彼女が彼に恋した時_8_幕間_後編

──こんな時間に本当に悪いんだが、急ぎの話なんで今電話いいか?
時は金なり、善は急げとばかりに、宇髄は前回の諸々で交換した錆兎の連絡先にまずLineを入れて許可を取る。

するとすぐ
──ああ、俺も少し話をしたいと思っていたんだ
と返ってきたので安心して電話。

ついさきほどまで話していた不死川と違って落ち着いた声が聞こえてくることにホッとしながらも、あまりホッとできることではない内容について話をすることにした。

結論から言うと、宇髄が説明するまでもなく、錆兎は今回の諸々を知っていた。
ことが起こってまず、煉獄の母親から相談の電話を受けたらしい。

宇髄がこちらの事情と要望を打ち明けると、錆兎は
「あ~、それはすまなかった。
訴える方向にしろと言ったのは俺だ。
なにしろ杏寿郎が殴り込みに行くと言って竹刀を離さないとあいつの母親から相談を受けたから。
自分が加害者になるよりも完全な被害者として法的手続きを取った方が完勝できるぞと忠告したんだ」
と苦笑する。

なるほど。あちらはあちらで大変だったらしい。
だがだからと言ってこのままにもしておけず、宇髄が
「あ~、そっちの事情はわかったんだが…不死川とは長い付き合いでな、見捨てるのが忍びねえ。
なんとか穏便に済ませられねえか?」
と言うと、あちらからは
「前回の事と言い、今回の事と言い、宇髄は巻き込まれなのに本当によく動くな。
めちゃくちゃいい奴だな」
と感心したような声が返ってきた。

その後に続く、
「困ったな…宇髄の顔はたててやりたい気になってきた」
とのありがたいお言葉。

そして
「俺個人としては不死川になんら感情的な何かはないんだが、義勇の事もあるから物理的には弟のことに気を取られて大人しくしていてくれた方がありがたいんだが…」
とまさに交渉ポイントにしようと思っていたことに触れられたので、宇髄は
「それなんだけどな、弟を転校とか退学とか言う方向にならないよう配慮してもらえれば、不死川は今後冨岡に良くも悪くもちょっかいかけねえって言質取ってんだ。
それでなんとか手を打ってもらえねえか?」
と、ここぞと交渉に入る。

電話の向こうでは小さな笑い声。

「性格が良くてマメなだけじゃなくて驚くほど手際と頭がいいな、宇髄。
同級生から人気なのもよくわかる」

「…いや、お前に言われたかねえが?
人気者っていやあお前の方だろうが。
俺は小等部からだから顔は自然と広くなったが、特に意識して聞こうと思わなくてもお前の噂はお前のクラスの面々から入ってきてるぜ?
特に女子なっ」

「あ~、そうなのか。
俺は勉強と武道しか取り柄のないただの脳筋なんだけどな。
外部生だし成績も普通に先生が口にするから目立つんだろう。
でもあまり目立たないように気を付けないとな。
義勇に迷惑をかけないように…」

と、そこでおそらく彼女が彼氏マウントで楽しむタイプじゃない以上、他の女子から妬まれたりしないように…と言う気遣いなのだろうと思われる発言に、

「お前…めちゃモテてきたのか。
年の割に随分と女慣れしてるっつ~か、女の心情に詳しいよな」
と、今度は宇髄の方が苦笑すると、錆兎は

「あ~、そう見えるならそれは双方親の都合で爺さんの家で一緒に育った少し年の離れた女の従姉妹からよく気が利かないとダメ出しを食らっているからかもな」
と、チラリと自分の環境を漏らす。

なるほど。
特に遊んでいるとかでもなさそうなのにピンポイントで気が利くのはそこだったのか…と納得の宇髄。

そんな話から錆兎は
「とりあえず不死川の弟の事だが…」
と話を戻す。

「退学や転校という形で完全に見えない場所に行くと学校を通しての管理や監視ということが出来なくなるのでかえって危険だということで、学校でしっかり見ていてもらう事、あとはそうだな…出来れば今の時点で不死川弟を千寿郎…あ、煉獄弟な、と別のクラスに移籍させるのが理想だが、それは無理でも最低限、中等部にあがった時にはクラスを別にすることくらいを条件にして交渉と言うあたりが落としどころとしては無難な感じか…」

「それ以前に、不死川の弟の謝罪と治療費負担な」
と、それに宇髄が付け足すと、錆兎はあっさり
「それは要求に入れない方がいい」
と言う。

え??と思う宇髄だが、彼は中学生としてはありえないほど現実的で怜悧な男なようだ。

「自主的にそうしたいというなら拒む必要はないが、条件にすると解決しない。
謝罪する気がない相手に謝罪をさせるのは、相手が謝罪をしなければ色々と立ち行かなくなるよう追い込む必要があるし、学校に出来るとしたら退学くらいだからな。
それをやらないための方向転換だろう?
そして退学を盾に謝罪する気のない相手に無理に謝罪をさせると、かえって遺恨を残す形になるから危険だ。
あとは…相手の気持ちを動かすとなると大ごとで大変だが、自分達の範疇のことだけで可能な処置だけなら、学校側にも動いてもらいやすい。
最重要は不死川弟を追い詰めることではなく、千寿郎の安全の確保だからということで説得は出来ると思う」

その判断だけで、宇髄はうわぁ~…と思ったわけなのだが、それから少し間をおいて錆兎の口から出た

「…まあ…煉獄家の方から温情をかけるという形で処理すれば、その後…例えば今回のことで同級生や他の学生達から不死川の弟が良くない目で見られて居心地が悪くなったとしても、その矛先が千寿郎に向きにくなるという利点もあるしな」

と、どちらにしても社会的に厳しい目で見られることで精神的にはダメージを負うであろう玄弥についても予測済みな言葉で、宇髄は絶対にこいつだけは敵に回さないでおこうと秘かに思った。







0 件のコメント :

コメントを投稿