それは突然だった。
鱗滝君の部活のない…というか、職員会議のために全部活が禁止されている水曜日は、義勇はいつも鱗滝君と一緒に帰って、時折り帰り道にコンビニで流行りのスイーツを買って公園でかじりながらおしゃべりしたり、学生でも入りやすいカフェやファストフードに寄ったりするようになったのだが、そんなある水曜日のこと。
顔立ちはそう、不死川に似ていて、でも彼より若干背が高く、そして髪がトサカのように立っている。
それでもランドセルを背負っているところをみると小学生なのだろう。
なんだろう?なんだろう?兄だけじゃなくて弟まで何か??
と、嫌な予感がして義勇が思わず鱗滝君の腕をぎゅっと掴むと、少年はキッと義勇を睨みつける。
そして
「お前っ!!」
とピシッと義勇を指さした少年の口から出て来た言葉はとんでもないものだった。
「浮気してんのかよっ!!最低だなっ、この尻軽っ!!兄ちゃんに謝れっ!!」
はあっ?はあっ?はあぁぁ?!!!
いきなりわけがわからなさすぎてぽか~んと呆けている義勇の様子に、少年は勢いづいて言う。
「このところ兄ちゃんすげえ元気なくてっ、なんか荒れててっ、おかしいと思って中等部まで来てみたらそういうことかよっ!!
この売女っ!!これから家まで来いっ!!兄ちゃんに土下座しろっ!!」
唖然として言葉が出ない間に叫ばれて、義勇は恥ずかしいやら腹のたつやらで、さらに言葉がでない。
周りには同じく下校途中の同級生も居るのに、変な勘違いされたらどうしよう?と泣きそうになった義勇だが、少年がそれ以上叫ぶ前に、隣の鱗滝君が
「少年っ!誤解していないか?」
とそれを遮るように敢えてだろう、若干大きな声でそう言った。
「ああっ?!してねえよっ!!そいつ冨岡義勇だろっ?
兄ちゃんが持ってた写真で見たことがあるっ」
と鼻息の荒い少年。
それに鱗滝君は小さくため息をつきながら淡々と
「君は不死川実弥の弟だよな?たぶん」
と聞いた。
「そうだっ!不死川実弥の弟の玄弥だっ」
と少年は答える。
こうして相手の身元をはっきりさせたところで、鱗滝君は淡々と話を進めた。
「まず大前提として、浮気と言うのは恋愛上のパートナーがいる状態で、他の相手と恋愛的な行為をしたということだ。
ということで、俺が義勇といることは浮気じゃない」
そういう鱗滝君に少年、玄弥は少し微妙な表情で
「…お前とその女は同級生でたまたま一緒になっただけとか、そういうことか?
じゃあなんで兄ちゃんが荒れてんだよ?」
と首をかしげる。
違うっ!そうじゃないっ!!と義勇は思わず叫びそうになるが、それをそっと手で制して、鱗滝君は冷静な口調で続けた。
「お前がどう聞いているかはわからないが…義勇が不死川実弥と付き合ったという事実はない。
だから義勇が俺と付き合っているのは浮気とは言わない」
「う、うそだっ!!」
鱗滝君の口から語られた事実に驚き、信じようとしない玄弥に、鱗滝君は
「ちょうどこのあたりにいる赤いネクタイやリボンの学生は同学年の人間だし、不死川が義勇に暴力暴言を振るっていたのは有名な話らしいから、聞いてみてもいいぞ?
普通、自分に暴力暴言を振るう人間と付き合いたいとは思わないだろう?」
と、実に客観的に事実を告げる。
それに玄弥はうっと臆したように黙り込んで、それから無言でくるりと反転して駆け出して行った。
それを見送って、
「これで誤解が解けてくれると良いんだが…」
と少し困ったように眉尻を下げる鱗滝君はカッコいいだけじゃなくて賢くて優しいなぁと義勇は思うわけなのだが、これで完全に終わったつもりの義勇と違って、鱗滝君は先を考えていたらしい。
「一応…念のためな?
小芭内には頼んでおくから、水曜日以外は甘露寺さんと小芭内と一緒に帰ってくれ」
と、どうやら義勇達と同じく名前で呼び合うことにしたくらいには親しくなった伊黒君の名を出してそう注意をする。
カップル二人の時間を邪魔するようで申し訳ないなと義勇も一瞬思いはしたが、伊黒君は迷惑なら表情と言葉ではっきり示す人で、その彼がいつも朝に伊黒君達と3人で甘露寺さんとおしゃべりしながら登校することの多い義勇に迷惑顔をしないどころか、楽しそうな甘露寺さんのおしゃべりに優しい視線を向けているので、まあいいかと思い直した。
確かに自分ひとりの時に、小学生と言えど自分どころか不死川より大きな不死川弟に待ち伏せられるのはさすがに怖い。
そしてまだこれで終わらないだろうと判断した鱗滝君の考えは、思わぬ方向から立証されることになったのである。
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