──先輩、一緒に帰って良いですかっ?
あれから何故か今度は不死川の妹の貞子に懐かれている。
いや、彼女の側にすれば懐くというより、色々事情があるというのが正しいのか…。
簡単に言えば…不死川家の男たちの暴力のとばっちりだ。
亜優の父親は幼稚園児だった頃に不死川の父親が振るった暴力で今も左の小指が動かないらしい。
それだけではなく、亜優が幼稚園時代に世話になった上級生が小学生になっていじめられた女子をかばったら自分がひどいいじめを受けて、病んで転校したという。
その話を聞いて、義勇はなんとなく思い出した。
そう言えば小等部に入りたての頃、義勇に執拗に絡む不死川にその都度注意をしてくれた男子がいて、一時期、不死川の嫌がらせのターゲットがそちらに移ったことがあった気がする。
いや、義勇のように不死川本人に怒鳴られたり殴られたりするだけじゃなく、面白がった周りの男子もからかってきたり、なんなら教科書をゴミ箱に捨てられたり、机に濡れたぞうきんを入れられたりもしていた。
義勇は自分に関わったせいなのもあって申し訳ない気分で一緒に教科書を探したり、濡れ雑巾で濡れてしまった机の引き出しを乾いたぞうきんで拭いたりもしたが、義勇がそうやって関わると逆に彼へのいじめがひどくなるので、いつしか陰でこっそり謝ることしか出来なくなり、しばらくしたら彼は学校に来なくなって転校していった。
あの彼はどうやら元々正義感が強く優しい子だったらしく、亜優が幼稚園に馴染めずに行きたがらなかった頃に、毎日一緒に手を繋いでいってくれたらしい。
そんな身近で大切な人達が二人までも不死川家の人間に人生を狂わされたのを見て、亜優は復讐を決意して貞子に近づいたというわけだ。
そして仲の良い友達のふりをしながらずっと機会を伺っていたという。
そんなことは知らない貞子の好きな男子の話を聞いて、いつか奪うだけではなくその男子から嫌われるように…と、色々考えて、とりあえず貞子が自分以外にその話をしないようにと他の子と二人になったりしないように立ちまわり、他の話はLineでもそのことに関する話だけは文章に残さないため電話で話すようにしたらしい。
そのうえで、前回の不死川の長男次男の諸々で貞子が同級生達からハブられているのを好機とみて、貞子が好きな城山君という男子に貞子のことを心配する優しい女の子として相談ということで近づいて、彼女になるところまで持って行ったらしい。
当然彼には貞子が彼にずっと片思いをしていることは言っていない。
それどころか、親友がこんな時だから、と、付き合っていることを他には言わないで欲しいと口止めをする徹底ぶりだ。
そしてその後、兄達のことが一段落ついた時点で何も知らない貞子がずっと恋の相談相手だった亜優に片思いをしていた城山君に告白すると宣言したところで、彼に貞子が自分に城山君に告白すると言ってきたと泣きついたらしい。
城山君にしてみたら、ずっと親友を心配してきた亜優に対して貞子が略奪宣言をしたということになるのだから、とんでもない女子だと思うのは当然だろうし、そんな人間が優しい自分の彼女を傷つけてきたなら、手厳しい反応になるのも当たり前だ。
とりあえずここまでは宇髄君の彼女が亜優の仲の良い先輩で聞きだしてくれたらしいのだが、ではクラスに広まったその誤解を亜優が解く気があるかと言うとないらしい。
そこでどうする?となって、とりあえず鱗滝君と宇髄君が、もし亜優が自主的に言わないのなら後輩達に事実訂正をさせることになると事前に警告したのだが、不死川家の醜聞が広まることになるならむしろ歓迎だと言われたので、仕方なしに後輩達が修正に回ることになった。
それでどうなったかと言えば、そもそもが信じる児童と信じない児童が居て、信じたなかでも”不死川家”の方が悪いと考える児童がけっこう居るということで、なかなかすっきりとはいかないらしい。
さらに現在は巻き込まれるのが怖いということで、貞子からも亜優からも距離を取る同級生が一定数居て、それでも亜優に同情して味方する子はやはり少数。
貞子はと言うと、今回の事でさらに長兄の悪評が追加されて”あの不死川の妹”という目で見られがちなのを、鱗滝君の後輩達が、『彼女が悪いわけではなく、むしろ兄達の被害者だから』と、差別をしないようにと言いつつ付いていることもあって、かろうじて普通の交友関係は続けてくれている同級生もいるという感じだ。
それから諸悪の根源、彼女の長兄に関しては、さすがにここまでことが大きくなってくると隠すというのは不可能で、事実を知ると暴走を止めるのは一苦労なわけだが、そこは宇髄君と鱗滝君と村田君、それに何故か伊黒君が加わって説得をした。
もっとも…
「心優しい甘露寺が貴様の妹を可哀そうだと言うから、義理はないが特別に教えてやる!
いい加減にしろっ!
貴様は今の時点では特に何かやらかしたわけでもない無害な貴様の妹にも害を与えているただの迷惑野郎だっ!
貴様が暴力で下級生を脅したところで、貴様の妹は怖がられて避けられるだけだというのが何故わからん!!
それとも何かっ?!
貴様の妹は何かしたわけでもなく嫌がらせをされるような、他人に不快感を与えるような人間なのかっ?!
違うというなら、今こうなっている理由はただ一つ!
貴様が嫌がられるような人間で、弟妹は貴様の弟妹だからそのとばっちりを受けているんだっ!
貴様が居なければ貴様の妹は避けられもせず嫌がらせをされることもないっ!
弟妹が本当に可愛ければ消えろっ!!
消えてしまえっ!!
特に甘露寺の前からは綺麗すっきり消え失せろっ!!
少なくとも存在を気づかれないくらいに大人しくしていろっ!!」
と言って、不死川と喧嘩になりかけたので、参加したほうが良かったのかどうか、義勇でも悩むところだが…。
それでも伊黒君よりは不死川との方が距離が近い宇髄君が
「怒んな、怒んなっ。本当のことだろう?」
と伊黒君を肯定する形で不死川を宥め、鱗滝君が
「確かに小芭内はこれまでの諸々でお前に良い感情を持っているとは言い難いから、言い方は悪いかもしれないが、言っている内容は的を得ていると思う。
なぜならお前から見て、お前の妹は良い子なんだろう?
それがお前の行動が原因で同級生に悪意を持たれているとするなら、兄としては自分がやりたい事よりも妹の平和な学園生活を優先してやりたいと思わないか?」
と言うと、不死川は往生際悪く
「てめえ、貞子が考え事してただけだって嘘つきやがっただろ。
そんな奴のいう事聞けっかよ」
と口を尖らせてうそぶく。
しかしそれにも宇髄君がはあぁ~とため息交じりに
「お前なぁ…こいつは正義を愛するお殿様だからな?
嘘ついて楽しんでるわけじゃねえのわかれよ。
本当のことを言えばお前が暴走して可哀そうな女子小学生が追い詰められるからと思って、正直者でありたい自分の主義を曲げてでも嘘ついてくれたんだよ。
私欲じゃねえ。
はっきり言えば、他人のこいつでも自分がこうありたいってことを我慢して貞子の状況を優先して気遣ってんのに、兄貴のお前が自分の我欲、我儘優先で妹追い詰めるってどうなのよ?」
と痛いところを突いてきたので、やっと黙った。
「とにかくな、お前はもう大人しくしてろっ。
お前が騒げば騒ぐだけ妹の立場は悪くなるからな?
殴れば解決じゃねえ。
殴ったら妹がさらに周りから嫌な目で見られたり避けられたりするぞ。
今のお前に出来ることは、元々の原因となった冨岡に近づかない事。
他のクラスメートにも喧嘩を売ったりせずに、大人しく学校生活を送る事だけだ」
最後に宇髄君がピシッと不死川を指さしてそう締めると、不死川は不満そうな顔で、それでもとりあえずそれ以上反論できなかったのか黙り込んだ。
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