彼女が彼に恋した時_幕間_宇髄天元の憂鬱後編

甘露寺に呼び出してもらって待つ事10分弱。
3人の前に姿を現した義勇は一人ではなかった。

それを甘露寺は知っていたらしく、甘露寺以外のこの世の全てがどうでもいい伊黒は義勇が一人で来ようと二人で来ようと興味はないらしい。

しかし宇髄にしてみたらそれは大問題だった。
義勇が一人じゃない…までは良いとして、自校の男子と腕を組んで自分の前まで来る。
しかも相手は……

「なんだ、二人一緒だったのか」
と、さすがに言葉のない宇髄を前に、最初に相手に声をかけたのは伊黒だった。

甘露寺と接点のある男は全員敵!と言わんばかりのこの男にしては、なんだか声音が友好的な感じがする。
そして他の男子ならその伊黒にこんな風に声をかけてこられたら驚くところだが、相手、鱗滝錆兎は全く驚く様子もなく、
「ああ、今日はこれから約束があって…」
と、それに当たり前に答えている。

約束?約束っ?!冨岡と?!!
と、宇髄は内心グルグルと考え込んで無言。

その横では甘露寺と義勇が
「急に呼び出してごめんなさいね」
「ううん。でも今日はこれから鱗滝君とクレープ食べに行くから、早めにすませてもらっていい?」
「まあっ!駅前の?!あそこの美味しいのよねっ!!」
などときゃぴきゃぴと楽し気に話していて、宇髄をさらに焦りと混乱の渦に放り込んだ。

それだけでももうパニックになりかけているのに、なんと伊黒が相手の男子に
「忙しいのに巻き込んですまないな」
などと言う言葉をかけているじゃないか。

いやいや、おかしいだろっ。
こんなに男との距離が近い冨岡もおかしいが、伊黒が男に友好的なんて、絶対におかしいっ!
こいつ一体なにもんだ?!!
と、心の中で大絶叫。

もちろん宇髄だって彼のことは知っている。
なにしろ2クラスしかない小等部から1クラス増えて3クラスになるとはいっても1学年100人ほどの同級生だ。

その中でも元々の容姿がよろしく髪などの色合いも派手なだけじゃなく、運動神経がすごくいい。
勉強も出来るし、なんなら性格も良いらしい。
女子がよく騒いでいる。

例の不死川がやらかした調理実習では勉強を教えてくれた礼だと義勇にまるでプロが作ったような可愛らしいアイシングを施したカップケーキを作ってやって、クラスの女子を絶叫させていたと伝え聞いた。

正直、こんな奴が出張ってきたらモテる自覚のある自分だって厳しいと思う。
ましてや女子の好感度を不死川と比べたら頂点と最底辺だ。
敵うわけがない。

女子の評価ですらそうなのに、なんと男子の中でも気難しいと評判の伊黒の心もしっかりとつかんでいるというのか?!

「お前…鱗滝と仲いいの?」
と思わず聞けば、伊黒は
「ああ、同じ班で色々協力もしてもらっているからな。
この前の調理実習の時もアイシングのやり方を教わったしな」
と滅多にみられない笑顔を浮かべて言う。

なるほど。
女が喜ぶようなことを教わっているということか…と納得している宇髄の前で、鱗滝は当たり前に義勇のために椅子を引いている。

そのうえで義勇のカバンを預かると、ソファ席に座る甘露寺に断ってその横にそれを置かせてもらった上で、自分はその4人席の隣の2人席の椅子に腰を掛けてスマホでメニューを出して義勇に注文を聞いている。

「あ、冨岡の分のジュースとパイは買ってあるんだ。
お前はコーヒーかなんかでいいか?」
とそこで宇髄が立ち上がりかけると、鱗滝は
「ありがとう。でも俺は付き添いで勝手に来てるからな。
自分で買ってくるから気にしないでくれ」
と笑顔でそれを制して買いに立ち上がった。

店に入って来てからそこまでの動作がまるで流れるように自然で、なんだか感心してしまう。

「…なんだかすげえな…」
とつい零すと、なんと伊黒が大きく頷いて
「ああ。あいつはとても素晴らしい友人だ。
この世で唯一自分以外で甘露寺と二人きりにしても安心できるくらいいい奴だ」
と驚くべき最大の賛辞を口にする。

「うん、鱗滝君は世界で一番カッコいいし、優しい、最高の男子中学生だと思う」
と、そこで普段そういうことを口にしない人間第二弾である義勇が同じく大きく頷きながら言った。

これが甘露寺や煉獄なら驚きはしないが、本当にこういうことを口にしないであろう度では学年1位2位に入る二人が口を揃えて無条件で褒めちぎる男…。

(これ…少なくとも両想いになんのは無理じゃね?)
と、宇髄は何も話をする前から不死川の想いの成就については諦めが入ってしまった。

まあでも今回の目的はそっちじゃない。
とりあえずそれ以前に調理実習の不死川の愚行を怒っている義勇に許しを請うのが先だ。

それ以上は頼まれているわけでもないので放っておこう…と、気持ちを切り替えて、宇髄は義勇に向き合った。

「あのよ、単刀直入に言うわ。
俺、実は不死川から相談受けて来てんだけどな。
あいつ、この前の調理実習の時のこと、マジ反省してるらしいから、許してやってもらえたりしないか?」

半分投げやりな気分になってきたが、頼まれたことはこなそうと宇髄がそう口にすると、義勇は
「いやだ。絶対に許さない」
と、彼女にしては驚くほどきっぱりはっきりとそう言った。

普段は俯き加減に蚊の鳴くような小さな声で話す印象の女子だったので、こんな風に言うこと自体に非常に驚いた宇髄だが、なるほど、それだけ怒っているんだなと納得はする。

そこにコーヒーを片手に戻ってきた鱗滝錆兎。

「まあ…このまま無視していてもずっと付きまとわれるだけなら、話を聞いて互いにすっきりしたほうが、構われなくなって良いんじゃないか?
もちろん冨岡さんの気持ち次第だけど、ずっと追いかけまわされるのも辛くないか?」

間に入ってそう言ってくれる鱗滝に、宇髄はうっかり惚れ込みそうになった。
もうこいつホント、いい奴じゃね?
と、不死川の最終目的を考えればでっかい…デカすぎる壁のはずなのだが、なんだか拝みたくなる。

「そうっ!そうなんだよっ!
あいつも諦め悪い男だからなっ。
許さねえって言われれば許すって言うまで付きまとう気がするしな?
なんとか謝罪方法っつ~か、こうすれば許してやってもいいって条件を出してもらえねえか?」

せっかく援護がはいったところで、と、宇髄が畳みかけると、義勇は
「…確かに…ずっとついて回られるのも嫌かも…。さすが鱗滝君…」
と、いきなり手の平を返すように言って考え込んだ。

どうやら条件を考えているらしい。
まあどういう条件であれ、義勇の望むことを叶えるということであれば、不死川も喜んで納得するだろう。
…と思ったのは甘かった。

考え込む義勇の横で伊黒に何か耳打ちする甘露寺。
それに伊黒は頷いて、やっぱり少し考え込んだ挙句、口にしたのは
「そういうことなら、冨岡の半径1m以内に近づかず、二度と話しかけないという条件にすれば全て解決だろう。
冨岡は不快な不死川と離れられるし、不死川は謝罪を受け入れられたということで、冨岡の事は気にせず学生生活を送ればいい」
と言う、もうそれ身も蓋もない、こっちの目的を全て粉砕してんだろっと叫びだしたくなるような容赦ない言葉だった。

「いや…それは……」
と慌てて否定しようとする宇髄だが、当の義勇はそれは名案とばかりに
「うん!それで良いと思う!それがいいっ!」
とポン!と手を叩く。

「不死川君は近づけば義勇ちゃんにいじわるをするから…」
と、甘露寺もそれにうんうんと頷いていて、もう満場一致になりかけて、宇髄は頭を抱えた。

そして唯一…それについて今の時点で物を申していない、話すのは初めてぐらいの同級生についつい救いを求める視線を送る。

それに気づいたらしい鱗滝は少し困ったような笑みを浮かべたあと、それでもそのSOSを受け取ってくれたらしい。

「クラスメートだからな。全くと言うのは無理だろう?
連絡事項など必要なこと以外でということで。
あとは当分…という条件も付けた方がいい。
一旦は距離を置くことで、これまでの非礼の諸々の責は問わない。
そのうえで不死川がきちんと条件を遵守した生活を送って、変わったという様子が見れたら、冨岡さんの裁量で普通のクラスメートのように接することを許可するということでどうか?
ただ一生近づくな、話しかけるなだと、許してもらった感がなくて、不死川も納得しないだろう?」

不死川が納得するかどうかは別にして、これは妥当だと宇髄も思った。
反省したという姿勢が見えるまでは距離を置く。
だがその姿勢が見えたならまた普通に接してもらえる。

まあ…そこまでの気の長さが不死川にあるわけがない…と、別の自分が警告をしていたりするのだが、正直、不死川にとってのベストな状況は絶対に訪れないだろうとわかってしまうと、無駄なことに全力を尽くすだけの気力がなくなってしまったので、とりあえず表面上は平和を保ちながら、問題の先送りでいいかと、そんな気になってしまったのである。

色々想定外で冷静じゃなかった…と、当時の自分を後に振り返って宇髄は思った。
だが本当にこの時はなんだか疲れてしまって、正常な判断なんてできなかったのだ。








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