錆兎さんの通信簿_ 幕間3_恋心

午前中は特に重要な案件もないので、一応村田に隣の自宅に居ることを伝えた上で、リビングで真菰に話を聞いてもらった。

たぶん…わからないが、たぶん真菰は俺よりは事態を把握している気がする。
驚いた様子もなく俺の話を聞くと、で?と俺をまっすぐ見据えて言った。

「錆兎はさ、義勇のその行動はどういう理由によるもので、どう対処したい?」

それがわからないから真菰を呼んだんじゃないか…と言おうとしたら
「ちゃんと考えなさいよ?
結果、正解じゃなかったとしても、あんたが真剣に義勇に向き合って取り組むことが大事でしょ」
と、実に耳に痛いことを言われて開きかけた口を閉じて考える。

このところ義勇が不安定なのは、例の実弥が言ってた漫画から、精通が来て…というのが要因だろう。
それはさすがになんとなく予想がつく。

義勇だけじゃなくて最近はクラス内もなんとなく落ち着かない生徒が多くて、先日は例の小学校の時のクラスメートの問題児、大垣が、クラスの女子にいきなりキスをして大騒ぎになったとか………ああ、直接の原因はそれか…。

きっかけになった出来事はなんとなく理解した。
それを真菰にも伝えると、そこは知らなかったらしく、
「あ~、そんなことがあったんだぁ」
と少し驚いたように目を瞠った。

「それがきっかけで口づけになんらかの興味を持ったのはなんとなくわかった気がしたが…何故俺相手に?」
とりあえずつながった細い線を手繰るように考えていくが、全くわからない。

そこに真菰が
「なぜだと思う?」
と追い打ちをかけてくるが、本当に予想もつかない。

「本当にわからん。
誰かにキスしてみたいとかそんな気になったとして、保護者と言うのはおいておいても、普通、こんな同性のおっさん相手にしたくはないだろう?」

そう、義勇はわりあいとロマンティストだし、実際減るもんじゃないしと物理的にどういう感触のものなのかを追求するよりは、脳内で好きな相手とどういうシチュエーションで…とか想像するタイプだと思っていた。

俺がそう言うと真菰はどこか傷ついた顔で
「錆兎っ!その”普通”って発言やめてっ!
多数の人がどうとかで人の感情を決めつけるの、ほんとやめてよっ!
それ、めちゃ傷つくんだけどっ!!」
と彼女にしては随分と感情的に声を荒げる。

あ~失敗した。
と、俺はそこでそう思ってそく謝罪した。

真菰はもう数十年、”普通”ではない片思いをしている。
相手はなんと40年上の俺達の大叔父。

幼い日に真菰からその話を打ち明けられた時には恋に恋しているだけの勘違いだろうと思っていたが、普通に恋愛をするお年頃になっても、それこそもうそれも少しばかり過ぎかけている30代になってもその気持ちを持ち続けているということは、おそらく本物なのだろう。

家族が欲しいとか言いつつも、その経過の困難さに恋愛をすっ飛ばして子どもを引き取った俺の根性のなさとはえらい違いだ。

まあでもそのおかげであんなに可愛い義勇と出会えたのだから、俺については良いのだが…。

「あたしはね、もうある程度慣れてるから…。
でも万が一、万が一ね、義勇があんたに対してあたしが鱗滝さんに抱いたような気持ちを抱くことがあったとしたら、絶対に普通じゃないとか勘違いだとか言わないで。
あたしは少なくともあたしの恋を否定されたとしてもあたしの心を否定はされたくなかったよ?
恋人として好みじゃないって言われるのは仕方ないとは思うけど、あたしの想いが勘違いで間違いだって言われるのは嫌だった。
だからいつかね、万が一そんな日が来たら、育て子だったからとか親を想う子どもの気持ちを勘違いしてるだけだとか言わないで、義勇を一人の人間として見て考えてあげて」

これは…どっちなんだろうか…
真菰の経験から来る感想なのか、何か知っているのか…

「…義勇から何か相談受けてたりするのか?それともお前の経験談?」
前者だと言われたらすごく困るし動揺するんだが、そういう類の対処が下手な自覚があるだけに、準備なしにいきなり佳境に入ってしまって変に傷つけたくはない。

そう思って聞くと、
「ん、あたしの経験と、あとは可能性の話。
ちなみに逆もしかりよ?
もしあんたがね、いつか義勇をそういう目でみるようになっちゃったとしてもね、あたしは引かないし、相談に乗るからね」
というのでちょっとホッとした。

「それで思い出したわ。
義勇に『初めてって1回きりなんだよね…それが嫌な想い出だと一生嫌だよね』って言われてなんのことかな?って思ったけど、たぶんそのことだったのね。
キスされた女の子は初めてのキスで、それがそういう嫌な形だったから、一生嫌なんだろうなって共感しちゃったのかも。
で、本当に嫌いな相手とかよりあんたの方が良いって思ったんじゃない?」
「…なるほど……」

確かに義勇は少しズレたところがあるから、真菰の言う通りなのかもしれない。
今回はそんなに気にするようなことじゃない気がしてきた。

…まあ…義勇に本当に好きな相手が出来てそういうことをしたくなった時にはとんでもない黒歴史になりそうだが、子どもの頃の事だからノーカンだと言ってやろう。

俺はすごく悩んだだけにホッとしすぎて能天気にそんなことを思っていたので、その時の真菰の少し思いつめたような表情には全く気付いていなかった。








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