彼女が彼に恋した時_9_幕間_I Love妹!3

蔦子の自慢の妹義勇は大変成績がよろしかった。
あれだけイジメられて登校するのも辛かっただろうに、なんと学年1位だったのである。
なので新入生代表の挨拶をすることになった。

義勇は可愛い。
ぼさぼさの髪をしていようと寝ぼけ眼だろうと、何をしていても可愛いのだが、可愛い義勇をさらに可愛くすべく、蔦子は入学式よりずいぶん前からネットや雑誌で可愛い髪型というのを調べまくっていた。

もちろん学校の入学式なので派手過ぎるのは宜しくない。
清楚で愛らしく。
それを目指して色々調べて、入学式当日の朝に義勇の髪を結ってやった。

可愛い。
おっとりとした義勇にぴったりの上品で可愛らしい髪に仕上がって、いい仕事をした気分で両親と共に中学校へ。

そこでにこやかに、入学おめでとうございますと表に印刷された入学式の式次第などが入った封筒をもらい、義勇と分かれて保護者席へ着いた。

その後その中身を確認。
そこに入っていたとある紙を見て、信じられない思いで怒りが腹の底からこみあげてくる。

そして蔦子はそれを握り締めつつ
──あのクソジジイが……
と怒りを込めて呟いた。

それは小さな小さな呟きだったのだが、隣に座っていた母には聞こえたらしい。
母は普段は穏やかで品の良い女性に育った我が子の信じられないような言葉にギョッとした視線を向けて、その手に握り締められた紙をそっとその手から取って注視。

そして彼女も言うのである。
──クソジジイ禿げろっ……
と。

それは当然妻の隣に座っていた父の耳にも入る。
そして彼もやはり妻の手からその紙を取り上げて目を通し…大きく長く息を吐きだしていったのである。
──…こんな所に大切な娘を置いてはおけないな。帰宅したら転校先を探してみよう
…と。

それはクラス分けの名簿だった。
そしてあれだけ苦情を入れたにも関わらず、何故か義勇のクラスには”不死川実弥”の名が。
義勇1人生贄にしておけば他の生徒は平和に過ごせるとでも思っているのだろうか…と冨岡家の人間が判断したのは当然のことである。


そんななかで始まった入学式。
名簿を見るまでは晴れやかで楽しかった気持ちはもう欠片も残っていない。

一刻も早く入学式を終えて義勇を保護して別の学校を探さなくては…
と、そんなことを考えていた冨岡家一同だが、それでも義勇が学年で一番賢い学生として挨拶をする場面はしっかりと見ておかねばならない。

新入生の挨拶の少し前に父は席を離れ、撮影用に用意された場所に移動して三脚にカメラをセット。
娘の晴れ姿を動画に撮るべく待機する。

──新入生の挨拶。新入生代表、冨岡義勇!
と司会の教師の声に義勇が返事をして立ち上がった。

ああ、可愛い。
あみこみに紺のリボンがすごく似合ってる。
今日の自分は本当にいい仕事をした。

蔦子は手先の器用な自分を内心褒めたたえながら、最愛の妹に視線を向ける。
…が、そこでトラブルが起こった。

体育館のステージに上る階段に足をかけた時、緊張したのか義勇が足を滑らせて転がり落ちてしまったのだ。

思わず腰を浮かして駆け寄りかける蔦子を母が止める。
さすがに親兄弟がそこで出て行ったら義勇が恥ずかしいだろうと。

でもそうこうしているうちに新入生の席からは
──だっせえ~!がり勉冨岡、がり勉しすぎかァ?!恥ずかしいやつ!!
などとありえないヤジが飛ぶ。

おそらく不死川実弥という大馬鹿野郎なのだろう。
義勇が可哀そうで悔しくて蔦子の目には涙が浮かんだ。

(母さん、もういいでしょっ。義勇は二度とこの学校に行かせないから、恥ずかしい思いもさせないからっ)
と、止める母の手を振りほどいて駆け寄ろうとしたその時である。

それはまるで雨雲を切り裂く光の筋のように、凛と力強く美しい声だった。

──やかましいっ!恥ずかしいのは貴様の方だっ!怪我をしている女子を笑うなど、恥を知れっ!!

とヤジが飛ばされたのと同じ新入生の席からそんな言葉が聞こえてきて、一人の少年が立ち上がって義勇の隣に駈け寄っていった。

そして立てずにいた義勇の隣に自分も膝をついて立ち上がらせてくれただけではなく、ハンカチで義勇の膝の擦り傷を応急手当してくれて、それからまるで姫君をエスコートする騎士のように恭しく義勇の手を取り、体育館の舞台まで義勇に寄り添うと、また新入生の席にもどって行った。

か…っこいいっ!!王子様、きたあぁぁ~~!!!!

もうこんな素敵な入学式なんて、これまでもこの先もお目にかかれることなんて絶対にないっ!
少年の紳士的な行動に体育館が拍手に包まれる中、蔦子はそのまま妹の挨拶を聞き終わった後、撮影をしている父親に駈け寄っていった。

「とうさんっ!さっきの撮った?ちゃんと撮ったっ?!!」
と詰め寄ると、蔦子の勢いに押されつつもうんうんと頷く父の返答に、蔦子は、よしっ!!と拳を握り締めた。


義勇を他の学校に転校させるという話はそこで消え去った。
義勇自身が転校を嫌ったためというのもあるし、冨岡家一同も入学式の一連で学校側はとにかくとして、中等部のクラスにすこしばかりの希望を見出したからである。

その後は親にはさすがに話せないが、蔦子の可愛い妹はこの時助けてくれた少年、鱗滝錆兎君に対してこっそりと淡い思いを抱いたようで、彼に巻いてもらったハンカチを丁寧に洗って机に置いているので、蔦子はそれを飾るために額縁を買って来てやった。
ということで、しばらくは義勇の部屋には彼にもらったハンカチをはさんだ額縁が飾られることになったのである。

そこからは蔦子は毎日義勇が学校から帰ってくると、彼女から今日の鱗滝君の話を聞くのが日課になった。

あれだけ行動的で紳士的でカッコよい男子なので、外部生なのだがあっという間にクラスの人気者になって、内気な義勇はなかなか近づけず、ただ見ているだけの日々だが、それでも彼を眺めて居られるから学校が楽しいという。

良かった。義勇が楽しく学校に通える何かが出来て本当に良かった。
蔦子はそれはそう思ったのだが、どうせなら可愛い妹にはもっと幸せになって欲しい。

ということで、毎日登下校の時には途中にあるご利益がとてもあるという小さな神社で、義勇が彼とお付き合いできるように…と手を合わせるようになった。

その甲斐あってか、入学後の最初の席替えでは義勇は鱗滝君の隣の席になれたらしく…それが嬉しかったもののうまく話せなくて泣いてしまった義勇だが、鱗滝君はそんな義勇を変な子と思わずにハンカチで涙を拭いてくれたらしい。

もちろんそのハンカチもまたちゃんと洗って、蔦子が買ってきた額縁に入れて義勇の部屋に飾ってあるのは言うまでもない。






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