錆兎さんの通信簿_ 30_とある事件と混乱した末の決意

それを実行するかどうか、俺はぎりぎりまで迷っていた。
いけないことだって自覚はすごくある。

なんなら、お前の顔なんて二度とみたくない!って言われて追い出されても文句は言えないんじゃないだろうか…

錆兎さんにそんなことを言われた日には、俺は産まれて来たことを後悔するレベルで落ち込むことは容易に想像できた。

それでも悩んで悩んで悩んで…それでもあとで後悔するよりは…と決意して、とある計画を実行したのである。


それは例の漫画の件からそうは経ってないある日のことだった。
もう思い切り自覚はしていたが、俺の恋愛的な関心は錆兎さんに向いていた。
が、当然同級生達のそういう対象は異性…もっと言うと、身近で容姿の良い異性である。

俺も他人から見ると容姿自体は悪くはないようなんだけど、どちらかというと女顔で、恋に恋するタイプの少し少女趣味な女の子達から遠目にきゃあきゃあ言われることはあっても、生々しい恋愛の対象になることはあまりなかった。

というか、この年頃の女の子達は男より少しばかり精神年齢が高い子が多くて、彼女達が恋をするのは先輩や高校生…あるいはそれ以上の自分達より大人な男だった気がする。

だから男子が騒いでいても、やあねぇ…と眉をひそめて相手にしていない感じだったが、男子の方は一部の女子に夢中だった。

そんな状況の中で事件は起きた。

例の漫画の時に女性の方に似ていると名前が出て来た白井由衣。
彼女は顔立ちだけじゃなく、服装や髪型、仕草とかもどこか可愛らしい感じの子で、同級生の男子の中にはかなり本気で彼女が好きだという奴が多くいた。
俺達の小学校時代の問題児、大垣君もその一人だった。

小学校の時は強い子クラスで少し落ち着いた気がした大垣君は、でも中学に入ってからまた荒れだして、制服を気崩したり髪を染めたりとか外見はもちろんのこと、噂では他校の生徒と喧嘩したり、陰でクラスメートにお金を持って来させたりと、いわゆる不良のようなことをしているとのことだった。

俺は彼とはクラスが違ったし、同じクラスの不死川君が何故かいつもガードするように傍にいたりしたから実害はなかったんだけど、ある日…大垣君がいきなりうちのクラスに来て、白井さんに色々言い寄ってきたので、白井さんが逃げようと席から立ちあがったところで、その腕をつかむ。

そして…
え??と周りが止める間もなく、彼女をそのまま引き寄せると、いきなり唇にキスをした。

一瞬…空気が凍り付いて、その後、白井さんの悲鳴。
それに呼応するように周りの女子も悲鳴をあげる。

男子は俺も他の男子もあまりに驚きすぎて固まっていたけど、白井さんが泣き始めたところで、俺の隣にいた不死川君が、
──ここ、動くなよ?!万が一奴がきたら逃げとけぇ!
と言って走り出して、大垣君を白井さんから引きはがした。

もうそこからは大騒ぎだ。
我に返った同級生の一部が先生を呼びに行ったり、女子が白井さんを守るように囲んで慰めたり、その日は授業どころじゃなくて、白井さんは女子達に付き添われて保健室で、大垣君は生徒指導室へ連れて行かれたようだった。

教室では一部興奮した様子で盛り上がる男子を女子が蹴り飛ばしたり、双方を止める男子がいたり、もうすごい状態で、先生は授業は諦めたのか状況の聞き取りに徹している。

俺は呆然としつつも頭に入ってこない教科書に視線を向けてはいたんだけど、脳内を占めていたのは白井さんの──こんな初めてはいやあー!!という泣き声だった。

そうか…初めては人生の中で1回きりなんだよな…と、そこで俺はそんな当たり前のことを思う。

今回の場合は大垣君はわざとだったんだけど、漫画とかだとぶつかって転んだ拍子に唇と唇が…なんてものもあったりするし、一生に一度のことがそんな望まない形で終わるのは嫌だろうな…と、思う。

俺だったら…最初は錆兎さんがいいなぁ…なんてぼんやりと思った。
最初だろうと最後だろうと無理なんだろうな…とは思ったんだけど、じゃあ他と?というとすごく嫌だと思う。

そのくらいならしたくない。
でも事故で…とかあるかもしれないし…。

そんな考えがグルグルと頭を回って出た結論。
確実に錆兎さん以外と初めてのキスをしないですむ方法は、やっぱり錆兎さんと初めてのキスをするしかないということだった。  









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