錆兎さんの通信簿_20_愛情の種類

俺が小学校5年生になった頃、真菰さんが30歳になった。
もちろん独身で、俺はその理由を知っている。
錆兎さんも知っていて、さらに村田さんも知っているらしい。

でも知らない人は真菰さんみたいに可愛くて仕事も出来て性格も良い人がどうして恋人を作らないんだろうって不思議に思うみたいだ。

なかには俺が幼い頃にもしかして?と思ったみたいに、実は錆兎さんと恋人同士なのでは?という人もいるけど、それは本人達も言われる都度おもいきり否定している。

真菰さんはずっと片思いをしている人がいるんだ。
その人は真菰さんの大叔父さんで、親族としては傍系4親等に当たるから法律的には結婚しようと思えば出来なくはないんだろうと思うけど、大叔父さんにとっては真菰さんはたとえ成人しようと30歳になろうと、引き取った頃の子どものままの認識で、配偶者どころか異性としての土俵にすら立てないということだった。

だからと言って他の人にという気持ちも持てず、真菰さんは生涯独身を貫くつもりなのだと、たまに二人きりになると俺に話す。

それはちょっと悲しくて切なくて…でも意志の強い真菰さんらしいなと俺は思った。
実際問題、真菰さんは食べていける資格もあるので、別に一人でも困らないだろう。
『それでも何か困ることがあったら、錆兎もいるしね』という真菰さん。

その言葉に俺はハッとした。
真菰さんが独身を貫くつもりなのもその理由もわかるけど、錆兎さんは?
いつか結婚したりするんだろうか…。

錆兎さんは真菰さんより誕生日が早いからもう30歳だ。
もしかして俺が知らないだけで結婚を前提とした彼女とかがいるんだろうか…。

真菰さんのお誕生日から数日後、真菰さんと二人の時にふと不安になって聞いてみたら、真菰さんはいきなりコロコロと笑いだした。

「ないわぁ~。
そんな相手いたら、義勇君を強引に連れ帰ったりしてないって!」
とひらひらと手を振りながら言う真菰さん。

強引?あれは強引というやつなんだろうか?と俺は首をかしげたが、真菰さん曰く、祖父母ならとにかくとして、遠縁くらいの人間がいきなりその場で即決を求めて、異論をはさまれないうちに本人を連れ去るなんてことは普通はしないし出来ないという。

「今思えばかなり必死だったわね、錆兎も」
と真菰さんはやっぱり笑いながら言う。

そうか、あれははたから見たら強引だったのか…。
でも誰も俺を引き取りたがらないのは目に見えていたし、結果的には俺は早かれ遅かれ錆兎さんに引き取られていたんだろうと思う。

それよりも…
「でも、そのせいでもしかして錆兎さん、子連れになって結婚とかできなくなっちゃった?」
とそこが気になった。

いや、錆兎さんに結婚とかされても、俺はなんだか困るし嫌なんだけど、俺のせいで…と思うとそれはそれで申し訳ない気分にはなる。

「ううん。だから、そんな相手を作る甲斐性があったら、錆兎は義勇君を強引に連れ帰ったりしてないって」
と、俺の言葉を真菰さんはきっぱり否定した。

甲斐性?
そういう意味で言うなら錆兎さんほどそれがある男の人は珍しいほどなんじゃないだろうか…。
顔がとっても良くて、頭も良くて、スタイルも良くて、仕事がすごく出来てお金持ちだ。
性格だって優しくて良い人だし…。
女性が結婚相手に求める理想の条件が全て詰まっているんじゃないだろうか…。

俺がそう言うと、真菰さんは、う~ん…と唸って
「錆兎は確かにモテるよ?モテるけどすぐふられるの」
という。

何故?どうして?!
と俺が驚いて聞くと、真菰さんはきっぱりと言う。
「空気が読めないからっ!」

え?え?別に読めなくないよね?
普通に学校の先生達とかも説得しちゃうし、不死川君だって改心しちゃったし…と俺がさらに言うと、真菰さんは苦笑した。

「えっとね、交渉事という意味ではね、錆兎はすごいよ?
でもなんていうのかな…物事を突き詰めすぎる人間でね。
錆兎に寄ってくるのはまず錆兎の顔と地位とお金が好きな女の人が多いんだけどね、そうなると錆兎に色々買ってもらいたいとか思うわけ。
で、錆兎は買うのは全然構わないというか、お金を使うことにためらいはない男なんだけど、そこで、どうしてそれが必要なのか、欲しいのか、理由を徹底して追求しちゃうのよ。
別に買いたくないわけじゃなくて、単純に自分が欲しいと思わないものを欲しいという人の気持ちを知りたいだけなんだけど……なんていうか…理由を言ってもいつもの調子で論破しちゃうから…。
こいつ金持ちだけどケチなんだなって呆れて相手が逃げちゃうの」

うあぁ~って思った。
その図がなんだか目に浮かぶようだ。
確かに錆兎さんに矛盾点を探されたら論破できる気がしない。
まあそれで買ってもらえないから逃げるという女性も大概だから、別れて良かったんじゃないかとは思うけど…。

でも俺はそこでふと気づいた。
錆兎さんは俺にはそれをしない。

俺もそれほど何かをねだったりしないというのはあるけど、買って欲しい、用意して欲しいと言って断られたことはないし、何故?と聞かれたこともない。

それはもしかして、俺が子どもだから?
恋愛対象の大人とは違うから?

俺は錆兎さんに子どもとして引き取られたんだから、それは当たり前の事なんだけど、なんだか心の中にもやっとした物が広がった。

俺だって錆兎さんを保護者と思って頼っているし、家族として慕っている。
だからそれは本当に正しく当たり前で、おかしなことなんか欠片もないはずなのに、なんだか嫌なもやもやが心の中に広がったんだ。








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