彼女が彼に恋した時_幕間_宇髄天元の憂鬱中編

…俺って馬鹿みてえに人が良いんじゃね?
と、宇髄は今、目の前に山盛りのマック商品を積まれて目を輝かせている甘露寺を前に自分自身に対して呆れ返っている。

不死川に相談を受けた日の翌平日の月曜日、宇髄は甘露寺に話を聞こうと思った。
そして隣のクラスに行き、伊黒に声をかける。

何故そこで本人じゃなくて伊黒?と思うところだが、宇髄は特に人間関係においては聡い中学生だ。
甘露寺は人見知りはしない、誰とでも仲良くできるタイプの女子ではあるが、顔見知りではあるが特に親しいわけでもない宇髄がいきなり放課後に付き合ってくれといっても、さすがにOKは出ないと思うし、なにより甘露寺厨の伊黒から本人より先にNGが出るだろう。

実はこの二人、何故互いに気づいていないのかわからないレベルで仲の良い両片思いの男女なので、伊黒がNGと言ったら甘露寺は絶対に宇髄の頼みよりも伊黒の判断を重視する。

なので、将を射んとする者はまず馬を射よとばかりに先に伊黒に声をかけたのだ。



「伊黒、ちょっといいか?」

朝、隣のクラスに顔を出してちょいちょいと手招きをすれば、いぶかし気な顔をしながらも伊黒自身は誘い出されてくれる。
伊黒とはそのくらいの交友関係はある。

いつも割合と早めに登校する伊黒だが、一緒に登校する甘露寺は教室内に入ると同じ班の唯一の女子である義勇と話していることが多く、今日もそうだった。

これが甘露寺が傍にいて話していると、絶対に時間を割いてはもらえないので、ラッキーと言えばラッキーと言える。
まあ…こんな面倒ごとに巻き込まれて自身の時間を使わされていること自体がすでにラッキーとは言い難いという現実はおいておいて……


事情が事情だけにあまり話は広めたくはないところだが、とりあえず伊黒はある程度事情を知っているのだろうから隠しても仕方がない。

なので
「実は不死川から冨岡を本気で怒らせたって相談受けててな。
あいつはほら、空気ガン無視で暴走する時があるから、放置すると周りの人間にも迷惑かけんだろ?
ってことで…間に入ることにしたんで、たぶん怒っている原因の調理実習の時に一番近くにいた甘露寺に話を聞ければって思うんだけど、相手は女子だからな。
込み入った話だから出来れば帰りにどっか寄ってってのが理想なんだが俺と二人じゃいやだろ。
だから甘露寺が一番信頼してそうで甘露寺と仲の良いお前に同席頼めないかと思ってな」
と、事情を話した上で、別に甘露寺に対して個人的に思うところはないということを強調。

さらに事実ではあるのだろうが、甘露寺が一番信頼している相手として名をあげることで、伊黒の機嫌を少しばかり取っておく。

伊黒もたいがい聡い男なのでそんな宇髄の思惑はある程度は見抜いてはいるが、こちらも長い付き合いだけあって、宇髄の人間性について信頼を置いているのもあって、
「放置しておくとあの馬鹿は甘露寺に特攻しかねんしな。
やむをえまい。俺が甘露寺に言っておいてやるが、そうだな…甘露寺の時間をとってもらって迷惑をかけるのだから、それなりの礼は用意しろ。
わかってるな?」
と、条件付きで了承してくれた。

ということで、話は甘露寺に一切経済的負担をかけないように、甘露寺が定期が使える学校から甘露寺の家の途中の駅にあるマックで。
山のようなアップルパイやら季節限定のパイ、プチパンケーキ、マカロン、ポテト、ナゲットなどを用意したうえでお姫様をお迎えした。

宇髄よりもほんの少し遅れて伊黒を伴って現れた甘露寺は、そのおやつの山を見て歓声をあげる、
そんな嬉しそうな甘露寺を見て、伊黒の機嫌も良くなったようで、とりあえず第一段階、つかみは上々と宇髄はホッと息を吐きだした。

これらのスイーツ+αは話を聞かせて欲しい相手である甘露寺に対する貢物なので、宇髄の自腹だ。

まあ裕福な家でさらに自宅に親が居ないことが多い分、十分すぎるほどの生活費を渡されているので、出費が痛いというわけではないのだが、果たして宇髄がそこまでする必要がどこにあるのかと言われれば、宇髄自身もわからない。

外で物を食うのがあまり好きではない伊黒のためにはコーヒーを用意して、甘露寺には食べ物を勧めつつ、前置きをしてもどうせ聞いてないだろうと、宇髄はすぐに本題に入ることにした。


「実はな、先週、不死川から相談受けたんだけどな」
と切り出したら、そこですぐ伊黒から
「ああ、冨岡のことか」
と突っ込みが入る。

なるほど、甘露寺以外の他人に興味がない伊黒の目につくくらいには、義勇は怒っているらしい。

宇髄はそれで察しつつも、
「あの温和な冨岡がそこまで激怒ってすげえな」
とワンクッション置くつもりで言った。

しかしそれはクッションではなく、むしろ導火線だったらしい。

宇髄がそこで一呼吸おいて話を進めようとする前に、アップルパイを一気に飲み込んだ甘露寺が、前のめりになって

「当たり前よっ!
義勇ちゃん、上手にできるようにって家でお姉さんと練習して、プレゼント用にって可愛いラッピングの袋まで用意して完璧に作ったのを不死川君が取って食べちゃったんだからっ!
乙女の気持ちを踏みにじるような真似は誰だろうと許されないわっ!」
と言った。

「あ~…もしかしてそれって甘露寺と互いのを交換とか約束してたか?」

相手が甘露寺以外だと…と言うところから導き出される結論を考えると、甘露寺との交換であって欲しいと祈るような気持ちで…しかし表面上は淡々と聞いたのだが、それには甘露寺ではなく伊黒がコホンと咳払い。

「いや、それは違うだろう。
甘露寺の高級スイーツ店でも敵わないくらい素晴らしく美味しいクッキーは俺が頂いた」
と、どこかドヤ顔で言う。

羨ましいだろう?とその目が言っているが、正直宇髄自身は別に甘露寺を特別な意味で好きなわけではないので、特に羨ましいということはない。

だがそれを言うと伊黒の機嫌が降下しそうなので
「ああ、女子に調理実習の成果物をもらえるのは男冥利に尽きるだろうな。
特に甘露寺は料理上手そうだし。
伊黒は仲良くて良かったな」
と、当たり障りのない事実に基づいた言葉を返しておく。

本当に伊黒と甘露寺の諸々はどうでもいい。
義勇がクッキーを甘露寺以外の誰かに渡そうとしていたということが重要だ。
その相手を知りたい。

「…その渡す相手って不死川…ってことはねえよな?」
と、本当に自分で言っててもありえないなと思いつつも一縷の望みをかけて聞いてみたのだが、甘露寺から即
「絶対にないわ。
不死川君、いつも義勇ちゃんにいじわるばかりしてるものっ。
クラスの中で二人以外お休みだったとしても、不死川君にあげるなら義勇ちゃん自分で食べると思うわ。
誰だって好き好んでいじわるな子に必要がないのに関わりたくはないでしょう?」
と容赦ない答えが返ってきた、

現状、義勇の唯一にして一番の同性の仲の良い友人である甘露寺のその言葉に宇髄は軽く絶望する。

そうか…まあ、そうだよな。
冨岡の感覚だとクッキー渡そうとしたら暴言吐いて殴ってきそうなイメージあるよな、不死川は。
…と、宇髄はため息をついた。

それでもこれから本当に反省して義勇の好きなタイプの人間になれば、可能性は限りなく0に近いが完全に0ではないんじゃないだろうか…
そう思い直したが、義勇の方にすでに好きな相手が居るならそれも難しい。

いや、片思いなら最悪振られてくれればそれを慰めて…というのもあるか…、
と、そんな思いで宇髄はさらに聞いた。

「で?甘露寺じゃねえなら誰にあげるつもりだったんだ?」

ああ、でも姉妹仲はとても良いと聞いているから、ワンチャンそれなら…とも思ったが、甘露寺はそこで口ごもった。

「…それは…私が勝手に言っちゃいけないと思うわ。
義勇ちゃんのプライバシーもあるし」
と、このあたりは大雑把なようでいて、下に大勢いるという弟妹からも色々相談をうけるのであろうお姉ちゃんらしく、気遣いがある。

「…言いにくい相手か?」
と、もし想い人とかなら肯定されるだろうと思って聞くと、甘露寺は
「言っていいのか悪いのか、私にはわからないから言えないの」
と少し難しい顔で言う。

これは…どうとでも取れる答えだなぁ…と思う宇髄。
だが、これだけでは色々判断できないし、甘露寺から得られる情報は、義勇が他の人間にクッキーをあげるためにとても入念に準備をしていたのに、不死川がそれを台無しにしたから激怒しているということまでのようだ。

そして甘露寺自身がその怒りが正当だと思っているようなので、間に入ってもらえそうにはない。

そうなると宇髄が取れる手段は一つだ。
義勇に直接交渉をする。

宇髄自身は甘露寺とも義勇とも小等部からの同級生で特に好かれも嫌われもしていないし、これ以上不死川に迷惑をかけさせないためと言えば話を聞いてもらえる可能性もあるかもしれない。
なのでそう言って甘露寺に義勇を呼び出せないかと聞くと、甘露寺がLineで聞いてくれる。

そして待つ事1分。

「義勇ちゃん、今たまたまここの最寄りの駅前にいるらしいから、こっちに来てくれるって」
と返答が来たので、宇髄は礼を言って義勇の分もパイとジュースを買いに席を立った。








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