──先日は鱗滝先輩だけを呼び出してしまって申し訳ありませんでしたっ
と頭を下げる貞子。
が、貞子本人が翌日の学校でひょこっと顔を出したかと思えば、冒頭のように言って頭を下げてきて、
「兄の時の諸々も解決できたのは鱗滝先輩の尽力が一番大きかったと思うので、その鱗滝先輩しだいで今回もどうなるかが決まると思ったんです。
でも鱗滝先輩、彼女の冨岡先輩が居るとどうしてもそちらが気になっちゃうみたいだから…勝手なのは重々承知していたんですけど、本当に私、追い詰められてて、可及的速やかに解決して欲しかったので…。
冨岡先輩が嫌というのではないんです」
と説明をしてくれた。
なるほど。
そういうことだったのか…。
確かに鱗滝君はいついかなる時でも義勇を一番に優先してくれるので、貞子の話で何か義勇が驚いたりすればショックを受けたのかもと気にしてくれてしまうのは想像に難くない。
それに鱗滝君が義勇をとても好きで大切にしてくれている…それが数回会っただけの貞子にもわかってしまうくらいなのか…とちょっと嬉しくなってしまった。
そんな自分が浅はかだったということに義勇が気づくのは、ずいぶん先の話になるのだが…
時は不死川の妹の貞子がトラックの前に飛び出したその日にさかのぼる。
早々に宇髄君に貞子を託して義勇と一緒にマックの新作パイを食べに行った鱗滝君は、
──ちょっとだけ電話する。ごめんな。
と言いつつ、スマホを取り出した。
そうして電話をかけると電話の向こうからはすごい怒鳴り声が聞こえてきて、相手が不死川だとすぐわかった。
義勇がいつも委縮してしまうあの怒鳴り声を気にした様子もなく、鱗滝君は淡々と、
貞子が考え事でもしていたのか信号に気づかずトラックに轢かれかけたこと、
幸いにしてトラックの方が急ブレーキをかけたためぶつかることなく、転んだ際の擦り傷が出来たくらいなこと、
それでも念のため救急車と警察を呼ばれたこと、そして今宇髄君と村田君に付き添われて念のため事故の話が聞きたいという事で警察に行っているので帰宅が少し遅れるかもしれないことを伝える。
もちろん不死川はそれでも興奮しているようなので、
「あ~…学校のすぐそばの大通りでのことで、目撃した学生達はおそらく飛び出したんだとか面白おかしく大げさに尾ひれをつけて話すだろうが、本当に考え事をしていたという感じだったし、本人もそう言っていた。
だから家でまでそうやって騒がれるとかえって辛いだろうからな。
せいぜい車の多い通りで深く考え事をするのは危ないからやめろという注意程度にとどめてやった方がいい。
明日以降、学校で同級生達があまりに囃し立てるようなら、俺が仲良くしている後輩達に注意をしてくれるよう頼んでおくから、そのあたりの心配は無用だからとも伝えておいてくれ」
と追加で注意を与えて電話を切った。
──あれって…飛び出したんじゃなかったの?
義勇は通話を終えた鱗滝君にそう聞いた。
絶対、という確信があるわけではないが、義勇の目にも飛び出したように見えたのだけれど…。
通話を終えた瞬間に、はあ~~と疲れたため息をもらした鱗滝君は、その義勇の質問に普段はきりりとした印象を与える太めの眉の眉尻をさげて、少し困ったような笑みを浮かべる。
「不死川は…暴走する男だからな。
もし意図的に飛び出したとなれば、妹が疲れて居ようと言いたくないと思って居ようと、理由を言うまで問い詰めるだろうし、理由がわかれば原因となった妹の周りの環境に対して無差別に暴力的な行動に出る。
そうすると逆に妹はさらに追い詰められるだろう?
だからとりあえず不死川には言わず、宇髄に任せようと思っている。
宇髄が事情を聞いて協力を求めて来ればまた、小等部の後輩達に色々依頼する予定だが、相手が不死川の妹ということで俺が関わることが不快なら、その旨を宇髄に伝えて手を引くから言ってくれ」
それを聞いて義勇もなるほどと思う。
確かにそもそも今回の諸々に関わり始めることになった発端は不死川家の上二人が起こした暴力事件で残りの弟妹がクラスでイジメにあったことだった。
それを鱗滝君が後輩達に頼んで動いてもらったことで鎮静化したばかりなので、また元の木阿弥になるのは避けたいというのはさすがにわかる。
そして…不死川家のことに関わって欲しいか欲しくないかと言うと欲しくないというのが本音だけれど、貞子に関して言えば不死川が義勇につきまとうことを止めたいという同志でもあるし、それよりなにより、まだ小学生の女の子がトラックの前に飛び出すほどに思いつめているのを放置したいと思うほど冷たくはなれない。
最終的に対処に関しての中心人物になるのであろう宇髄君を少し手伝うくらいは問題がないと思うので、
「別に貞子ちゃんに関わるのは仕方ないと思うよ。
私だって心配だし、相談に乗れることがあるなら相談にのってあげてもいいくらい」
と答えると、鱗滝君は
「義勇はやっぱり優しいな」
と言って、いつものように笑う。
優しいのは鱗滝君の方だ。
彼は優しい。
例え迷惑をかけられている不死川の弟妹であろうと、困っている弱者が居れば全力で助けてしまうくらいには優しい。
義勇の事だって最初はそうやって助けてくれたのだから、他の人は嫌だというのは我儘だとは思うのだけれど、相手が女の子だと少し不安になってしまうのである。
そんな風に思って居たところに、翌々日、宇髄君から鱗滝君に話し合いをするからと呼び出しがあって義勇も行こうとしたら、義勇は来ないで欲しいという要望があったので、まさかっ?!と心配になってしまっていた。
でも呼ばれていないどころか来ないで欲しいとまで言われて押しかけるわけにもいかないし、事情が事情だけに鱗滝君に行かないでくれとも言えずにモヤモヤしていたので、さらに翌日に貞子が謝罪と共に説明してくれた言葉に心底ホッとしたのだった。
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