バシャーン!!と派手な水しぶきをあげて海へと落ちた錆兎は、その衝撃に一瞬顔をしかめるが、すぐに目を見開いて必死に白い姿を追い求めた。
早く見つけてやらなければ……と気持ちが急くものの、落下の衝撃と水の冷たさで手足が思うように動かない。
それでも必死に預り子の姿を求めて、錆兎は深く海へもぐった。
くそっ!…どこだっ!!!
炎獅子にも自分自身にも守ってやると誓ってそう経ってないのにこれだ…
本当に本当に、守ってやりたいと思っているのに、少し目を離すとこうやって手の中をすり抜けていってしまう。
いい加減大人しく守られてくれっ、本当にっ!!
と思ってみても仕方ない。
とにかく探して捕まえるしかない。
苦しいのは呼吸なのか心なのか、もうよくわからない。
ただただ苦しい。
それでも諦めるという選択は錆兎の脳内にはなかった。
呼吸が苦しくても冷たい水に手足がしびれてきても、ひたすらあの白い姿を探し続けた。
守るべき相手を守れないなら、助けられないくらいなら、このまま溺れ死んだ方がいい。
自分が冷たいと感じると言う事は、あの少年だって冷たいはずだ。
自分よりずっとずっと華奢で丈夫ではないあの子どもを一刻も早くここから助けだしてやらねば…
焦る心。
しかし自分が焦って溺れでもしたら、あの子を助ける事ができなくなる。
それはダメだ。
冷静になれ…冷静に……
錆兎は気を静めるように静かに目を閉じ、呼吸を整え、再度目を開いてあたりを見回す。
──いたっ!!!
少し離れた波間にふわりふわりと揺れる白。
それに向かって一心に泳いだ。
そうしてあと少しとなったところで思い切り手を伸ばす。
左手に細い腕の感触。
それをグイッと引き寄せて、その小さな身体を自分の胸元にしっかりと抱え込んでホッと息をつくと、錆兎は今度は水上を目指して上へ上へと泳いでいった。
ばしゃっ!と海面に顔を出して陸の方向を確認すると、そちらに向けて泳ぎだす。
おりしも進行方向には綺麗な月。
王子を抱えて陸地へと泳ぐ人魚姫もこんな感じなのだろうか…と一瞬思うも、すぐ、人魚と王子が逆だろ、と苦笑した。
こうして辿りつく岩場。
平たい大きめの岩に先に義勇を上げて、自分も自らあがった。
水から出ると強い海風に吹きさらされて一気に体温が奪われる。
早く温めてやらないと…と思いながら水で額にはりついた髪を払ってやろうとその青白い顔に手を伸ばした錆兎は硬直した。
──…息……していない……?
まさか?と、もう一度手を伸ばして、それが勘違いじゃない事を確認して蒼褪める。
固く閉じられた瞼はピクリともせず、震える手でおそるおそる触れた薄い左胸からはなんの動きも感じられない。
腹の底から何かがこみ上げて来た。
体中から血の気が引いて震えているのに、目元が熱い。
「…ぎ…ゆう…?……」
そっとその頬を撫でて声をかけるが、当然のように返事はなく、まだ柔らかさが残る頬は冷たさを増していった。
手を伸ばせばこうして触れられるのに……守れない?
錆兎の頬を海水とは違う何かが濡らして行く。
抱え込めば腕の中にすっぽりと入ってしまうような小さな身体。
そんな小さな存在すら守りきれなかった自分の無力さに錆兎は絶望した。
「…なん…で…?
…すまない…ごめん…ごめん…ごめん……」
頭の中はぐちゃぐちゃで、顔も涙でぐちゃぐちゃで、もう何かが壊れてしまったかのように目の前がグルグル回る。
──誰か、誰か助けてくれっ!!
頭を抱えて泣くしか出来ないでいると、ざざ~ん!と波しぶきがその背を叩いた。
──…さびと……錆兎………
と、亡き叔父の声が聞こえたのは、それがまだ錆兎が幼い頃、何かで泣いたり感情的になると叔父がよく背を叩いてくれた感触をどこか思い起こさせたからだろうか…
──…叔父上……
──…錆兎、考えてみろ。お前は最善を尽くしたか?もう出来る事はないのか?
いつでも叔父の左近次は答えはだしてはくれなかった。
ただ、いつも錆兎にそう聞いて、冷静に考える力をくれたのである。
「……さい……ぜん…」
そう呟くと、錆兎は涙で濡れた目を腕の中に抱え込んだ少年に落とした。
そしてハッとしてその身体を平らな岩に横たえて、気道を確保する。
そうだ、呼吸を止めてそう長い時間はたっていない。
なら、泣く前にとりあえず最善を尽くさなければ…
いつでも答えはだしてくれない。
でも突破する力と冷静さをあたえてくれるのはいつも叔父だった。
それは亡くなった今でも……
人工呼吸と心臓マッサージ。
幸い心肺停止してからそう時間がたってなかったのか、それでなんとかかすかに戻る呼吸と鼓動。
錆兎がふ~っと大きく安堵の息をついた時、毛布を抱えて医者と共に真菰と炭治郎が到着した。
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