思春期になって距離が出来てしまったように思っていた息子との距離がまた近くなってきた。
義勇が俺の部屋を訪ねて来た時、そう喜んでいた俺は翌朝、何もなかったように義勇を中学に送り出すと、深い悩みを抱えつつ不本意ながら真菰を呼ぶことにした。
最近は俺よりも真菰に懐いている気がしないでもなく寂しく思っていた愛息子の義勇が
「錆兎さん、今日一緒に寝ていい?」
と枕を抱えて訪ねて来た時は心底嬉しくていちもにもなく快諾した。
そうして久々に一緒にベッドに入る。
最後にこうして共に寝たのは1年以上前のことで、大人だとそうは感じないんだが子どもの1年は長くて、幼い頃からそうしているように抱え込むようにすると、ずいぶん大きくなったのだな…としみじみ思った。
引き取った頃は本当に子どもで自分が大柄なこともあって寝ているうちに潰してしまわないようにとか心配になったものだが、今では年齢の割に小柄ではあるんだろうが、それでも150cmと少し小柄な成人女性くらいなので、まあ即潰れるようなことはなさそうだ。
過去、彼女達が居た頃には会うのは別の場所に借りているマンションだったし、この、自分の生活スペースである家には連れて来ていないので、何を隠そうこのベッドで眠ったことがあるのは俺自身を除けば義勇だけだったりする。
幼い義勇を引き取って、子どもというものは時に親と一緒に寝たがることもあるのだと知った時に、寝相が良いからそこまで必要ではないと思いつつも、大は小を兼ねると何故だか思ってダブルベッドを買っておいて正解だったと思ったものだ。
おかげで今こうしてあの頃よりだいぶ大きくなっても窮屈さを感じることなく並んで眠れる。
なんなら義勇がもっと大きくなって俺くらいでかくなっても大丈夫なくらいだ。
まあそんな年の頃になったら親と寝たいなんて思わないかもしれないが…
中学生でも珍しいと思う。
というか、このところそんな風に言ってくることもなかったし、なにかこころもち緊張しているようにも感じるし、心配事でもあったんだろうか…
子どもの頃はなんでも話してくれたし、なんなら義勇の方から話してこなくても俺の方から『話をしよう』と声をかければ喜んで話してくれたものだが、最近は俺よりも真菰の方が話しやすい様だし、あるいは悩みがあって真菰に相談をしていて、未だ解決していないのかもしれない。
ああ、寂しいな…と思う。
しかし俺の寂しさと義勇の気持ちを計りにかけるなら、当然義勇の気持ちが優先されるべきだし、俺が出来るのは真菰に義勇が困っていて何か相談されていて、対処に困っていて俺が手助けできることがあるならさせてくれというくらいか。
まあ本当は本人と話すのが一番いいんだが、強制にならないように注意しないと、
そう思った俺は、幼子の頃のように義勇の髪をなでながら、極力穏やかな声で言った。
「義勇、少し話をさせてくれ」
と声をかけると、綺麗なまあるい青い目が俺を見上げる。
ああ、なんて愛おしいんだろうといつも思っていることをまた思った。
金で買えるものはたいてい手に入れることが出来た俺がどれだけ切望しても手に入れることが出来なかった唯一。
義勇を引き取ってからずっと感じていたそんな思いのまま、俺は言葉を綴った。
「お前がもし俺を必要としなくなっても、俺はずっとお前の保護者のつもりだし、お前がいつか必要だと手を伸ばして来たら、いつだってお前に手を差し伸べる準備がある。
だからもしお前が抱えている問題の解決に俺が向いていないと思っても、直接的に対応する人間として適役ではないとしても、お前に必要なことに金を出すことも出来れば人脈を使うこともできるからな?
お前のためならなんでもしてやる。
俺がそう思っていることだけは、頭のすみにでも記憶しておいてくれ」
その俺の言葉に義勇はちょっと考え込んで、それから
「もし…俺が錆兎さんの思うような人間に育たなくても?」
とどこか不安げな顔で聞いてくる。
え…あ、もしかして今の悩みはそれなのか?と俺は逆に少しホッとして
「俺の思うようなというのをどういう人間だと思っているのかはわからないが、俺がお前に望んでいるのはたった一つだけだ」
「…一つ?」
不思議そうに小首をかしげる義勇に、俺は
「そうだ、たった一つだ」
と頷いて見せる。
「お前が幸せであればいい。
社会的に評価されなかろうが、金が稼げなかろうが、お前が楽しくて幸せだと思える人生を歩んでくれればそれでいいんだ」
俺がそういうと、義勇は一瞬少し複雑な顔をして、しかしすぐに
「…そっか…」
と小さく笑みを浮かべた。
そのあたりでそろそろ遅いしと眠ることにする。
いつものように抱え込む俺の懐に潜り込むようにして眠る義勇、
ここまでは和やかな時間だったと思う。
問題は…それから体感的に1時間以上は経った頃だと思うが、義勇がもぞもぞと起きだした。
トイレか?と、まあ俺はそう気にすることもなく、そのまま寝ていたわけなんだが、ここで起きるべきだったんだろうか…と、その後ちょっと悩むことになる。
俺の腕の中から抜け出した義勇はなんだか俺の方を向いたまま半身を起こしてジッとしていた。
その時点でも俺は何かあるなら声をかけてくるだろうと目を閉じていたわけなんだが、これがいけなかったのか?
いきなり義勇の顔が近づいてくる気配。
そして俺の唇に触れる感触。
それが何かなんて、俺だって大人でそれなりに経験はあるからわかる。
そう、唇の感触だ。
え??と思ったものの、俺が寝ていると思って起こした行動なのだろうから、ここで起きたらまずいだろう。
そう判断して俺は義勇がそのまままた何事もなかったように横たわって懐に潜り込んできてもそのまま寝たふりを続行したわけなのだが……当然一睡もできなかった。
何故?
義勇はいったい何がしたかったんだ??
そうは思うが本人に聞いたらまずいだろうということはさすがの俺でも思う。
…結果、俺はなにごともなかったように翌朝義勇を学校に送り出してから、仕事前に真菰を自室に呼び出したのである。
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