彼女が彼に恋した時_10_幕間_長女の憂鬱2

そんなある日のことである。

──姉ちゃん、これ……
と不死川家の3男にあたる弟就也が出して来たのは折れたシャーペン。

弟の話によると体育の授業の時に机の引き出しにしまった筆箱の中から無くなって、探しても見つからないと思ったら、トイレの前あたりに折れて転がっていたそうだ。

先生には言ったが、誰かが盗んで壊したという証拠がない。
教室移動とかの時に落とした可能性も…と言われたが、就也は筆箱から出していないという。

そもそもが不死川家の兄弟ということで、教師が及び腰で、『一応クラスで聞いてみるけど…』と言ってホームルームでとった人間や壊した人間をみかけた人はいないかと聞いたが、申し出る者など居るはずもない。

しかし一応聞いたということで、誰もやっていないというから落としたんじゃないかということですまされたとのことだ。

それを聞いて貞子は途方に暮れた。

とうとう陰口とかではなく、実害が出てしまったか…とひどく落ち込むが、それ以上に対応に苦慮する。

おおごとにすれば長兄次兄がそれこそ真実を話さないならと、就也のクラスの子を全員殴りに行きかねない。
父親もダメだ。
兄達を止めるどころか、絶対に自分も加わりたがる。
というか、生徒どころか担任に暴力を振るいかねない。

ああ、でもそれで全員退学でもいいかぁ…と疲れた頭でちょっと思って、でも公立に転校するのでも、暴力事件で私立を退学になってなんて話が広まったら、場所は変われど今よりもっとひどい扱いを受けることになるかもしれない。

それなら母さんにこっそり…と一瞬思うも、それもダメだと貞子は首を横に振った。

次兄の暴力事件で逆ギレする父を宥めつつ、なんとか奔走して示談にこぎつけたのはつい最近で、母もすごく疲れている。

これ以上負担を増やしたら、母が倒れてしまう。

「…これ…お姉ちゃん他の持ってて使わないから、就也が使いな」
と、貞子は自分の筆箱から一本の青いシャーペンを出して就也に渡した。

それは今では離れざるを得なくなってしまった親友の亜優と色違いのお揃いで買ったお気に入りのものだったが、普段それを使っているため、シャーペンは1本しか持っていない。

明日は美術で使うのに買った鉛筆を使って、帰りに100均に寄って新しいシャーペンを買って就也にそれを代わりに渡して返してもらおう…そう思って渡したのだが、筆箱からシャーペンを抜き取って折る人間の居るクラスの就也にその大切なペンを貸すのは正直泣きそうなくらい不安だった。

それでもそれしか方法がないと思った。
母にも父にも兄達にも絶対にこのことは内緒でと念押しをして就也を帰して一息かと思えば、二段ベッドの上ですぐ下の妹の寿美の啜り泣きが聞こえる。

──寿美…大丈夫?
梯子を上って二段ベッドの上に顔だけ出してそう声をかけると、
──大丈夫じゃない…全然大丈夫じゃない…兄ちゃん達…大嫌い…
とこんもりと被った布団の中から寿美の鼻声が聞こえた。

(ああ、やめて。それ言わないで…)
と貞子は内心胸が締め付けられそうになる。

兄達は幼い頃から自分達にすごく愛情を注いでくれた。可愛がってくれた。
なんならすぐ手が出る父親から守ってくれさえした。

今回の諸々が起きるまでは、貞子達は一片の迷いもなく、長兄のことも次兄のことも大好きだったのだ。

今回の事があったからと言って、それまでの兄達の全てを否定してしまって良いものか、貞子自身も悩んでいる。
否定したら兄達はひどく傷つくだろうという気持ちもある。

でも現状があまりに辛すぎて、心の中で兄達が居なくなってくれないだろうか…などと恐ろしい事を思ってしまって慌ててそれを取り消すということを繰り返していて、最近はどんどん取り消さなくてはと思うのが遅くなってきてしまっている気がしていた。

お願いだから自分の気持ちを悪い方に誘導しないで…と貞子はぎりぎりの精神状態の中で思った。

──グループラインからみんな抜けて、新しいグループ作ったみたい…
寿美が泣きながら言う。

──友達、みんな居なくなっちゃったよ…。
という言葉に、貞子はかける言葉がなかった。


元は長兄が好きな女子に付きまとって、その女子には彼氏もいるし迷惑がられているという話が、長兄のクラスの生徒達からその弟妹を通して次兄のクラスまで広まったことにある。

長兄は家ではその女子が自分の彼女のように言っていたから、次兄は彼女の方が浮気をしていると思っていて、面白おかしく話す自分のクラスの女子を殴ろうとして止めに入った男子に怪我をさせたということだ。

それでその男子の家族がすごく怒って、あわや警察沙汰かというところまで行ったのだが、長兄の顔の広い友人が、怪我をさせた男子の兄の親友という生徒に頼んでくれて、なんとか示談に持ち込むことができたのである。

…その示談にするのに協力をしてくれた生徒と言うのが、長兄が好きな女子の彼氏だというのは、本当に笑えないのだが…。

その怪我をさせた男子の兄も、間に入ってくれた長兄が好きな彼女の彼氏も、文武両道で容姿もカッコよくて、同学年どころか貞子達小等部の女子にも憧れている子がたくさんいるという人達で、そんな片割れを彼氏にしている女子にちょっかいかけるなんて身の程知らず過ぎだろうと、貞子のクラスでも長兄を笑い者にするクラスメートは多くいる。

自分が大好きで自分達にとってはすごい人だった長兄が馬鹿にされるというのは、すごく悲しいのもあるけれど、恥ずかしいとか気まずいとか色々な気持ちがごちゃごちゃしていて、貞子は正直長兄にはその彼女を忘れて欲しいと思っていたし、ちょっかいかけるのもやめてと思っていたが、恥ずかしいと思っているのを長兄に知られるのも可哀そうとか気まずいとか色々あって、言えなかった。

そうして貞子はその話題に関しては聞かないふりという選択をしたのだけれど、次兄は長兄を妄信しすぎていて、本当は彼女なのに笑われる筋合いはないと、真正面から戦うことを選んでしまったのだろう。

人の噂も七十五日と言う。
これ以上何もやらかさないでくれれば、もしかしたら状況も落ち着くかもしれない。
だがやらかす。
次兄は自分が悪いことをしたとは思っていないから長兄のことを揶揄られたら絶対にまたやらかす。
長兄自身がやるなと言っても絶対に聞かない。

そうなると…まずは長兄が次兄の誤解を解くところから始めないとならない。

──人の噂も75日だよ。姉ちゃんはこれからその噂の元栓を締めてみるからね

貞子は布団の上からポンポンと妹を軽く叩くと、優しい声でそう言って梯子を下りた。

目指すは…長兄の部屋だ。







2 件のコメント :

  1. 不思議な誤字?報告です。何故か2つ目以降の就也が→「敦也に…」(;^_^A💦不死川家新メンバー加入⁈Σ(゚Д゚)隠し子が…🙀とか考えたら更に修羅場ですね( ;∀;)

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    1. ご指摘ありがとうございます。修正しました😁

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