まあどちらにしても、不死川が絡んできても鱗滝君はもちろん、伊黒君や甘露寺さん、煉獄君に村田君と班員みんなに囲まれていたら、今までと違って不安はない。
今が幸せ過ぎて、日々学校に行くのが憂鬱で辛くて…でも家族、特に義勇を親以上に可愛がってくれていた姉に心配をかけたくなくて、毎日泣きたくなるような気持ちで学校に通っていた小等部時代の自分に、中等部に入ったら学校も楽しくなるから、と、教えてあげたいくらいだ。
それでも今現在、不死川の諸々で周りが落ち着かない状況なのだということを毎日何でも報告している姉に伝えれば、随分と心配をされた。
まあ姉の心配はわからなくはない。
嫌がらせですっかりまいってしまっていた頃の義勇にいちばん寄り添い続けてくれたのは姉だった。
一番ひどかったのが小学校5年生の時で、ずっと我慢していた義勇がついに
──あした…学校行きたくない…
と泣いた時に、なんと姉が大学を休んで学校に怒鳴り込みに行ってくれたのである。
姉さんが?あの温和で優しい姉さんが?と義勇は驚いた。
そのことで不死川を中心にした男子達にはからかわれたが、義勇のことを守ろうと、さぼることなく真面目に通っていた大学を休んでまで校長先生と担任の先生に苦情を言いに行ってくれた姉の気持ちは本当に嬉しかった。
結局大学生の言うことなんて学校側は舐めていたのか口先だけできちんとした対応はしてもらえなかったが、それでも義勇は姉が自分を想う気持ちを思って、その後はまた頑張って学校に通ったのである。
そんな経緯があるので、心配なのだろう。
姉が義勇がお付き合いをすることになった男子に一度会いたいと言い出した。
いつか鱗滝君を姉さんに紹介したい…そんな気持ちが義勇の方にもなかったとは言わないが、でも義勇の脳裏からは義勇のために怒りに来てくれた姉さんを『シスコンの鬼ばばあ』と囃し立てた不死川達の姿が消えなくて、もし鱗滝君が義勇を心配する姉さんのことをちょっと病的に過保護なんじゃないかとか思ったらどうしようかと不安に思う。
それでも姉さんに言われたことも無視できなくて、ある日
「錆兎、あのね……今度時間取れないかな?
姉さんが…あのっ、いつも話してるでしょ?私の大学生の姉さん。
その姉さんが錆兎に会ってみたいって…」
と思い切って言うと、鱗滝君はちょっと目を瞠って、それから
「あ~…そうだよな。
中学生の妹が付き合っている男がちゃんとした人間か気になるよな、家族なら。
本当なら俺の方からせめて家の電話に一度くらい電話をかけてご挨拶くらいすれば良かったんだけど、気づかないでごめんな?
冨岡家が構わないから、今度一度ご挨拶に伺うし、うちに来てもらっても良いし、外ででも構わない」
などと言ってくれた。
ああ、すごい!やっぱり鱗滝君は小学校の頃の男子達とは違うのだ。
そして教室で話をしていたからか、伊黒君がじ~っと甘露寺さんに視線を向けていて、甘露寺さんがそれに気づいて
「伊黒君もうちに一度遊びに来る?
弟や妹が多くてちょっと賑やかすぎるかもしれないけど、家族と会ってくれると嬉しいわ」
などと言っている。
ということで班全体が和やかなほわほわした空気に包まれるが、そこでよほど義勇が嫌いなのだろう、自分には関係ないというのに不死川が
「あの冨岡のとこのヒステリー鬼ババアにどやされに行くのかよ」
と嫌な笑みと共に言うので
「蔦子姉さんはヒステリーでも鬼ババアでもないもん!
そういう言い方しないでっ!」
と義勇は涙目になるが、
「ちょっと妹がぐずっただけで学校に文句言いに乗り込んでくるんだから、ヒステリー鬼ババアだろっ!」
と囃し立てて来た。
そこで甘露寺さんが見かねて注意をしようとして立ち上がってくれたが、その前に鱗滝君が笑顔でポン!と不死川の肩を叩いて言う。
「そういう人のことはな、妹想いの心優しい女性と言うんだ。
覚えておいた方がいいぞ?不死川。
他人が居る場所で放ったお前の言葉は、良い言葉を口にすれば良い言葉を使う人間として、汚い言葉を放てば汚い言葉を放つ人間として、時には多くの人間に拡散されて多くの人間の記憶に残る。
そうしてお前がいつかそれが恋愛でも就職でも友人関係でも、何か相手に好意を持たれなければならない場面で、その過去のお前の言動がお前の足を引っ張る可能性もあるからな」
淡々と諭すように言う鱗滝君はまるで先生みたいだ…と義勇は思ったし、周りも同様らしい。
おお~~!という感嘆の声と共に数名がパチパチと拍手をし始めた。
義勇もその中の一人だ。
不死川はというと恥をかかせられたと思ったのかカッと赤くなって、でも鱗滝君相手に暴力を振るおうとしても無駄なのもわかっているので、
「うるせえっ!!
ジジイ臭えジジイ学生がっ!!」
と毒づいたが、鱗滝君がまたにっこりと笑みを浮かべて
「俺に関して言うのは構わないが、お前、約束は忘れてないよな?
これ以上、義勇にウザ絡みをするようなら、俺は今後、お前の弟の件がどうなろうと一切関知しないからな?」
と宣告すると、色々思い出したのか
「…チッ…わかってらァ…この卑怯もんがァ…」
と吐き捨てるように言って、自分の席にもどって行った。
まあ…その後、それについては鱗滝君が関知しようがしまいが色々あったみたいだけど、義勇とは直接関係のない、もっと言うなら関与しようのない部分の話になってしまったようなので気にしても仕方がない。
ということで義勇の当座の関心は、鱗滝君が自宅を訪問する、その一点に尽きるのだった。
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