錆兎さんの通信簿_13_不死川君、話をしよう

こうして翌日、学校が終わったあとに錆兎さんと不死川君がお話をすることになった。

その日は特に先生たちが必ず教室にいるようにして注意していたため、俺にも他の子にも不死川君が色々言ってくることはなく、全てが平和に和やかに進んで行って、放課後になる。

俺に関しては先生も錆兎さんも居たければ居れば良いし、居たくなければあとでどんなお話だったのか教えてくれるって言ったけど、俺は錆兎さんが居てくれるなら不死川君なんて怖くなかったし、なにより、俺の事なのに俺の居ない所で話されるのが嫌だったから、一緒にお話を聞くことにした。

帰りの会が終わると不死川君は先生に連れられて行って、俺は待ってくれていた錆兎さんと合流。
そのまま先生たちの待つ第一会議室へと向かう。


そうして会議室の前に立つと、なかがなんだか騒がしい。

「なんで母ちゃん呼ぶんだよっ!!俺がやったことなんだから俺が怒られればいいんだろっ!!」
という不死川君の怒鳴り声と、
「そういうわけにはいかないでしょっ!!」
という女の人の声。
たぶん不死川君のお母さんだろう。

俺がちょっと迷って錆兎さんを見上げると、錆兎さんは笑顔を返してくれたあと、
「鱗滝です。失礼します」
と、ドアをノックした。


ノックに応じてすぐ先生が駆け寄って来てドアを開けてくれ、俺と錆兎さんは部屋に入る。
すると不死川君とはあんまり似てない小柄で優しそうな女性が、
「このたびはうちの息子が申し訳ありませんっ!!」
と必死な様子で頭を下げて来た。

その横では不死川君が半泣きで
「母ちゃんは悪くねえっ!!謝る事なんかねえっ!!」
と叫んで、それでまたお母さんが怒っている。

先生はちょっと困った顔で、なんだか助けを求めるように錆兎さんを見るので、錆兎さんは笑顔でまず不死川君のお母さんに

「お母さん、頭をあげて下さい。
今日は別に何か苦情を言おうとかいうわけでもなく、怒っているわけでもありません。
ただ、うちの家庭が少しばかり複雑なこともあって、小学生にはなかなか理解しにくいので、誤解されているのだろうなと思って、不死川君にそのあたりの事情を聞いてもらって誤解を解いてもらえればいいなと思って、彼に時間をもらっているんです。
お母さんが謝られるようなことは何もありませんよ?」
と言って、もう自分も泣いてしまっているお母さんに席を勧めた。

そうしたあとに、錆兎さんの言葉にびっくりして目をまんまるくして固まっている不死川君の前に片膝をついて視線を合わせて、
「不死川君、今日は時間をとってもらってありがとう。
これから少し話をさせてもらっていいかな?」
というと、不死川君はびっくりした顔のままコクンと素直にうなずいた。

そうしてその場が落ち着くと、錆兎さんは先生に
「とりあえずまずは不死川君相手に話をさせてください。
先生もお母さんも色々指摘したいことはあるとは思いますが、全てはそのあとで…ということで宜しいでしょうか?」
と、確認を取る。

そうして先生が頷くと、錆兎さんはまた不死川君に向き合った。


「ではオジサンと少し話をしよう、不死川君」
と錆兎さんの話はいつもの言葉で始まる。
それに不死川君はやっぱりわけがわからないと言った顔で、それでもとりあえず頷いた。

「まず初めに…今日オジサンが君に時間をもらったのは、さっき言ったようにうちの家庭が少し複雑でそれを君が誤解してしまっているんじゃないかと思ったからなんだが…オジサンは別に君のお母さんも呼んでくれとは言っていないし、先生もたぶん言ってないと思う。
大人は色々忙しいしな。
ただ話をするのに仕事を放り出して来るのは大変だ。
じゃあなんでお母さんがここに居るかというと、たぶん…君と話をするということは君が家に帰る時間がすごく遅くなるということだから、先生はこういう事情で遅くなるから心配しないでくれという連絡をお母さんにいれたんだと思うんだ。
で、お母さんは、だ、知らないオジサンから君が色々厳しい事を言われたら君が悲しい思いをするだろうと思って、わざわざ君を守りにきてくれたんだ。
オジサンに謝ったのだって、お母さんが謝ることによって、オジサンが怒っている気持ちが自分の方に向くか、あるいは少し和らいでくれると良いなと思ったんだと思う。
さっきも言ったが大人は忙しいからな。
本当に先生から来てくれと言われても来てくれない親御さんも居る中、君のお母さんは君を心配してわざわざ来てくれたんだ。
良いお母さんだな。余計なお世話かもしれないが、すごく大切にした方がいい」

錆兎さんの言葉はすごく意外だったらしくて、不死川君はやっぱり目をまん丸くしたまま、
「そうだ。母ちゃんは悪くねえ。
俺が色々やらかす悪い奴ってだけで、母ちゃんは良い母ちゃんなんだ!」
と言った。

そこで俺がチラリと不死川君のお母さんを見てみたら、お母さんはハンカチを目に当てて泣いていた。
あとで…俺達が上級生になるくらいの頃に真菰さんが聞いたところによると、不死川君は幼稚園の頃からお友達を殴っちゃう子で、お母さんは何度も何度も幼稚園に呼び出されて謝っていたらしい。

まあそれはおいておいて、錆兎さんのお話は続いた。

「正確に言うならば、君も別に悪い子という人間ではない。
世の中にはなにもかもが悪い人間も、なにもかもが良い人間もいない。
君はまだ子どもで、自分がすることが他の人にどれだけ嫌な事か、あるいは嬉しい事かがわからず、嫌だと思われることをたくさんしてしまっただけで、これからそれを学んで、他の人が嬉しいと思うことをたくさんするようになれば、揉めることも減るだろうし、世間で言う良い子、優しい子と言われる可能性はまだまだある。
もちろん君が今のままが良いんだというなら別に君の人生だから良いんだが、少しでも君が他の人と仲良くやっていったほうが、優しいお母さんが嬉しいと思うことが増えるんじゃないかとは思う。
まあ、それは本題じゃないから興味があればまたの機会に。
長くなってしまって悪かったな。
本題だ」

と、錆兎さんはそこでいったん話を切って、また話し始めた。

「君がどう思っていたのかはわからないが、昨日のことで義勇が嫌だと思ったのは、君が、義勇がオジサンのことを錆兎さんと名前で呼ぶのが変だと言ったことなんだ。
まあ…普通はお父さん、お母さん、あるいはパパママと呼ぶから、確かに名前で呼ぶのは変わってるよな。
だから言い方はともかく、君が変だと思ったのはおかしなことではない。
それで…何故義勇がオジサンのことを名前で呼ぶか、それが一番面倒くさくないからなんだという事情を説明させてもらおうと思った」

不死川君は今日呼び出されたのはこれまでの色々のいじわるのせいだと思っていたみたいで、その一点だけなんだと言われて、またびっくりしていた。

そんな彼に錆兎さんはチラリと彼のお母さんに視線を向けたあと、また話始める。

「不死川君はとても優しいお母さんがいるし、お母さんの事は当たり前だがお母さん、母ちゃんと呼ぶだろう?
でも義勇はお父さんもお母さんも事故で死んでしまったんだ。
それでオジサンがぜひに!と望んで義勇の親になって義勇を育てることにしたんだが、オジサンをお父さんと呼ぶと、死んでしまったお父さんとどちらかわからなくてややこしいだろう?
じゃあオジサンと呼ぶかというと、確かに俺は親戚のオジサンなんだけどな…困ったことに俺以外にも親戚のオジサンはたくさんいるからな。
で、じゃあ錆兎オジサンって言うのかというと、それも長いし、いっそのこと錆兎さんの方が面倒くさくなくて良いと思ったんだが、そんなに変だろうか?」

結構真顔で不死川君に聞く錆兎さんに、不死川君はちょっと考えて
「そっか。うん、一番面倒くさくないし、おかしくないな」
と頷いた。

それを見て錆兎さんが
「じゃあ、この件はわかってもらえただろうか?」
というと不死川君は頷く。

それに錆兎さんと不死川君以外の人達はなんだかびっくりした顔だ。
だって不死川君はいつだって、どれだけ注意されたって、大人のいうことなんか聞かない子だと思っていたから。

それをついポロっと不死川君のお母さんが零してしまって、不死川君の表情が少し変わったけど、彼が何か言う前に錆兎さんが言った。

「彼はまだ子どもだから世間で言われる善悪というものを分かっていない部分があるだけで、別に特別心根が良くない子とかじゃないと思いますよ?
それは最初にお母さんが同席することになった時の彼の言動でわかります。
彼は親に怒られるから親に知られたくなかったわけじゃなく、自分のミスで親が自分の代わりに謝るということを申し訳ないと思う子なんです。
悪いのは自分で親御さんは悪くないって、小学1年生のお子さんでそれを主張できる子は多くはない。
悪いことをしたことでレッテルを貼るんじゃなくて、それが他にとって嫌なことなんだときちんと理由を説明して話せばわかってくれる子だと思います。
子どもは子どもという生き物ではなく、何も知らない赤ん坊から自分で色々な責任を取ることになる大人になるための練習をしている時期の人間です。
失敗するのは当たり前なんです。
だが当たり前だから放置はいけない。
そこで失敗を理解して次からは失敗しないように練習をしてもらわなければ。
大人に理解できないことをする子どもには何故それをやったかを聞いて、やってはいけない事は何故やってはいけないのかをわかるまでかみ砕いて説明する。
大人になるまで育てる間は、お互いにWhy(何故?),Why(何故?),Why(何故?)の繰り返しが大切だと思います」

ほおぉ~!と感嘆する先生。
不死川君のお母さんはもう泣き止んでいて、なんだかコクコク頷いている。

そうして錆兎さんは最後にまた不死川君を振り返って
「そうだ、不死川君、話を聞いてわかってくれたお礼にとても大切なことを教えておこうか」
という。

「大切なこと…?」
と首をかしげる不死川君に錆兎さんは
「ああ、とても大切なことだ」
と頷いた。

「君はとても力が強くて心も強くて、嫌なことを言われたりされたりしたら、力で黙らせることが出来てしまうから、ついつい他の人を殴ってしまうこともあると思う。
でもそうやって殴られた相手は君に嫌な気持ちを持つ。
君自身はそれでもいいって思うかもしれないが、殴られて君をすごく嫌いになった人間は、君の大切な人間の事も嫌いになるんだ。
だから例えば…君の大切な妹や弟が小学校に入学した時に、君のことを嫌いになった子はすぐ殴る君の兄弟だから、その子と仲良くしない方が良いって、他の子に言うかもしれない。
もっとひどいとイジメられることもあるだろう。
そこで君が殴った子をまた殴ったとしても、妹や弟が悲しい思いをするのは変わらないだろう?
逆に君が何かで助けてあげて君の事を好きになった子は、あの子はすごく良い奴の兄弟だから親切にしてやってって言ってくれるかもしれない。
自分がどう生きるかで、自分の大切な人間まで楽しく暮らせるか悲しく暮らすことになるかが変わる可能性もあるんだ。
だからどうしてもという理由がない限りは、他の子にはいじわるはしない方が良いと思うし、親切にして好かれた方がいいぞ。
他人のためじゃない。自分と自分が大切に想う相手のためにだ」

「…ふ~ん…。殴らないのは良いけど…親切って?」
「そうだな…例えばだが…掃除当番をちゃんと真面目にやって、皆が嫌がる最後のゴミ捨てを自分からやったりとか?
転んだ子とかが居たら手を貸して立たせてやるとか…
そうだな、相手が自分の妹や弟だったらやってやりたいと思うようなことをすればいいんじゃないか?」
「…なるほど…」

「君は力持ちみたいだからな。
他の子よりも出来ることはいっぱいある」
「…まあな」

錆兎さんに言われて、不死川君は少し嬉しそうな顔をした。

うん…錆兎さんは人を喜ばせることがとても上手なんだ。
でも…錆兎さんの言葉で喜ぶ不死川君を見て、俺はなんだか胸がチクチクした。
良い事のはずなのに、なんだか嫌だなって思ったんだ。










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