──貞ちゃん、ごめんね。でも……
と申し訳なさそうに言う亜優は貞子にとって最後の友達だった。
長兄が同級生の女子を追い回していて迷惑がられていることを揶揄されてキレた次兄が同級生女子を殴ろうとして止めに入った男子に怪我を負わせたため、貞子達、下4人の弟妹達は自身の同級生達に距離を取られるようになってしまっている。
貞子はそれは仕方のないことだと思う。
自分達の機嫌を損ねれば怪我をするような暴力を振るう兄が居るとなれば、そりゃあ怖いし近寄りたくないと思うだろう。
別に意地悪を言われたりするわけじゃない。
同級生たちは貞子に関わって怪我をしたくないとばかりに遠巻きにするだけだ。
友達だと思っていた子達もみんな距離を取るなかで唯一親友の亜優だけが
──お兄さんが乱暴でも貞ちゃんが乱暴なわけじゃないもん。貞ちゃんは貞ちゃんだよ、
と言って傍に居てくれたが、本人は良くても親が”そういうご家庭の子”と仲良くするのを潔しとしなかったらしい。
貞子と距離を取らないなら転校させると言われて、何度も『ごめんね。本当にごめん』と謝りながら、それでも離れて行った。
亜優は悪くない。
下手をすれば彼女まで偏見の目で見られかねない状況で最後まで一緒にいてくれた優しい子だ。
でもその最後の友人が離れて行った時、貞子は胸が張り裂けそうに悲しかったのである。
それぞれグループで遊んだりおしゃべりしたり、昼休みには一緒にお弁当を食べたりする女子達。
貞子も少し前まではその中ではしゃいでいたのに、今は一人ぼっちで、かつての友達のグループを見るのが辛くて、学校では俯くことが多くなった。
弟妹達も同様で、皆辛い思いをしているらしい。
でもクラスで遠巻きにされているということになれば、すぐ手の出る長兄次兄が本当にまた同級生を殴りにきかねない。
なので一番上の姉である貞子は下の弟妹達には、
『何かあったらお姉ちゃんに言いな。
お兄ちゃんたちに言うと、心配しすぎて色々やり過ぎて、余計に揉めるから』
と言って、昼休みには弟妹達が一人にならないよう回収して、弟妹達と一緒に弁当を食べるようにしていた。
貞子だって長兄も次兄も大好きだが、正直辛い。
自分が孤立している辛さだけでもいっぱいいっぱいなのに、問題の二人を除けば最年長の姉であると思えば、弟妹のフォローもしなければならないのだ。
かといって放置して弟妹の誰かが辛さを上二人に訴えれば、二人のどちらか…あるいは二人揃ってかが訴えた弟妹の同級生を殴りに行きかねない。
そうすればさらに暴力家族として有名になってしまう。
今はまだ怯えて距離を取られて、たまに聞こえないように陰口を言われるだけだが、悪い奴と決めつけられれば、下手をすると陰で嫌がらせをされかねない。
圧倒的に悪と判断した相手に対して、社会は残酷なのだ。
おそらく上二人が居る限り、今後貞子に普通の友人は出来ないだろう。
いわゆる不良という人種なら寄ってくるかもしれないが、ここはお坊ちゃん学校なのでそういう人種もいないし、そもそもが貞子はそういう人種と友達になりたくはない。
せめて上二人が居なくて兄の暴力事件が知られていない学校に弟妹と一緒に転校したいと思うのだが、父は全員名門校に通わせていることに意義があるらしく、転校を許さない。
そうなると貞子は姉として年長者の自分でも非常に辛く感じるこの状況から幼い弟妹を少しでも守ってやるしかないのだった。
辛い…と弟妹は泣きついてくるが、貞子が弱音を吐くわけにはいかない。
貞子が挫けてしまえば、弟妹は上の二人の兄に泣きついてしまうだろうし、そうなれば状況はさらにひどくなる。
「兄ちゃん…心配してくれるのは嬉しいけど、すぐ暴力に訴えるのやめてくれない?
もしあたしが同級生の立場だったらさ、ちょっと機嫌を損ねたら上級生が殴りにくるような子、怖くて近づけないと思う」
自分が怖がられている避けられていると言えば殴りに来てしまうので、敢えて同級生にそういう子がいたら、自分なら怖いと思うと訴えてみるも、
「あ~?もしそんなんでお前を殴ろうとする上級生がいたら、俺が伸してやるよ」
と、全く話が通じない。
自分より年上の二人が揃って話が通じなさ過ぎて、貞子はなんだか泣きたくなってしまった。
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