錆兎さんの通信簿_ 幕間4_もしかして…

もしかして義勇には好きな奴が出来たのかもしれない。
俺がそう気づいたのは、例のキス事件の少しあとだった。

まあ義勇だって中学生だ。
俺が引き取った6歳の頃から6年間、そういう話が出てこなかった方が稀だったんだろう。
普通初恋の一つや二つあってもおかしくはない。

小学生時代は幼い義勇をひたすら世話して愛でて、楽しいばかりの子育てだったが、この、思春期に入ったあたりで色々が難しくなってきた気がする。

まあ実の親だって難しい時期だ。
俺のように家族を形成するのに挫折して色々をすっ飛ばして親になった人間には当たり前だがそれ以上に難しい。

別に世にきく思春期のように粗雑な言葉で拒否したり態度が悪くなるわけじゃない。
義勇はむしろ最近は真菰に料理を教わっているらしく、俺が仕事から戻るとエプロン姿で出迎えてくれて、かいがいしく食事を並べてくれたりするし、今までは俺がしていた共有部分の掃除などもいつのまにやらやっておいてくれる。

なまじ俺と一緒に育った真菰と仲が良いせいだろうか…
お茶が欲しいとか色々して欲しいタイミングを見抜かれていて、痒い所に手が届くような細やかさで対応してくれるので、俺の方がダメ男になりそうな勢いである。

では関係が完全に良好で距離が近いのかと思えばそういうわけでもなく、物理的な接触と言う意味では一歩距離を置かれている気がしないでもない。

あの日以降、一緒に寝たいということがないのはもちろんのこと、手を繋いだりハグをしたりということをあからさまではないが避けられているように感じる。

正直…夜の諸々がなければ、嫁としては非の打ち所がないなと思うんだが、親と子どもという意味ではどうなんだろう…

今のこれはどういう状況なのか、関係が良好なのか悪化しているのかよくわからない。
そう思っていた俺だが、ある時、ハッと気づく。

真菰はあの時のキス諸々を最初が嫌な奴とにならないように、そのくらいなら俺の方がと思ったんじゃないかと言っていたが、そうではなくて、実は本当に好きな奴との練習のつもりだったんじゃないだろうか…。

そう考えれば今の至れり尽くせりなのも、あるいは将来そいつと一緒になった時のための練習のつもりなのかもしれないと思えて来た。

それは義勇の将来と言う意味で言うと良いことなのかもしれない。

子どもは一生子どもという動物ではなく、大人になるための練習期間である…と、言い続けてきたのは俺自身だ。

義勇がいつか巣立って好きな奴と暮らすための練習を今、失敗しても許容してくれる相手、保護者に対してするのは正しいはずだ。

なのにそれを思いついた時に俺の頭にまず浮かんだのは
──俺の義勇にちょっかいかけやがったのはどこのどいつだ!
という考えで…

義勇の方から好きになったという可能性もあるが、内向的な義勇のことだから、自分から告白とかは考えられない気がする。
というか、考えたくない。

そんなことを考えていると、思わず手に力が入って、愛用していた万年筆が手の中でパキッと真っ二つに折れてしまった。

落ち着け、落ち着けよ?俺。
と、その尊い犠牲で俺は我に返った。

とりあえず…子どもの初恋に親が口を出すのはおかしい。
そもそもが別に両想いとかじゃなく、ふわっとした恋に恋するような程度の気持ちかもしれないし、それが学生として度を超した方向に行かない限りは、冷静に見守るべきだろう。

義勇を引き取る前には、よく父親が自分の子どもに結婚を申し込みに来た相手に『許さん!』というのを、適切な子離れが出来ていない未熟者だなと生温かい目で見ていたが、いま自分が子を持って大切に育てている立場になってみると、その気持ちが本当にわかる気がした。






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