彼女が彼に恋した時_11_中編

波乱の幕開けは突然だった。

水曜日の放課後のこと。
付き合うようになって毎週そうであるように、その日は鱗滝君の部活がないため、一緒に帰って途中で甘い物を食べたり飲んだりして帰る、そんな楽しい放課後になる予定だった。

鱗滝君は義勇が話している時は義勇の方に視線を向けてくれているが、義勇のようにずっとただただ相手にだけ注意を向けているわけではない。
一緒に居る時はいつも、義勇に危険が及ばないように自分が道路側に位置取って、その上で危険がないように色々あたりに注意を向けながら歩いてくれている。

義勇に笑顔を向けてくれている時も好きだけど、そうやってあたりを警戒している時のちょっと真剣な表情の鱗滝君もカッコよくて好きだった。

その日もいつものように義勇に危険がないようにと、前方の道路にチラリと視線を向ける鱗滝君の顔に義勇が見惚れていると、いつもなら安全を確認するだけするとすぐ義勇の方に戻る鱗滝君の視線がそのまま道路の方に釘付けになった。

「……?」
それを不思議に思って義勇も鱗滝君の視線を追う。


学校前の道路をまっすぐ歩いていくとぶつかる広い通り。
こちら側からはやや斜めに通っているその大通りは片道2車線あって、たくさんの車が行きかっている。
だからいつもその通りが近づくと、鱗滝君は少し車を警戒するように視線を向けるのだ。

横断歩道は赤。
車の通りが多いので、信号が青に変わったらすぐに渡ってしまわないと、横断している途中で点滅したり赤に変わったりしてしまう。

そこで車の側の信号が黄色になっていたりすると、少し足を速めたりするのだが、今は歩行者側の信号は赤で、車側の信号は青に変わったばかりだ。

なので本来はそれをチェック後はゆっくり歩いていくところなのだが、視線の先には見覚えのある制服、もっと言うなら義勇達の学校の小等部の制服を来た少女の姿があった。

斜めに面した通りなので、後方からでも顔が見える。
高学年なのでもうやや小さく見えるランドセルを背負ったその少女は、先日話をした不死川の一番上の妹だ。

「あ…不死川の……」
と、その姿を認めて義勇がそう口にしかけるのと、鱗滝君が走り出すのはほぼ同時だった。

え…??

車がまだぴゅんぴゅんと行きかう中にふらっと足を踏み出す彼女に迫るトラック。
その姿を追って道路に飛び出す鱗滝君。
ちょうど下校時刻なため多くいる同じ学校の生徒達の悲鳴。

全てがまるでディスプレイの向こうの出来事のように現実感がなくて、義勇は動くことも出来ずその場に立ちすくんだ。

そして急ブレーキとクラクションの音で我に返って、義勇も道路の方へと走っていく。

──大丈夫かっ?!怪我はっ?!!
とあちこちからかかる声。

その中に宇髄君の姿を見つけると、
──宇髄、すまん!彼女を頼むっ!
と、どうやら道路に倒れこんだ時にわずかばかり膝を擦りむいたくらいで済んだらしい不死川の妹を宇髄君に預けて、鱗滝君が義勇の方へと駆け寄ってきた。

──驚かせて…怖い思いさせてごめんな?非常時だったから説明する暇がなかった。
というのが義勇の前まで来て義勇の肩に両手を置いて、顔を覗き込むようにして言った彼の第一声。

そうして差し出されたハンカチが目の縁にあてられて、義勇はようやく自分が泣いていることに気づいた。

悲しいとか怖いとかそんなことを感じる暇もない一瞬の出来事だった気がするが、どうやら自分は思いがけずショックを受けていたらしい。

──気分悪いか?新作のフラペチーノは延期で今日はもう家に送って行こうか?
と心配そうに言う鱗滝君に慌てて首を横に振って、義勇は

──平気。びっくりしただけ。フラペチーノは行きたい。でも…あっちはいいの?
と、チラリと歩道に移動した不死川の妹と宇髄君に視線を向ける。

すると
──あ~、あっちかぁ…警察とか来るかもだけど、宇髄に任せたらやっぱりまずいか…
と、鱗滝君はなんでもないことのように頭を掻いて言った。

そして少し考えて
──義勇、ちょっと手続きとかの時間待てるか?待てるなら予定が後ろ倒しになるから帰宅がいつもよりも遅れるって家に連絡をいれておいてくれ
と、こんな時なのに義勇の家の心配までしてくれるのがさすが鱗滝君だ…と、感心しつつ、義勇はそれに頷いて母に帰宅がいつもよりも少し遅れる旨のメッセを入れる。

そうして義勇がメッセを送信し終わるのを待って、鱗滝君は義勇を連れて宇髄君達の方へと移動した。


──宇髄、巻き込んでしまってすまなかった。そっちは大丈夫か?
鱗滝君はまず不死川の妹に寄り添って立つ宇髄君に声をかける。

声をかけられた宇髄君はと言うと、
──お前だって巻き込まれだろうに。そっちは大丈夫か?
と苦笑交じりに聞いてきた。

それに対して鱗滝君はどこまでも鱗滝君で、
──義勇は…ちょっと驚いたくらいか?
と、義勇を見下ろして言う。

突っ込みたい…突っ込みを入れたい…と、その鱗滝君の言葉に鈍い義勇もさすがにそう思っていたのだが、それより早く宇髄君が

──ちげえよっ!お前だよ、お前っ!この状況でなんで車に近づいてもいねえ冨岡の心配してんだよ
と、呆れたように突っ込んだ。

そう、義勇もそれを言いたかったのだが、鱗滝君は飽くまで心配されるべきは自分ではなく義勇の方だと考えているらしい。

──いや、目の前で人が飛び出したとかだとショックだろう?俺は平気。車に当たったわけじゃない。
と答えて、宇髄君をさらに呆れさせた。

そうして呆れたのは宇髄君だけじゃなかったらしい。

──はいはい、惚気漫才はもういいからっ。救急車と警察呼んでおいたから、そろそろ来ると思うよ?
と、そこで自分のスマホを掲げながらそう言ってきたのは村田君。

え?いつから居たの?と失礼な事を思うが、彼のそのまさに必要な時に居て必要なフォローをいれてくれる態度には感心するし、なんなら鱗滝君の人生で自分もそういう存在でありたいなと義勇は思った。

そして…村田君とは幼馴染で気の置けない仲で、本当に互いに言いたい事を言えて頼みたいことを頼める関係なのだろう。

鱗滝君は
「あ~、村田、ちょうど良かった。俺、これからデートなんだ。あと頼む」
などと言いだしだ。

宇髄君の時にはあった『すまない』の一言もない。

それでも
「…お前ねぇ……」
と言いつつも否と言わないあたりが、村田君も大概人がいい。

「俺は良いけどさ、当事者が事情説明したほうが良くない?」

「いや、俺は当事者じゃない。
飛び出したのは不死川妹で、俺はそれを轢かれないように移動させただけ。
轢きかけて急ブレーキ踏むことになったのはトラックの運転手だしな。
幸いにして轢かれずに済んで怪我も擦り傷程度。
俺に関しては制服が汚れた程度だし?
目撃者も多数いるから、別に俺一人居なくても問題ないだろ」

と、いつも真面目な優等生でみんなに親切な鱗滝君にしては強固に現場を離れることを主張するのは、村田君がどうにかしてくれるという絶対的な信頼と、実は義勇よりも鱗滝君の方が楽しみにしていたスタバの新作フラペチーノのためだと義勇は思っている。

案の定、
「スタバの新作フラペチーノ、今日からなんだ」
と、義勇の時とは違って結構ガシっと力を込めている感じで村田君の両肩を掴む鱗滝君。

おそらく鱗滝君が実は甘党なのは知っているのだろう。
その言葉に諦めたようにため息を返す村田君。

さあこれで解決!とばかりに
「じゃ、そういうことでっ!」
と颯爽と手を振って義勇を促して現場を離れようとする鱗滝君だったけれど、そこで、ツン…と上着の裾を引っ張られて足を止めた。

上着の裾を握っているのは不死川妹。

ああ、お礼言ってないもんね…と思って義勇も足を止めたのだが、ポロポロと泣きながら紡いだ言葉は
──あたしも…行きたい。話、聞いて欲しいです…
で……。

正直、うわぁ~と思った。

たぶん…自殺しかけた子に泣きながら話を聞いて欲しいと言われたら、それを振りほどくのは難しい。
そこで振りほどいてその後にまた自殺されたら寝覚めが悪すぎる。

…というか、それで鱗滝君が彼女にほだされたらどうしよう…と心配になったあと、自殺未遂まで追い詰められた相手を前にそんなことを考える自分が本当に冷酷な人間な気がして落ち込む義勇。

しかし鱗滝君はある意味すごかった。
不死川の妹の手を上着からそっと外して、片手は宇髄君、もう片手は村田君の上着を掴ませる。

そして
「フラペチーノは俺達は互いに自腹だが、宇髄ならたぶん奢ってくれると思う。
で、話がしたいなら村田は聞き上手だし、俺に伝言があるならわかりやすくまとめた形で伝えてくれるから俺と直接話すよりも伝わりやすい。
じゃっ!」
と、ぽか~んとする不死川妹にニコっと微笑んで手を振ると、

「義勇、行こうかっ!」
と、義勇の肩を抱いてちょうど青になった横断歩道を渡り始めた。









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