その日…俺は出会ってから始めて錆兎さんに嘘をついた。
俺は大人の高級なものとかの知識はなかったし、とてつもなく贅沢なおねだりをということで考え付いたのが、その100万円だった。
2人きりの夕食のあと、錆兎さんはどちらがメインかわからない勢いでつまみに用意した高級チョコをポンポンと口に放り込みながらブランデーのグラスを傾けていたが、その言葉にチョコを放り込む手を止めて、綺麗な藤色の瞳で俺の顔を見た。
ん?と尋ねるような錆兎さんの視線に、俺はもう一度
──100万円が欲しい。
という。
唐突だし大金だし、とんでもない発言だと俺自身は思ったんだけど、錆兎さんは
「そっか。100万…100万か。
何か買うのか?」
と、本当に1000円くらいをねだられたような調子で言うから驚いてしまった。
でもそこまで大金だと俺にもちゃんと理由を聞くんだなと、そこにホッとした。
しかしながら、俺の思った意味とは少し違ったらしい。
「自宅に届けられる物なら払っておくし、買いに行くなら付き合うぞ。
どうしても一人で買いたい物なら家族カードを作ってやるからそれで買え。
さすがに小学生がそれだけの現金を持ち歩くのは危ないからな」
その言葉は本当に贅沢をしたいだけの人間なら万歳三唱をしても良いものなんだろうけど、そうじゃない俺は奈落の底に突き落とされたように絶望した。
ああ、そうか。
俺は錆兎さんからするとただの子どもなのか…。
喜んでいいはずのそれが何故かすごく悲しくて、俺がなんだか泣きそうになっていると、錆兎さんはカタンとテーブルにブランデーのグラスを置いて、
「義勇、少し話をしようか…」
と、いつになく真剣な顔で言った。
俺と居る時、錆兎さんはいつも笑みを浮かべているから気づかなかったけど、笑っていない時の錆兎さんは少し怒っているみたいな顔立ちをしている。
その時、俺は初めてその事を知った。
もしかして嘘をついたことがバレてしまって、嫌われてしまったんだろうか…と、俺がさっきまでとは違う意味で泣きそうになっていると、錆兎さんは
──義勇、正直に話して欲しい…
と、俺の両肩に手を置いて、俺の顔を覗き込んだ。
0 件のコメント :
コメントを投稿