彼女が彼に恋した時_8_幕間_中編

巻き込まれの電話が鳴ったのは、とある日の夜の事だった。

親は連絡はたいていメールかLineだったし、友人関係も通話したい場合はその前に今通話をできる状態かをLineで聞いてからかけてくる。
こちらの都合を聞くこともなくかけてくる人間は極々少数だ。

その中でもこのところの巻き込まれ具合から、なんとなく電話をかけて来た相手がわかってしまった気がして、スマホの発信元に目をやると案の定不死川で、宇髄は大きくため息をついた。

ああ、いい加減大人しく諦めてくんねえかなぁ…と思いつつも、そこでスルーしても絶対に出るまでかけてくるだろうということは想像に難くないので諦めて出る。

「俺だ。どうした?」
と、もう番号から相手が不死川だとわかっているので確認もせずに言うが、要件の方はと言うと、宇髄が想像していたのとはだいぶ違うようだった。

電話で名乗りもせず挨拶もなく、不死川がいきなり入った本題は、意外なことに義勇のことでも甘露寺のことでもなく、
『宇髄、お前さ、煉獄とも親しいかァ?』
だった。

正直わけがわからない。
次に来る言葉が想像も出来ない。

不死川の話と言えば冨岡義勇関係ということは、それこそ初めて出会った小等部の1年生の頃からのお約束のようなものだったので、よもやそこからかけ離れた名を出されるとは思わなかった。

いや、同じ班で、しかも義勇の彼氏の錆兎の幼馴染で親友と言うことで、全く無関係と言うわけではないだろうが…

すごくうがった考え方をしてみれば、煉獄から錆兎を説得させて…ということを言いだす可能性も0ではないが、不死川はそんな搦め手を使うタイプではない。

しかしまあ、この時間にいきなり電話が来るということはなんにせよ無茶ぶりな依頼な気しかしてこないので、

「…いや?普通に顔見知り程度だ。
無理を聞いてもらったり、何か相談できるような関係じゃねえぞ?」
と、自分の煉獄に対する影響力は普通の同級生の域を超えてはいないと強調しておく。

というか、普通に考えてある程度仲が良かったとしても、幼馴染で親友の錆兎に敵うわけがないし、煉獄は性格的にすでに出来上がっているカップルの仲を引き裂いて不死川の恋に協力するなんてことを了承するタイプでもない。

さあ、これをどうやってわからせるか…と一瞬悩んだ宇髄だが、不死川の口から続いた言葉は全く別のものだった。

いわく、
『煉獄を怒らせて、今、玄弥が訴えられるかもしれねえってことになってんだけど、なんとかならねえかァ?』

「はあああぁ?!!!」


いきなりわけのわからない方向の情報が入って来て、さすがの宇髄も思考が停止する。
何故?何がどうなってる??と、話の先を促すと、不死川の口から本当にありえない話が飛び出て来た。

『玄弥がなァ…俺と冨岡のことを心配して、放課後中等部に行ったらちょうど鱗滝と冨岡が一緒に帰ってたんだと。
で、鱗滝の口から奴と冨岡がつきあってるって聞いたらしいんだけどよ、半信半疑っつ~か…まあ、信じなかったらしいんだわ。
で、翌日学校で馬鹿な女の同級生達が俺が冨岡に言い寄って振られたって話を広めてて、それ聞いた玄弥がキレて、あれは冨岡が浮気して鱗滝に乗り換えやがったんだって言って喧嘩みてえになって、女子殴ろうとしたら煉獄の弟が女子かばって怪我してなァ…。
煉獄の家が激怒して弁護士たてて訴えるっつってるんだと』

うわぁぁ~~と宇髄は頭を抱えた。
もう情報量が多すぎて何から話していいやらわからない。
ただ結論。

「そりゃあやべえわ。
俺もそこまで親しいわけじゃねえからちょっと聞きかじったくらいだが、煉獄家は家族全員、温和な末っ子の千寿郎を猫っ可愛がりしてるらしいからな。
お前達突いちゃいけない竜の逆鱗を、ぺりっとはがしちまったんだわ」

そう。
煉獄家は家族仲が大変よろしい。
その中でもキビキビとなんでもできる長子の杏寿郎と違って、優等生ではあるもののおっとりとしていて気持ちの優しい弟の千寿郎は家族全員の庇護の対象らしい。

よしんば不死川や弟の玄弥が杏寿郎の方を殴ったとしても、話のもっていきようによっては杏寿郎自身がただの同級生の喧嘩として処理してくれるかもしれないが、千寿郎に手を出したとなると、もう止められる相手が居ない。
なんなら杏寿郎が率先して相手の息の根を止めにきかねない。

しかしまあ…弁護士が入ったとしても、幸いにして不死川の父親は土建屋の経営者で金は持っている。
常識の範囲の慰謝料なら払えなくないだろうし、下手に煉獄に間に入って許してもらおうとするよりは、払うものを払って放置の方が簡単なんじゃないだろうか…。
まあせいぜい、面倒ごと起こしやがって!と、玄弥が不死川の家のゴツイ親父に殴られるくらいか…。

そう思って提案してみたのだが、電話の向こうの不死川の声は暗い。

『金だけの問題ならなァ、なんなら俺が玄弥の代わりに殴られてやっても良いんだけどよォ。
あっちは玄弥に転校しろとか言いやがってよ』

「あ~、そっちか。
でもよっぽどの怪我でもなきゃスルーして終わりじゃね?
お前も大概やらかしてたけど、未だに学校クビになってないんだし」

『いや、なんだか俺らの頃と違うってか…小等部は今までの学校長がダメだってんで、理事長が新しい学校長入れたんだと。
で、そいつがちょっとしたことでもすげえうるせえ親父らしくてよォ…
ちょっと殴ったくらいで登校禁止喰らった奴もいるらしいぜ』

不死川の発言に宇髄は天井を仰ぐ。

「なあ…不死川よお…」
『なんだァ?』
「殴るってのはな、普通、あっちゃいけねえことなんだよ。
特に自分より力の弱い奴とかはな」

そう、全てはそこに行きつくのだ。
学校もそうだが、気軽に手を挙げる不死川家の男達のやりかたは、特に現代にはそぐわない。
学生のうちに習慣を変えなければ、確実に人生が詰む。

いや、学生でも遅いか…。
それが許されるのは社会生活のルールや善悪を学び始めた幼稚園児までだ。

『俺の親父は確実に俺らより力あるが、俺らやお袋殴ってるけど、特に問題は起きてねえぞォ』
「それ…お前んちの誰かがその状況が嫌んなって役所に駆け込めば、DVとか虐待とかで役所や児相、ひどいと警察が介入する案件だ」
『宇髄は大げさなんだよ』
「おおげさじゃねえよ。
お前のやり方は世間一般じゃ通用しねえって、女子のほとんどと一部の男子、なによりお前さんが好きな冨岡にも嫌われてることでいい加減自覚しろ。
お前んちの常識は世間様の非常識だ。
相手の言い分が気に食わなきゃ言葉で言い返せ。
手ぇ出した時点で負けだ。
そこを理解しねえとこの件は解決しねえし、なんならいつかお前かお前の弟達か、誰かが傷害事件で犯罪者になる」

『女は口が達者だから、相手の土俵に乗ったら勝てねえだろぉが』
「相手に怪我させたら社会がお前らを悪と認定するから、確実に公的に負けになるぞ?
とにかく…俺がいくらフォローいれてもお前が社会的に悪い評価につながるようなことを繰り返してマイナスポイント稼いでたらキリがねえ。
とにかく今後は暴力=悪というのを頭ん中に叩き込め。
でもって…やらかしたら心から…は無理でも、相手が心からだと思える程度の態度で謝罪しろ。
今回に関して言うなら、まず口喧嘩があったにしても女を殴ろうとした玄弥が100%悪い。
そういう認識で臨め。
でもって…それを止めようとした煉獄の弟は良識ある男だ」
『いや…関係ねえのに勝手に入ってきた時点でただの迷惑野郎だろォ』
「不死川っ!!」
『あ~、わかったっ!煉獄弟は偉いっ!…で?』
「そこからは…まああんま期待されても困るんだが、ワンチャンまだ煉獄よりは他人事で煉獄よりは話が通じるかもしれねえお殿様になんとか穏便な方向ですませてもらえねえか、俺から頼んでみる」
『あ~、鱗滝な。まあ奴はキレ散らかすタイプじゃなさそうだしな。
話せばまだわかりそうだよなァ』
「話せばわかるっつ~のは、誤解があって誤解を解けば問題がない場合を言うんだ、あほんだら!
今回の場合は、話せば助けてくれるかもしれねえってのが正しい」
『あ~、はいはい。じゃ、そういうことで頼まぁ』

方法があるかもしれない…そう思った時点で他人事モードな不死川に宇髄も一瞬キレそうになったが、もういい加減色々を終わらせたくてグッと堪える。

「わかってると思うが…鱗滝にはお前に力を貸す義理はない。
俺自身もそこまで親しいとは言い難えから、やっぱり無条件で頼みを聞いてもらえる義理はねえ。
ってことで…こっちから提示する条件は、お前が今後冨岡に付きまとわない事。迷惑をかけない事。
いいな?」

『え?それは別問題だろうよ!
なんで俺が奴に冨岡を譲ってやんなきゃなんねえんだよっ』

ああ、やっぱりそう来るか…。
それが不死川だよなぁ…と思いつつも、宇髄は言う。

「ちげえだろ。冨岡は元々お前じゃなく鱗滝の彼女だ。
お前が譲るとか言うのはおかしい。
それとも何か?
玄弥が退学になるのを回避できなくなっても、まだ冨岡にちょっかいかける方が大事か?」

本当ならもういい加減に、“嫌がられている冨岡に横恋慕する方が…”という言い方をしたいところだが、あまりにプライドを傷つけると不死川も意地になる。

だから淡々と事実だけを突きつけると、電話の向こうで非常に不本意そうだが
『…仕方ねえ…玄弥を見捨てるわけにはいかねえからな…』
と、不死川も了承する。

それに宇髄はとりあえず安堵の息を吐きだして肩の力を抜いた。

「じゃ、そういうことで、相手が行動に出る前にやんねえと意味がねえから、これから殿んとこに連絡するから、切るからな」
と言いおいて、宇髄は不死川との通話を終えて一息入れる。

自分で言い出したことではあるものの、中等部からの外部生ということでそこまで付き合いのない相手にこの時間に依頼の連絡を入れるのは気が重いな…と思いながら…






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