翌々日の朝…不死川が学校を休んだ。
まあ普通に一日くらい学校を休むことはあると言いたいところだが、彼の場合は元来丈夫な体質らしく体調不良で休むこともなければ、勉学が身につくかどうかは別にして、意外に真面目な性格なのか、さぼりもない。
なのでそれだけでも十分珍しいことなのだが、今日は驚いたことに不死川以上に学校を休みそうにない優等生の煉獄君までお休みだ。
不死川の素行なんて知らないがゆえに興味もない同級生達も、煉獄君が休んだことには驚いている。
特に煉獄君に憧れている多くの女子達は、見舞いに行こうか、それとも授業のノートをとって渡そうかと、滅多にない機会ということで色々大騒ぎだ。
そしておそらく少なくとも煉獄君に関しては仲が良いので色々知っているであろう鱗滝君は朝のホームルームぎりぎりまで部活。
ということで、義勇や村田君など、鱗滝君や煉獄君と親しいあたりに女子が殺到したが、二人とも何も聞いていないのでわからないとしか言いようがない。
ホームルーム直前に教室に戻ってきた鱗滝君に話を聞こうにも、周りにクラスメートが多すぎて近づくことが出来なかった。
最初の席替えの時、義勇が鱗滝君の周りには人が多くてお礼を言いに近づくことができなかったと漏らして以来、いつでもどれだけ周りに人が居ても義勇を気にしてくれていた鱗滝君だけど、なんだか今日はすごく難しい顔をしていて、集まってくるクラスメートに自分も話せるようなことはないからと、席に着くように促すので精いっぱいと言う感じで、そうこうしているうちに先生が来て、ホームルームが始まってしまった。
以前の義勇なら、自分の方を気にしてくれないのが寂しいなとか悲しいなとか感じたのかもしれないが、今はただ余裕がない様子の鱗滝君が心配で、
『何か悩んでたり誰かに話したかったら何でも聞くし、聞かれたくないなら黙っておくけど、無理はしないでね』
とササっとノートの切れ端に書いて隣の鱗滝君の机にそれを滑らせる。
それに気づいて少し不思議そうな顔で紙を手に取って目を通す鱗滝君。
次の瞬間、ふわっと笑みを浮かべるのがカッコいいけどどこか可愛い。
『ありがとう。そういう気遣いが義勇らしいな。すごく嬉しいしありがたいと思う』
とすぐに同じくノートの切れ端に書かれて返って来て、義勇も笑みが零れ落ちた。
ホームルームに担任の先生が来ると、女子がバッと手を挙げて、
「先生っ!煉獄君、今日はお休みなんですかっ?!」
と、考えてみれば欠席するなら学校側には連絡が入っているだろうと思いついて身を乗り出すと、男子は
「煉獄だけじゃなくて不死川の事も聞いてやれよ、女子~」
とゲラゲラ笑う。
「え~?不死川も休みだったの?
あ、ほんと~だっ。
どうりで静かで平和だと思った」
と何人かが不死川の居ない不死川の席を見て言うので、男子がそれにも
「女子、ひっでえ~!」
と言いながら笑った。
「はい、全員静かに~。
出席とるぞ~!」
と、そんな学生のやりとりをガン無視で出席簿を広げる担任だが、女子は
「せんせ~!煉獄君は~?」
と絶対にスルーはさせないという勢いなので、担任も諦めて
「今日は欠席だ。
ご家族の体調不良ということで、忙しいらしい」
とそれに答えた上で、出席を取り始めた。
そう言えばしばしば班員皆で学校のあちこちで弁当を食べている時に、煉獄君のお母さんは体が強くなくて割合とよく寝込むと聞いていたので、お母さんに何かあったのかな?と担任の話を聞いて義勇は思ったのだが、昼休み、煉獄君は居ないものの、残った班員5人で屋上で弁当を食べようと提案した鱗滝君の口から、とんでもない事実が飛び出してきて、義勇はもちろん、班員全員が驚くことになる。
「え~?!千寿郎が怪我ぁ~?!!」
昼休み。
晴れた屋上の片隅で弁当を広げる5人。
そこで鱗滝君の口から出た煉獄君の欠席の理由は、小等部に通う弟が学校で怪我をさせられたからということだった。
義勇は煉獄君に弟が居るという事は聞いていたが、その子について詳しくは知らなかったが、幼馴染で煉獄家のことをよく知っている村田君と甘露寺さんは弟君の事もよく知っているらしく、普段は色々一歩引いている村田君が珍しく叫んで身を乗り出した。
「怪我させられたってことは…同級生からっ?!
なにっ?!千ってイジメにあってたの?!!」
と続ける村田君を見て、義勇は煉獄君の弟君が怪我をしたことよりも村田君の勢いにびっくりしてしまう。
そんな義勇の横では
「あんなに優しい千寿郎君をイジメるなんて許せないわねっ!」
と甘露寺さんが拳を握り締めている。
まあ別にお礼参りにいくわけではないだろうが、下手な男子よりもはるかに力持ちな甘露寺さんがその気になってしまったら、その小学生の人生終わっちゃうよね…と、義勇は他人事のように思った。
…が、幼馴染の二人がそれだけ感情的になるということは、兄弟仲が大変宜しい煉獄君がそれを流せるわけはなかったようである。
「あいつな、相手を殴りに行くとか言って竹刀持ち出すんで、槇寿郎さんが『馬鹿もん!素手の相手に竹刀を使うなど男の風上にもおけん!やるなら素手だっ!!』とか言い出したあたりで、瑠火さんから二人を止めてくれって俺のとこに連絡が来て…」
と鱗滝君が経緯を話している横で、なんのかんので気遣いの人の村田君が
──槇寿郎さんていうのが俺らの剣道の師匠で杏寿郎の父親、瑠火さんが母親ね
と固有名詞がわからない義勇と伊黒君のために注釈をいれてくれる。
さすが村田君だ。
「で、とりあえず今の状況ならこちらが一方的な被害者だから相手を社会的に追い詰めることも可能だが、自分が手を出してしまうと千は被害者でも杏寿郎が相手に対して加害者になってしまうから、相殺ということで逃げられる可能性が出るからということで、徹底的につぶすならむしろ物理で手を出すなと説得した」
と、言う鱗滝君に村田君は、
──こっええぇぇ~~!!錆兎こええよっ!!
と震えているが…。
一方の伊黒君は
「うむ。正しいな。さすが錆兎」
とうんうんと頷いているのが対照的だ。
「でも鱗滝君、それなら何故煉獄君はお休みなの?
千寿郎君の怪我ってそんなの悪いの?」
と、そんな二人と違って怪我をした弟君の様子を気にするのが甘露寺さんはやっぱり優しいお姉ちゃんだ…と、それも彼女らしくて義勇は微笑ましい気持ちになる。
「いや、安心しろ。
千寿郎の怪我は拳を受けた腕に軽い打撲があるのと、その時に勢いでつまずいた時に足をひねった捻挫くらいだから。
一応、診断書は取らせたが重傷というわけじゃない」
と、鱗滝君はそれには少し安心させるような笑みを浮かべて答えて、甘露寺さんは
「良かったぁ…」
とホッと胸を撫でおろした。
「でもそれならなんで杏寿郎は休んでるの?」
とそこで不思議そうに聞く村田君。
そう、そこだ。
そこにとんでもない事情が隠れていた。
それこそここにいる全員を固まらせるくらいには…
鱗滝君はその村田君の問いにまずため息を漏らす。
そして言う。
──千に怪我をさせた相手が不死川の弟だから…だな
うっわぁぁ~~~!!!!
とそれを伝えた鱗滝君以外の全員が目と口を思い切り大きく開けて固まった。
「一応な、不死川は意地になると他人の神経を逆なでする言い方をすることが多いし、学校で杏寿郎が顔を合わせて刺激されると殴りかねないからな。
俺が居れば止めるけど、一瞬も目を離すなと言われると厳しいし、そのくらいなら休んだ分授業の内容を教える方が楽だから、千についててやれと言って休ませた」
だっていつ殴り合いになるかもわからなければトイレもいけないだろ…と言う鱗滝君に村田君が、そうだね…と、苦笑する。
「不死川が休んでるのってその関係かな?」
「…不死川とは連絡取り合うくらいの仲じゃないからわからんが、時期的に多分そうじゃないか?」
「まあ…不死川の方が休みなら杏寿郎が来ても大丈夫だろうけど、逆に不死川がいつまで休みかわかんないしね」
「それな」
「でもお互いずっと休んでるわけにも行かないし…」
「まあでも今日はまだ日が経ってないから互いに気がたってるだろうからな」
と、二人はそんな会話を交わしながら、大きくため息をついた。
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