのだ。
幸いにして貞子のクラスでの現状は鱗滝先輩のおかげで露骨に避けられたり悪口を言われたりということはなくなったが、やはり貞子自身が何かしたわけじゃないということが明らかになったとしても長兄がやらかしていること、貞子がその妹であることは事実なので、完全に元通り平和になったとは言えない。
だから日々の報告と今後の相談と言う形で鱗滝先輩に会う口実はなくなっていないし、実際に会えていた。
まあでも…鱗滝先輩はとても良識と気配りがある人なので、正当な理由があったとしても彼女がいる自分が他の女子と二人きりと言うのはよろしくないと思うのだろう。
会う時は必ず宇髄先輩と村田さんと3人でという形になっているし、連絡先も直接は教えてもらえなくて宇随先輩経由でとなっている。
なので、とりあえずは鱗滝先輩の連絡先をゲットすることと宇髄先輩と村田さん抜きで、鱗滝先輩とふたりきりで会うようになれることが、現在の貞子の中間目標だ。
幸いにして冨岡義勇の方の信頼は掴むことが出来たと思うので、
「何かあった時に対処してくれるのって、宇髄先輩じゃなくて鱗滝先輩だし、急に対応して欲しい事が出来た時に宇髄先輩が忙しくて鱗滝先輩に連絡がつかないと辛いから、出来れば鱗滝先輩の連絡先が知りたいんですけど…」
と言ってみたのだけれど、なんと鱗滝先輩は卒なく根回しをしていたらしい。
「えっとね…教えてあげたいのは山々なんだけど、錆兎が勝手に自分の連絡先を教えるのは絶対にダメって言うから…。
だからね、宇髄君に連絡つかなかったら私に連絡くれれば錆兎につなげるからっ。
私は宇髄君みたいに交友関係広くないし、家に居ない時はだいたい錆兎と居るから大丈夫っ!」
と、イラっとする状況説明付きの返答をもらってしまった。
鱗滝先輩が介入するまでこの女に友人が居なかったのは、別に長兄のせいじゃなく馬鹿すぎて苛々させられるからなんじゃないだろうか…と、表面上は
「ありがとうございますっ。
その時はよろしくお願いします」
と笑顔で答えながらも、貞子はそんなことを考えていた。
0 件のコメント :
コメントを投稿