当日、実際に会った彼も素晴らしかった。
なまじずっと女子校育ちで周りに父親以外の男性がいなかったため、理想が高くなりすぎてしまった感のある蔦子でも、文句がつけようがない。
自宅でと言ったのは義勇だが、14時と指定したのは彼の方だ。
これは昼食が終わって一段落して、しかし夕食までには時間がある、相手に気遣いをさせない時間なのだろう。
そして訪問してきた時、相手も見ずに飛び出した義勇に、相手を確認しなければ危ないとやんわり注意。
服装は制服。
何故制服なのかとあとで聞いてみたら、相手がどういう考えを持っているかわからないので、初めて訪問する御宅でラフな格好は論外としても、改まり過ぎた服でも浮く可能性がある。
そういう時に、制服は普段着から礼服としてまで通用する、どういう時でもTPOを外さない服装だし、なにより一応同級生とはわかっているものの、自分を知らない相手に対してある種の身分証明になるからと言われて、その頭の良さに正直驚いた。
挨拶もきちんとして、家に上がる時は自分でちゃんと脱いだ靴を揃えるのも◎。
手土産は森八の千歳。
これには正直とんでもないお育ちの良さを感じた。
冨岡家は母がお嬢様で、蔦子達もその付き合いで色々知ってはいるが、そもそも森八自体が加賀藩の御用菓子司で、その中でも紅白の和三盆を使った千歳は、祝い事などに相応しい縁起の良い菓子とされている。
母がこの菓子が大好きで、蔦子達も幼い頃から慣れ親しんでいる逸品ではあるが、普通に中学生が訪問の手土産にとチョイスする菓子ではない。
お坊ちゃまか若様か?!と、そんな風に思うのも、まあ当然と言えば当然なのである。
こうして色々が完璧で、両親を交えて色々話をしたが、受け答えがとてもしっかりしているだけでなく、言葉が良識と思いやりに満ちていた。
お爺様が有名な剣術家で、その影響で幼い頃から武術各種を習うとともに、強い力を持つことに対しての心得のようなものも教え込まれていたらしい。
自分に力があるからと言って自分が偉くなったわけではない。
人より優れた力はそれを必要とする相手に分け与えるために天から預かったものだから、それを与えるべき相手のために使ってこそ、初めて力のある自分を誇れるのだ…ということだ。
なるほど、そう育っているからあの入学式の行動になるのか…と、冨岡家一同は大いに納得した。
本当に今まで義勇をイジメて来た男子達とは全く似ても似つかぬ、言うなれば清く正しい少年と言う感じで、こんな風に家族で会いたいと言ってしまった蔦子に対しても、義勇が言っていたように
「いえ、ご家族が心配するのも当然だと思います。
同級男子のイジメという話もご本人から聞いていましたし、なにより義勇さんはご家族に愛されて育った大切なお嬢さんという感じがするので、ご家族のご心配を慮るべきでした。
気が利かなくて申し訳ありませんでした。
ご家族の方からご挨拶と人となりを知って頂く機会を設けて頂いてありがとうございます」
などと、もう丁寧に謝罪とお礼をされて、蔦子は感動してしまった。
きちんとしているという以上に、彼の言葉や所作には義勇を大切に想ってくれているということが本当に見て取れて、嬉しいやらホッとするやら。
不死川達と違って心配する蔦子を揶揄することなく、むしろ何か気になる事があれば伝えて欲しいと、家族全員に自分の連絡先を教えてくれた。
こうして非常に有意義な一日を過ごして彼が帰宅したあと、
「なんだかずいぶんしっかりしてるお子さんだったわねぇ。
義勇と同い年に思えないわ」
と、のんびりと片付けを終えてリビングでそのまま寛ぐ皆の分のお茶を煎れながら言う母に父が答える。
「ああ、あそこの家は教育方針がすごくてね。
子どもは子どもという生き物ではなく、最終的に社会できちんと生きていける大人になるための練習時期であるという考え方に基づいて子どもの育成を行っているらしい。
だから意志の疎通ができるまでは親元でそれでもかなり厳しく育てて、その後はお弟子さんが多く同居する鱗滝先生のご自宅で、社会人である大人ときちんと接することができるように教育。
そうして錆兎君はある程度大人ときちんと接することができるようになった小学校中学年くらいで、世界各地の要人に招かれている鱗滝先生に付いて、今度はそういう人達にもきちんと対応できるようにとあちこちに同行させると言っていたから…。
僕がそれで最後に日本で彼に会ったのが3年前だから…たぶん3年くらい海外でそういう経験を積んでるんじゃないかな」
うわぁ~…と女性3人は声をあげた。
「すごいエリート教育なのね。
義勇が彼女で大丈夫かしら?」
と、母親が言う。
そんなことはない!義勇は素晴らしい娘だっ!!
…と言いたいところなのだが、さすがの蔦子もそれには口をつぐむしかない。
確かに義勇を守ってくれる力と頭脳はありそうだが、その代わり義勇の方にもかなりの素養を求められるのではないだろうか…と心配になる。
が、そんな心配をする母と蔦子に父が笑った。
「あ~、3年前の話だけどね、彼は普通の円満な家庭で育った優しい子が良いと言ってたから、義勇はちょうどいいんじゃないかな?
ただ、もしこのままお付き合いだけでなく将来結婚となったら、海外に行く機会もあると思うから、英語だけは頑張っておいた方が良いとは思うけどね」
そういう父に義勇はうんうんと頷く。
「まあ義勇は勉強は出来るからね。
会話とリスニングを中心に勉強していくと良いと思うよ」
と、続く父のアドバイス。
「その前に…鱗滝君を逃がさないように頑張らないとねっ!」
「うん!がんばるっ!!」
思いがけずとてつもなくスペックの高い彼氏に一瞬心配になるも、父の言葉で復活した蔦子がそう言うと、拳をぎゅっと握り締めて真剣に頷く義勇。
この時から義勇の目標は『目指せっ!錆兎のお嫁さん!!』となり、蔦子はその最高のサポーターとなろうと心に固く誓うのだった。
0 件のコメント :
コメントを投稿