その話をしたのはいつだったのかな…。
1月2日だったのは確かだった。
錆兎さんを引き取ってくれた大叔父さんは海外の偉い人にお呼ばれをする忙しい人で、錆兎さんが子どもの時分から錆兎さん達とお正月を過ごせることなんてめったになかったらしい。
その代わりに大叔父さんのお弟子さん達が交代で過ごしてくれたそうだ。
で、その際にはお弟子さん達の手間賃の意味合いもあって、すごい豪華な料亭のおせちが並んだわけなんだけど、3人では到底食べきれない。
だから近所に住んでいて中学時代から同級生だった村田さんがちょくちょく1月2日にお呼ばれしてたんだって。
ということなんだけど…俺が引き取られてからお正月に並んでいたのは村田さんの実家直伝の村田さんの手作りおせち。
それは昔ながらの御煮しめだったり黒豆だったり栗きんとんだったりと、別に豪華ではないんだけどどこかホッとするような美味しいおせちで、錆兎さんも真菰さんもモリモリ食べている。
そして1月1日、村田さんも一緒に村田さん作のおせちとお雑煮を食べて過ごして、1月2日に村田さんは実家に帰っていくのだ。
「なぜ最初と逆なの?」
とある年に俺が聞くと、黙々と食べている錆兎さんと俺の向かい側に座っている真菰さんと村田さんが教えてくれた。
「う~ん…村田君が作るお雑煮が食べたいから?」
とコクンと小首をかしげる真菰さんに村田さんが苦笑する。
「そうだなぁ、あれは高校くらいの時だったかな?
俺ん家は毎年普通におせち作ってたんだけど、おせちってみんな好きじゃないって言うか…毎年代わり映えしなくて飽きるからさ、あんま食べないわけよ。
で、錆兎ん家に遊びに行ってくる~って毎年のごとく出かけようとしたら、おせち処理から逃げるな、お前はこれ食えって重箱持たされて錆兎ん家にくることになっちゃってさ。
ここん家ご立派なおせち余ってんのにどうすんのさこれ…って思ってたらさ、二人してうちのおせちを欠食児童みたいに食ってんの。
もうどう見たって料亭のおせちの方が美味いだろうよって思って、無理に食わないで良いからって言ったら、こっちのが美味しいから、余った料亭のおせちの方を持って帰れって言われて、帰りにまた今度は実家に料亭のおせちの重箱抱えて帰ってさ…」
と、村田さんがそんなエピソードを語る間もざざ~っともうシリアルでも食べるような勢いで黒豆を食べていた真菰さんが、そこで顔をあげて、
「えっとね、料亭のおせちはまずくはないだけどね、こっちの方がなんていうか…ホッとする味なのよ。
あたしたちはほら、本当に小さな頃以来、家庭の味って食べずに育ってるからね。
こういうお母さんの味っていうのかな?そういうのにすごく飢えてて、最初に村田君がおせち持ってきてくれた時に、なんだか泣きそうになっちゃった」
と言いつつ、御煮しめの最後の里芋に箸を伸ばしかけた錆兎さんの手をピシっとはたいた。
「あ~、もうそこっ!子どもじゃないんだから喧嘩しないっ!
煮しめはまだ鍋にいっぱいあるから、足して来るよ」
とそこで村田さんが立ち上がる。
なるほど。
確かになんだかお母さんと食べる家族の食事みたいな風景だ。
そして…それを待っている間、ようやく錆兎さんが顔を上げて
「…というわけでな、村田のご家族の方はうちが取ったおせちをすごく気に入ってくれたみたいだったから、翌年から村田ん家のおせちを分けてもらう代わりに、うちのおせちを持って行ってもらうって感じになって…今では毎年大みそかに村田の家に料亭からおせちを届けさせて、その代わりに村田家の味のおせちはもちろん雑煮とかも完璧に覚えた村田におせちを作ってもらって、元旦は雑煮作るために村田にうちに来てもらって、2日に実家にっていうのが恒例になってるんだ」
と、説明をしてくれた。
で、その時はその話はそこで終わったんだけど、後日…ふと思い出して
「そう言えば…錆兎さんや真菰さんは手伝ったりしないの?
錆兎さん、料理上手だよね?」
と真菰さんに聞いてみたことがある。
それに真菰さんは、唇に人差し指を当てて、う~ん…と少し考え込んだ。
「錆兎はね…料理は完璧だよ?
なまじ記憶力良いから、一度見たレシピは完ぺきに覚える。
でもね、錆兎の料理はおいしいけど温かみを感じないというか…」
「温かみ?」
「うん。錆兎は料理する時は計量カップや計量スプーンはもちろん、温度計まで揃えて、完全に正しい量や火加減で調理するの。
だから失敗はしないし、お店の料理みたいに美味しい。
でもね、あたしはもちろん、錆兎自身が求めてるのはそこじゃないんだよね。
村田君が料理する時ってさ、すごくアバウトなわけ。
おたまで適量とか、醤油一回し、塩ひとつまみ…みたいな?
味見ながらね、あ、ちょっと薄いな、とか言いながら調味料足したりとか。
でも出来上がったものってね、すごくホッとする。
疲れてたりすると特に、食べたかったのはこれなんだよね~とか思う。
錆兎の作る物はお店の料理なんだけど、村田君の作ってくれるものはお母さんのご飯なの。
でもって…錆兎はそのあたりの適当に作るみたいな作業が絶望的にダメでね。
村田君に、塩一つまみねとか言われると、一つまみって何グラムだ?とか聞いちゃうわけ。
で、このくらい?とかつまんで見せてもらっても、理解できない。
飽くまでつまんだものを計ろうとするんだけど、料理の種類や量によってつまむ量も一定じゃないから…結局努力はしてみたけど挫折…って感じかな?
本当にね、数字や論理は完璧なんだけど、そのあたりのファジーな感覚がどうしても理解できない男なのよ、錆兎って」
ああ、なんとなくわかる気はする。
錆兎さんははっきりと割り切れないものを察するのは苦手な人だと思う。
でも苦手だって意識はあって、それをそのままじゃいけないって気持ちもあって、理解するためにすごく努力をしている。
だけど俺が言うのもなんだけど、本当に下手なんだ。
普通わかるよね?って思うことがわからなくて、すごく困ってしまっている。
だから俺はそういう抽象的なことを錆兎さんと話す時はとにかく自分の知っている言葉を可能な限り並べることにしているんだけど、なかなか理解できない錆兎さんはそれでも最終的に理解できるとすごく嬉しそうな顔をするんだ。
何でも出来て強くて完璧な錆兎さんもカッコよくて大好きだけど、俺はそんなときの錆兎さんのこともなんだか可愛くて大好きだ。
でも…あれ?
真菰さんは…そういうの苦手じゃないよね?
と、そこで俺がふと気づいて視線を向けたら、察しの良い真菰さんは案の定言わんとしていることに気づいて、
「うん。錆兎は出来ないから邪魔になるし手を出さない。
で、真菰ちゃんはね…やっぱり自分のために作られるご飯が食べたいから、出来てくるのを待ってることにしてる」
と、ちゃっかりした感じの…でもめちゃくちゃ可愛い笑顔で言い放った。
まあそんなやりとりがあってから、翌年からは俺は村田さんに”ご飯”の作り方を教わるようになった。
真菰さんとは逆に、俺が作ったご飯を錆兎さんに楽しみに待っていて欲しいから。
もちろん、第二の姉さんの真菰さんにもね。
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