彼女が彼に恋した時3

最初の席替えの次の席替えは生徒が好きな相手同士で班を作って、その班の位置だけを先生が決めるというものだった。

それを聞いた時、友達の居ない義勇はどうしよう?と青ざめたものだったが、
「冨岡さん、俺と一緒の班になってくれないか?」
と、そこでも鱗滝君が手を差し伸べてくれた。

すごく嬉しかった。
だって、班替えの方法がどうであれ、班替えで鱗滝君の隣の席じゃなくなるという事自体が、義勇にとってはとても悲しいことだったから。

でもそこで考える。
義勇は嬉しいけど、鱗滝君はどうなんだろうか…。

友達の居ない義勇が可哀そうだと思って声をかけてくれたのかもしれないが、義勇と違って彼は人気者だ。
クラス中が彼と同じ班になりたいと思っているに違いない。

それでも…それでも、せっかく差し伸べられたその手を取ってしまいたい。

──わ…私なんかでいいの?
とおずおずと伸ばした手…。

しかしその手は鱗滝君の手に触れる直前で、
──良いわけねえだろぉがァ…!!
という声と共に、ぱぁ~ん!とはじかれてしまった。

「お前、ぼっちのお前に対して仕方なく言った鱗滝の社交辞令を、なに本気に取ってんだよォ!」
と嫌な笑いを浮かべるのは、小学校の頃から義勇をイジメていた不死川実弥だ。

「ぼっちはぼっちらしく身の程をわきまえけェ!
ま、どうしてもって言うんなら、俺の班に入れてやっても……」
と続くその言葉は、今度は

「不死川は一年早い中二病というやつか?」
と言う鱗滝君の言葉に遮られた。

「はあぁ??」
と視線を泣きそうになっている義勇から鱗滝君に向ける不死川。

鱗滝君はその強い視線を真っ向から受け止めて、にこっと笑みを浮かべる。

その笑顔は本当に正義の味方とか冒険物語の主人公とかのようにカッコよくて、義勇はポカンと小さく口を開けたまま見惚れてしまった。

鱗滝君は次の瞬間、不死川を放置でポケットからハンカチを出すと、
「俺のハンカチは冨岡さん専用みたいだな」
と冗談っぽく笑って、また義勇の涙をそれで拭いてくれた。

そうして義勇がそれにお礼を言う間もなく、今度は不死川に再度向き合う。

「て、てめえ、馬鹿にしてんのかァ?!!」
と、再度自分に相手の注意が向いたことでそうすごむ不死川に、鱗滝君はやはり笑顔で

「馬鹿に?俺はお前を馬鹿にして喜ぶほどお前に対して興味はないから、それはない。
単に…俺が言ってもいない、思ってもいない俺の心のうちを代弁しようとするから、見えてもいない俺の考えが見えていると思い込んでいる、いわゆる超能力でも持った気分になっている中二病の人間なのかと思っただけだ」
と、言い切った。

おおぉ~~っと周りに集まったやじうま達から上がる声。

──鱗滝君、やっぱりカッコいい~!!
──不死川なんてコテンパンにしちゃえ~!

などと、普段から粗暴な態度と言葉で不死川に嫌な思いをさせられることが多い女子達からはそんな声がちらほら聞こえ、男子はもっと大声で

──中二病だったのか~!実弥っ!!
──サイコキネシス使えんだよな~!見せてやれっ!!
と、笑いながら囃し立てる。


自身がそんな風にからかわれて真っ赤になる不死川。

「うるせえっ!!」
と野次馬達に向かって叫ぶが、一人きりなら臆する面々も集団になると気が大きくなるのか、騒ぎはやむ気配を見せない。

なので不死川は仕方なしにターゲットを鱗滝君に絞ったようだ。

「お前、そんな風にかばうってことは、あの根暗ブスの冨岡が好きなのかよォ!」
と本人は攻撃に転じたつもりだったようだが、鱗滝君はと言うと、全く動じない。

それどころか、
──冨岡さんが根暗ブスと言うのは賛同できないが、好きか嫌いかと言われれば好きだな。
と、爆弾のような言葉を落とす。

えええええ~!!!!
と、これには面白がって不死川をからかうために集まっていた野次馬達も驚きの声をあげた。

──す…好きなのかよォ…
と、そう返ってくるとは思わなかったため、ついうわずった声で聞き返す不死川に鱗滝君はにっこりと言った。

「嫌う理由なんてどこにもないだろう?
お前の目がおかしいのか好みがおかしいのかわからないが、一般的な美醜の感覚からすると、冨岡さんはかなり綺麗な顔立ちをしていると思うぞ?
あ…こういうことを言うのは今はハラスメントになるのか…。
冨岡さん、ごめんな?でも不死川にきちんと説明をしたいだけだから…」

と、自分の方がよほど綺麗な顔立ちの鱗滝君に謝罪されて、義勇は真っ赤な顔でぶんぶんと首を横に振ると、

「…わたしは…ぜんぜん……大丈夫…」
と、消え入りそうな声で答える。

鱗滝君はそれに律儀に──ありがとう──と言って義勇に笑顔を見せると、再度不死川を振り返った。

「ということで、許可が出たところで…額が広めで目が大きく二重で睫毛が長く、鼻口の形もいい。そういう美しく整った各パーツが美しく見える位置に配置されている。
肌も白くて綺麗だし、髪もつややかだ。
今の眼鏡も真面目そうで良いと思うが、コンタクトにしたらもっと顔立ちが整っているのがわかると思う。
まあ、これはブスを好きではないという不死川の話に合せた説明だが、俺が冨岡さんのことを好きな要素としてはメインではない。
同じ班になりたいというのには、彼女が好ましい人間であるというほかに若干の下心もある」

え??下心?!鱗滝君が私に下心?!!!
と、皆が驚いていたが誰よりもその言葉に驚いたのは義勇自身だ。

──しっ…下心ってっ?!!!
一気に真っ赤になる不死川。

だが、その後に続いた鱗滝君の言葉に、義勇は自分も変な想像をしかけたのを恥じることになった。

「彼女はとても頭が良いから勉強を教えてもらえる。
俺は古文がどうしても苦手で…真面目に勉強していたんだが本当にわからなかったんだ。
でも冨岡さんのノートを借りて、彼女に教えてもらって、ようやく理解できて来た。
たぶん冨岡さんは理解度が高いから、教え方もうまいんだろうな。
この学校は大学まであるから皆そこまで切迫したものは感じていないのかもしれないが、附属以外に行く場合はもちろんのこと、附属にあがるにしても成績が上の順から行く学部を選べるから、成績は良ければ良いほどいいし、わからない所を教えてもらえる相手がすぐ横にいるというのはとても恵まれていると思う。
これが下心な?」

と言う鱗滝君の言葉で、義勇は初めて自分が勉強が得意で良かったと思った。
これまでからかわれるばかりだったのだが、初めて勉強ができるメリットを実感する。
じ~ん…と義勇が感動している間にも鱗滝君の話は続く。

「で、あとは個人的好みの問題だ。
飽くまで俺個人の感性の問題だから、そうするのが正しいと主張するつもりではないので、差別だなんだというのは勘弁してほしいんだが…」
と、鱗滝君は先に前提を添える。

「冨岡さんは言葉が綺麗だから。
先生を相手にする時など敬語を使うべきところできちんと敬語で話せるのは基本として、俺とかクラスメートと敬語以外で話す時も乱暴な…いわゆる昔は男言葉と言われていた男が使うような言葉を使わない。
いつも優しい言葉選びをするから、聞いていて心地いいんだ。
もちろん今の時代、男だから女だからと違う言葉を使うというのはナンセンスなんだろうけど、俺は古い家で育ってきたから、どうもそのあたりが若干気になってしまう。
他の人に強要するつもりは毛頭ないが、傍にいるならそのあたりの価値観が似ている相手の方が落ち着くんだ」

と、その言葉に女子が一斉に一瞬黙り込む。
優しい言葉というものを念頭に、口に出すべき言葉を考えているようだ。

一方で義勇は脳内で
──姉さん、姉さん、姉さん、ありがとうっ!!!
と絶叫する。

義勇の言葉は全て姉の蔦子の影響だ。
本人は心の底から優しい人で、優しい言葉選びをする人なのだが、義勇にも常々、優しい言葉を使うようにと教えてきた。
義勇は姉が大好きだったので、大好きな姉がいう事は当たり前に正しいことということで従ってきたのだが、姉の教えてくれたことの正しさが、今まさに立証された気分だ。

「容姿が美しくて、頭が良くて勉強も教われて…しかも言葉が優しく心地いい。
さらに言うなら、冨岡さんとは今まで隣の席だったが、彼女の口から他人を悪く言う言葉をきいたことがない。
そんな相手とまた隣になりたいというのはおかしなことではないだろう?」

小学校から数えると6年以上も義勇の悪口を言い続けた不死川だったが、鱗滝君があまりに堂々と言い放つので、言い返す言葉がすぐにみつからないようで黙り込む。

そのわずかな沈黙で、この問答は終わりだと判断したようだ。
鱗滝君は再度義勇の方を向き直って、
「ということで、話の途中で不死川とのやりとりになって待たせてしまってすまない。
あらためて…冨岡さん、色々失礼な話をしてしまったかもしれないが、迷惑でなければ俺と同じ班になってもらえないだろうか?」
と手を差し出して来る。

女子達の羨望の眼差しが少し痛いが、ここでこの手を取らないなんて選択肢は義勇にはない。

「はい…、私で良ければ…」
と、まるでプロポーズみたい…などと少し心の中ではにかみながら、義勇はそう言ってその手を取ったのだった。



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