彼女が彼に恋した時_5_前編

その日は待ちに待った鱗滝君と放課後にクレープを食べに行く日。
やっぱり好きな男の子と出かけるのだから、少しでも可愛くしたい。
なので姉に頼んで普段は下ろしっぱなしの髪を可愛く編み込みにしてもらった。

義勇はこっそりとデートだと思うことにしているが、そうでないこともわかっている。
なのであまりにいつもと違って張り切っていると思われるのも恥ずかしい。

でも鱗滝君は義勇の髪型に気づいてくれて、
「冨岡さん、下ろしてるのも良いけど、今日の髪もすごく清楚で可愛いな」
と言ってくれたので、義勇は
「ありがとう。今日はね、クレープ食べに行くから……邪魔にならないように」
と、おしゃれのためではないとさりげなく主張してみたのだが、鱗滝君はそれにも
「そうだな。今日は風もあるし、髪につかないようにって気遣うところが、やっぱり冨岡さんはさんはよく気が付く人だな。
そういう細やかな心遣いができるのって育ちが良い感じがする」
などと、褒めてくれて、義勇は真っ赤になってしまう。
それと同時に、やっぱり鱗滝君はこれまで周りにいた男子達と違うなぁと感心した。

それこそ最近やたらと義勇の周りをうろちょろしている不死川なんかだったら、きっと義勇の髪型が普段と違うという事に気づいたら、嫌なからかい方をしてくるに違いない。
からかわない男子は逆に義勇に興味がないので、気づかないか気づいても反応しないだろう。
そんな中で、こんな風に義勇の秘かな努力を誉めてくれる鱗滝君は本当に優しいと思う。

でも義勇だって他の同級生の良い所を普通に口にして褒めることができるかというと出来ないので、他の同級生の事を言えないし、だから男女問わずこうやって誰かの良いと思うところを当たり前に口にしてくれる鱗滝君はクラスの人気者なのだろう。

そんな彼を少しの間だけでも独り占めできるなんて自分は世界一幸せな女子中学生だ。
そう思いながらその日は一日わくわくしていた。


そして待ちに待った放課後!
鱗滝君と駅まで並んで一緒に帰る義勇を周りの女子が羨望の目で見ている気がする。

鱗滝君はいつもは部活で遅いし、そもそもが二人で帰るきっかけなんてなかったので、こうして並んで帰るのは初めてだが、帰り道でも鱗滝君はやっぱり優しくて、教科書の入ったリュックの他に筆箱やお弁当箱などを入れた義勇のセカンドバッグを持ってくれたり、当たり前に自分が道路側を歩いてくれたりと、まるで姉が貸してくれた少女漫画に出てくる男の子のようだ。

こんな扱いを受けたのは初めてでドキドキしてしまうが、行動ではそうやってまるでお姫様みたいに扱ってくれるのに、会話は義勇も普通に答えられるような学校やクラスの話題で、疲れたり緊張したりすることがなく、とても楽しい。

そうして学校の最寄り駅から電車で3駅。
大きい…と言うほどではないが、そこそこ店の多い駅で降りたのだが、人の波にのまれそうになる義勇をかばうように、鱗滝君は自分が半歩ほど前を歩きつつ、
──はぐれないよう、嫌じゃなければ…
と、腕を差し出してくれた。

鱗滝君が相手なら決して嫌ではないのだが、ここで手をつなぐという方法をとると、相手が嫌だなと思っても拒否権がないが、腕なら自分の裁量で手をかけたり離したりできる。
おそらくそんな気遣いの元に腕を貸すという形をとってくれたのだろう鱗滝君に、義勇は感動しつつも遠慮なく手をかけさせてもらった。

そうして全てがカッコよくて素敵だなぁ…とほわほわした気分で駅の改札をくぐった時、いきなり義勇のスマホがLineがきたことを知らせて来る。

上着のポケットの中からスマホを出して覗くと義勇の唯一にして貴重な友達の甘露寺さんからだった。

今から少し時間をとれないかという事で、いつもなら二つ返事でOKするところなのだが、今日だけはダメだ。

でも…何か大切な話なんだろうか…と、どう返答しようか悩んでいると、鱗滝君が
「ごめん。見えてしまったが…呼び出されているマックはこの傍だし、少し寄って話をするくらいの時間なら俺はかまわないが…」
と言ってくれたので、申し訳ないがそうさせてもらうことにした。


そうして待ち合わせ場所のマックに行ってみれば、そこには甘露寺さんと伊黒君…まではわかるものの、何故か今は違うクラスの宇髄君が居た。

宇髄天元君…彼はいわゆるイケメンで陽キャで、でもなんのかんので女子には優しい。

不死川とも仲が良いが、一緒になって義勇をいじってきたりはしなかったし、なんならたまに、言いすぎだろ、やめとけ…と、止めてくれたりもしたので、悪い人ではないというのが義勇の認識だった。

でも今回彼は不死川の友人として、義勇に話したいことがあって、甘露寺さんに呼び出してくれるように頼んだらしい。

それを知った時点でいつもなら逃げてしまうところだが、今日は鱗滝君がいる。
何かあっても彼なら絶対に守ってくれる、そんな信頼のおける相手がいるため、義勇も話だけは聞いてみることにした。


不死川と言えば先日の調理実習で鱗滝君にあげようと思っていたクッキーを勝手に強奪して食べてしまったことで、義勇はそれ以来彼のことを居ないものとして扱うことにしていた。

今までならそんなことをしようものなら、怒鳴り散らしに来られたり、ひどいと突飛ばされたりくらいはしていたかもしれないが、今は班の皆が義勇に近づかせないようにと守ってくれる。

まず一番傍にいる甘露寺さんが間に入って、甘露寺さんに何かしようものなら伊黒君が黙っていない。
体格がいいとは言えない伊黒君だがとてもよく気が付く人なので、煉獄君や鱗滝君を助けに呼んでくれる。

鱗滝君もだが、煉獄君は彼に輪をかけて正義感の強い人なので、大声で不死川を制しながら、手が出て来ても阻止してくれるし、鱗滝君はその間に義勇を自分の背にかばってくれるし、そこまでの騒ぎになれば、村田君がいつのまにか先生を呼んで来て場を納めてくれる日々だ。

なので周りをちょろちょろされるのは煩わしいと言えば煩わしいが、目にいれないように頑張れば実害はない。

でも宇髄君いわく、不死川の方は違うらしい。
あれだけ嫌がらせの限りを尽くすくせに、相手にされないのは嫌なようだ。
迷惑な話だと思う。

許してやってくれないか?と言われても、嫌だとしか言いようがない。
でも諦めずに、どうしたら許してくれるか条件を出して欲しいと食い下がる宇髄君。

なんといわれても、また不死川に色々嫌がらせされるのは嫌だと拒否していたのだが、そこで鱗滝君が、今のままだと許されないという状況が嫌でかえってつきまとうのではないかと実にもっともな事を言うのに、なるほど、と、義勇は納得した。

別にあの諸々があったから、今日こうして鱗滝君と一緒にクレープを食べに来れたのだし、実は正直もう不死川を怒っているわけではない。
単に許さないと言って拒否していれば相手をしないで良いからと放置しているのだ。

だが、確かに怒られているという状況が嫌な不死川は逆に諦めずに付きまとって、そのうち班替えで今の班のみんなが遠くなってしまった時にはまた、あの時無視しやがってと暴言を吐かれたり暴力を振るわれたりするかもしれない。
それも嫌だ。

でも本当にもう不死川に近づいて欲しくない。
好かれないでも良いし、なんなら無視してくれた方がずっといい。
嫌いなら嫌いでお互い接触しないのが一番平和だと思う。

そんなことを考えていると、驚いたことに、なんと他人にはあまり興味を持たない伊黒君が今まさに義勇が望んでいることを形にして提案してくれた。

いわく…
『そういうことなら、冨岡の半径1m以内に近づかず、二度と話しかけないという条件にすれば全て解決だろう。
冨岡は不快な不死川と離れられるし、不死川は謝罪を受け入れられたということで、冨岡の事は気にせず学生生活を送ればいい』

天才かっ?!伊黒君、実は天才っ?!!
義勇はその案に思い切りのっかって同意したが、宇髄君はどうやら納得してくれていないらしい。

何故?!お互い遺恨を残していないという状況だけ作ってその後は接触しないというのが一番平和じゃない?と義勇は思ったのだが、そこはさらにカッコいいだけじゃなくて賢い鱗滝君が説明と条件の補足をしてくれた。

ずっと近づくな、話しかけるなでは、不死川が許してもらえた感がなさすぎて納得しないだろうということで、一応許すは許すが接触は今後不死川が義勇に危害を加えてこないということを義勇が信じられるようになって義勇がOKを出してからということだ。

さすが鱗滝君。
理想は理想として、現実的な落としどころと言うのをわきまえている。
と、義勇はその賢さに感心した。

伊黒君の案には無言だった宇髄君も鱗滝君の改定案には納得してくれたようで、その条件については宇髄君から不死川に伝えるという事で、いったん終了。

「じゃあ、用件はもう良いか?」
と確認する鱗滝君に、
「ああ、時間をとらせて済まなかった」
と、それはなぜか伊黒君が答えて、甘露寺さんがその隣でうんうんと頷いている。

「それじゃあ行こうか、冨岡さん」
と、それを聞いた鱗滝君は当たり前に甘露寺さんの隣に置いた義勇のカバンを肩にかけて、片手でコーヒーの空きカップと義勇のジュースの空きカップを乗せたトレイを持ちつつ、手を貸して立たせてくれた。

そうして当たり前に義勇の分までカップを片付けた鱗滝君の腕をまた取って、義勇は彼とクレープ屋さんへと向かったのだった。









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