錆兎さんの通信簿_19_全員リレーは必要なのか?

「すげえっ!錆兎さんがハゲ山黙らせたぜぇ!!」

4年生の運動会が終わって1週間ほど経ったある日のことだった。
錆兎さんはやると言ってやらないなんてことはない。
ちゃんとPTAで集まって先生達と全員リレーについて話し合いの席を設けたらしい。

その頃には会長になっていた錆兎さんはもちろんのこと、その他のPTAの役員のお母さん達も集まっていたから、今日がその日だということはなんとなくわかってしまった。
どんな話し合いになるんだろう…みんなが気になっていたそれは、なんと不死川君がこっそり教室を抜け出して、会議室前で聞いてきてくれた。

いや、本当は授業中に抜け出すなんて良くないんだけどね。

でも俺は運動会の時、錆兎さんのお話のあとで隣に座っていた女の子が、
──全員リレー…なくなるといいな…。なくならなかったら来年運動会出たくない…
と泣きだしたので、結果がすごく気になっていた。

その子はお姉ちゃんがいるらしいんだけど、姉妹揃って足が遅く、お姉ちゃんは運動会の季節になると毎日のようにお前さえ居なければ…みたいなことを言われて泣いて帰ってくるんだって。

だからその子も来年は自分もそうなるに違いないからって泣くんだ。
それを見て俺もなんだか可哀そうになって、
──全員リレー、なくなるといいね。
と返して、さらに泣かれて困ってしまった。

運動会から帰ってから、錆兎さんにその話をしたら、ちょっと難しい顔をして
「そうだよな…。当日だけじゃないんだよな…」
と頷いて、
「話してくれてありがとうな、義勇」
と頭を撫でてくれた。

そんなやりとりがあってすごく気になっていたから、今回ばかりは不死川君の問題行動も、(さすが不死川君!ありがとう!)と心の中で感謝した。


ということで、不死川君が休み時間に先生がいなくなったところで先生とPTAの話し合いの様子を披露してくれる。

出席者は学校の側は校長先生と副校長先生と5年生の体育の専科の上山先生。
この上山先生はすごく怒りっぽくて嫌われているのもあって、苗字のあげやまをモジって影ではハゲやまって呼ばれている。
で、PTAの方は会長の錆兎さんと、副会長さん二人と書記さん一人。
PTAの方で話をしたのはほとんど錆兎さんだったようだ。


──結論から言わせて頂きますが、全員参加リレーは廃止したほうが良いと思います

挨拶から、では先週の運動会のリレーについてですが…と、司会役の副会長さんが話を進めたところで、錆兎さんは片手で軽く挙手をして、いきなり結論から入ったらしい。

俺はなんだか錆兎さんらしいなと思ったんだけど、先生…特に体育の専科で運動全般をこよなく愛している上山先生はそうは思わなかったらしい。

「何を馬鹿なことを言っているんですかっ!!
速い子も遅い子もクラス全員で一致団結!協力して勝利をつかみ取る!!
その貴重な体験を子ども達から奪おうなんてとんでもない!!」

不死川君はそこで自分の前髪をグイっと後ろにめいっぱいおしやって、おでこいっぱいに出して、髪の毛と声音で上山先生のまねっこをして、男子も女子も爆笑している。

でも俺はと言うと、不死川君のモノマネよりも、その青春ドラマみたいな台詞に錆兎さんがどう返したのかが気になった。

もちろんその返しも不死川君は教えてくれた。

「どの学年にも一定数、一所懸命やっていても足の遅い子はいます。
5,6年生、それにもう卒業した子ども達にも聞いて回りましたが、運動会前は全員参加リレーを巡って、遅い子をフォローして皆で協力というより、遅い子を責めたり、ひどいとイジメ紛いの暴言を吐いたりする子が出たりなど、良い影響より悪い影響が強く出ているようです。
はっきり言ってしまえば、イジメの遠因にもなりかねない競技となっているわけですが…改めて、全員参加リレーは必要ですか?」

「し、しかしですなっ!足は速い子どもたちの活躍の場が…」

「足の速い子には選抜リレーがありますよね?
あれに選ばれるということで足の速い証明になりますし、十分名誉なことでは?
足の速い子ども達だって、足の遅い友人をさらし者にしてまで自分の足の速さを誇示したいとは思ってないと思います。
むしろ自分がどれだけ足が速くともそう言う子の影響で負けるよりは、足の速い友人同士で走る選抜か、あるいは短距離走で走った方がストレスが少ないと思いますが?」

錆兎さんと上山先生、どちらも知っている俺にはその光景が目に浮かぶようだった。

錆兎さんはたぶんいつものように笑顔で淡々と言うからなんだかすごく余裕があるように見えて──実際余裕があるんだろうけど──上山先生は焦っただろうな。

以前、錆兎さんの大学時代からの先輩だって言う元PTAの宇髄さんが言ってたけど、錆兎さんは何かを通そうとする時は感情的な様子を見せずに、なんでもないことのように笑みを浮かべて…でも理屈で殴りつけるから、敵に回すとすごくやりにくくて嫌なんだそうだ。

この時も言い分をどんどん潰される上山先生はそんな感じだったんだろうな。

「しかし…辛いことから逃げてばかりじゃ人間は成長しないでしょう!
苦労してこそ伸びることもある!」

「あ~…そのあたりについては時代によって色々賛否両論ありますね。
今の学校教育ではあまり子ども達に差をつけないようにということで、敢えて競争になるようなことを避けることが多いようですが、学校側としては競争して、達成感や悔しさ、恥ずかしさなどを味わうことで子どもが成長していくのが良しという考えだということで宜しいでしょうか?」

「その通りです!勝った子は次回も勝とうと頑張りますし、負けた子は負けたからこそ次回は勝とうと頑張るものです!」

そう言い切った上山先生の鼻息は随分と荒かったと不死川君は笑った。
その後の錆兎さんの反応。

「それも一つの教育ですよね。
全ての生徒が等しく努力をしていい結果を勝ち取るようにということで…」
「その通り!」
笑顔で頷いた錆兎さんに大きく頷く上山先生。

しかし次の錆兎さんの言葉で固まったそうだ。

「わかりました!では体育が得意な子だけではなく、他が得意な子にも活躍の場が必要ですし、体育だけ得意な子も努力の場が必要ですよね」
「…へ??」
「ということで、全て平等に、学校のテストも全て100点の子から0点の子まで張り出して、その上でクラスで平均点を出して1位のクラスは表彰しましょう!」
「ええええっ?!!!!」

「運動会のように実地で保護者に見てもらうことはできませんが、保護者会の時にはそれまでの点数を並べて張り出したらどうでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待ったあぁぁ~~!!!!」

焦る上山先生。
校長先生も副校長先生もこれにはびっくりした顔をする。

「いや、ちょっと待ってください!
それは勉強が出来ない子を追い詰めることになるので…」
と、思わず口をはさむ校長先生に、錆兎さんはにっこりと
「勉強を出来ない子は追い詰めてはいけなくて、運動が出来ない子は追い詰めても良いんですか?
たとえこれを実行したとしても、勉強が出来ない子に関しては点数を張り出すだけでどんな答えを書いた書けなかったまでの自分が出来なかったことを細かく具体的に晒されるわけじゃない。
一方で運動が出来ない子は大勢の保護者の前で出来ない自分の一挙一動をさらされているんですが…。
私は後者の方がキツイと思いますけどね」

そう言う錆兎さんの言葉に、先生たちは青ざめた。

「人間には向き不向きがある。
得意だろうと不得意だろうと隠さず晒して、不得意をなくす努力をしろというなら、運動だけではなく、勉学においてもそれをするべきだし、不得意なことをさらさせて子どもにストレスを与えるべきではないというなら、運動だけ特別扱いすべきではない。
もし運動だけ特別扱いするというのなら、何故運動だけは特別扱いしても良いのか、子どもに説明を求められても納得してもらえる解答というものを、学校側から提示して頂けると保護者としては助かります。
子ども達には運動会の時に約束してしまったので、次回のPTAの運営委員会便りでそのあたりのことについて保護者から子どもにも説明してもらえるよう、わかりやすい説明を入れようと思っているんですが」


飽くまでにこやかに…でも宇髄さんがいうところの理屈でぶん殴った錆兎さんは、結果、うちの学校の運動会を大きく変えたらしい。

俺が5年生になった時の運動会からはクラス全員参加のリレーがなくなっただけじゃなくて、借り物競争とか樽転がしとか、スプーンに卓球の球を入れた状態で走るスプーンリレーとか、走るのが遅い子でもあまり困らない競技が増えて、足の速い子は短距離、中距離、長距離、あとは選抜リレーとかで活躍して、他の子はそういう競技をやることになった。


親になる気満々で、子どもの俺の環境を良くする気満々だった錆兎さんは、PTA会長になってもすごく精力的に色々に取り組んで学校を変えていったので、俺は錆兎さんが先生達に嫌われたりしないかな?って少し心配になったんだけど、それを言ったら錆兎さんは

「俺は先生の友達じゃないし、学校とはお前が学校に在籍する6年だけの付き合いだからな。
その間にお前が少しでも居やすい環境に出来るなら、モンペと言われても上等なんだが?
まあ…今のところは幸い俺は町会関係とも良好でそちらからの後押しもあるし、校長先生も副校長先生も保護者の要望にはとても耳を傾けて子どものことを考えてくれる人達だから、心配しないでいい」
と笑って言った。

 Before<<<  >>> Next (1月5日公開予定)





0 件のコメント :

コメントを投稿