生贄の祈り_ver.SBG_29_涙

びっくり眼。
小さな悲鳴。
自分の姿を見て身をすくめて狭い場所なのでギリギリ後ずさられる。

その事に自分は面倒見の良い長男であるという自負を持つ炭治郎は地味にショックを受けた。

伸ばした手の動きをまるで恐ろしい物でも見るような目で追われて、行き場を無くしたそれを仕方なしに引っ込める。

仕方がない…最初の時点できちんと自己紹介をすれば良かったのだ。
相手の心が弱っている時にいきなり近くに寄れば警戒されるものである
理性はそう告げてくるのに、感情の部分は悲しさに揺れて、目頭が熱くなってきた。

そう、思えば炭治郎自身の時は自国が滅ぼされてしまった報を受けてひどく動揺していたというのを配慮してくれたのだろう。
本来なら強国の王で立場的には圧倒的に上で、しかもとても忙しいのであろう水獅子王錆兎が、炭治郎はこの国の貴族の血も引いているし、この国の人間である部分もあるのだから、自分を兄と思って遠慮なく接して来いと言って、ずいぶんと長い時間を削って寄り添ってくれたものだった。

自分は兄弟が居ないから弟が出来たようで嬉しいと、炭治郎の滞在を歓迎しているのだとわかりやすく示してくれた。

そんな錆兎のような男になりたいと傍でずっと見て来たつもりだったのだが、自分は一体彼から何を学んでいたのだろうか…。
心細い相手にとことん寄り添う…そんな基本的なことも出来ずに何が長男、何が王だというのだ。

こんなことじゃダメだ。
すでにある国を維持していくのすら大変だというのに、亡国の国民の心を掴んで率いて国を立て直していくなんて、こんな未熟者では程遠い…。

そう思ったとたん、国に残して来た家族を思い出す。

父と弟3人は処刑されたらしい。
末弟はまだ3歳だというのに…自分が何者かもよくわかっていないくらいの年なのに容赦なく首を斬られたという。

母と妹2人は生かされている。
…が、女性なので一緒に処刑された方がマシな扱いを受けているんじゃないだろうか…。

とにかく今自分が13歳で、すぐ下の妹の禰豆子は12歳。
せめて彼女が女性捕虜として無体を働かれるような年になる前に救出してやりたい。
なのに自分は未熟だ。
未熟すぎる…。

もし間に合わなかったら…そう思うと心が痛んでぽろりと涙が溢れ出た。


──…え?
と、その瞬間、伸びてくる手。

相手も涙の跡を残しているにも関わらず、炭治郎のモノよりも細い指先が炭治郎の目尻に触れ、涙を拭ったかと思うと、柔らかい手がそのまま優しく髪を撫でてくる。

──…何か…悲しい事があったのか?大丈夫か?

細く柔らかい声。
だがそれは胸の奥に染みいるような温かさに満ちていた。

まるで全てを許容してくれるような優しい響き……

──…ごめっ……すまなっ…い……

何か安心感を感じると共にようやく口に出来た謝罪。
すると薔薇に守られた小さな家から出て来た少年は、ふわりと自分より大きな炭治郎の頭を抱え込むようにだきしめてきた。

おずおずとその背に手を回しても、今度は拒絶される事はない。

そうして少年2人は互いをだきしめたまま、ただ何を言う事もなく、しばらく泣き続けた。








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