その日、家に帰ると錆兎さんはお客様と話をしていて、真菰さんが鍵を開けてくれた。
でも真菰さんもお仕事ですぐ事務所にもどってしまったので、俺は一人の部屋で考えた。
俺はあんまりしっかりしていないし、すごく何かができるというわけでもないから、それはもうある程度は仕方ないんじゃないかと諦めていた。
でも錆兎さんは違う。
錆兎さんはあんなにすごい人なのに、俺のせいで錆兎さんまで変な人扱いをされてしまうのは嫌だ。
錆兎さんはお父さんは死んじゃったお父さんの事だから、錆兎さんのことは錆兎さんって呼べば良いって言ってくれたけど、やっぱりお父さんって呼んだ方がいいんだろうか…。
それは死んじゃったお父さんが本当に居なくなっちゃうみたいで悲しかったけど、俺が悲しいってだけで錆兎さんを変な人扱いさせるわけにはいかない…。
自分の部屋にランドセルを置いたあと、リビングで真菰さんが用意をしてくれたおやつを食べながらそんなことを考えていると、なんと忙しくしていたはずの錆兎さんがコーヒーカップを片手に部屋に入ってきた。
「錆兎さん、お客様は?」
とびっくりしながら聞くと、錆兎さんは
「ああ、もう帰られた。
だからせっかくだし俺もこっちでおやつにしようと思ったんだ」
と笑顔でいう。
その笑顔に俺はなんだか泣きそうになった。
そしたら錆兎さんは俺の横まで来て膝をつくようにして俺に視線を合わせて
「義勇、ちょっと話をしようか」
と、いつものセリフを言うので、俺は錆兎さんの首にしがみついて本当に泣いてしまった。
なんで錆兎さんは俺が悩んでる時、悲しい時がわかるのだろう…。
不思議に思って聞くと、錆兎さんは
「お前の担任の先生から電話があったんだ」
と言った。
そして
「クラスメートにいじわるをされて少し泣いてしまって、でも他の子はお前をかばってくれて、お前もその後は普通に過ごしていたようだから大丈夫だとは思うが、念のためとのことだった」
と続ける。
そうか…先生が気にして連絡してくれたんだ…とは思ったが、何故それでお仕事中なのにすぐ?と思ったら
「さっきの来客との面会はもうアポイントが取ってあったから外せなかったが、真菰と一緒に事務所に入ってきたお前がまだ悩んでいるようだったからな。
客が帰ってすぐ話をしようと思ってきたんだ」
と言った。
俺はそれですごい…と思った。
もう泣き止んでいて大丈夫だと思っても念のためにってわざわざ電話をしてくれる先生もすごいし、俺の様子を気にかけて大丈夫じゃないって気づいて、お仕事を中断して駆け付けてくれる錆兎さんもすごい。
みんなが俺のことを心配してきにかけてくれている。
それで悲しい気持ちはだいぶ飛んで行ってしまったのだけど、それでもそれは問題が全部解決したことにはならない。
不死川君にいじわるを言われたことはもう気にならないけど、なんとかしないと錆兎さんが変な人だって言われてしまう。
俺は俺の顔を覗き込む錆兎さんの眼をしっかり見て聞いてみた。
「俺…やっぱり錆兎さんのことをお父さんって呼んだ方がいいのかな?」
それは死んじゃったお父さんの事を考えるととても悲しいことだけど…と思っていた俺の気持ちは、錆兎さんはわかってしまったみたいで
「俺はお前がお前の本当のお父さんのためにお父さんと言う言葉をちゃんと取っておきたいなら取っておけば良いと思う。
もしお前が何かでお父さんと言う呼び方をする人間が近くに欲しくなったというなら、俺をそう呼ぶことも別に全く問題はないが、そうではないんだろう?」
と、そう言った。
俺は頷く。
そして今日の不死川君とのやりとりと、俺がお父さんと呼ばないことで錆兎さんが変な人だって言われるのは嫌なんだって言った。
錆兎さんはへたくそな俺の説明をずっとうんうんと時々相槌を打ちながら聞いてくれて、最後に
「そうか、わかった」
と言う。
そして
「じゃあこうしよう。
俺がそれはおかしくないことなんだって不死川君と話して説明をする。
もちろんお前はお前の言葉で話したいかもしれないが、お前は子どもで俺は大人だ。
俺の方がお前よりも長く生きてきて、色々経験もしてきているから、たぶん、お前よりもわかりやすい言葉で不死川君に説明ができるし、不死川君が納得して自分が勘違いをしていたとわかった状態で、お前は話したければ彼と話せばいい」
と、まず結論を出した。
そして
「ちょっと待っててくれ。
先生に許可とアポイントを取るから」
と、携帯を出して学校に電話をかけて事情を説明する。
そうしてたぶん心配している先生に、
怒っているわけではない。
ただ不死川君に誤解があるなら、小学生でもわかりやすい形での説明がしたい。
だから少しだけ彼と話せる時間を取って欲しい。
と言った。
あとで真菰さんに聞いたんだけど、普通だと断られちゃうような話らしい。
だけど錆兎さんはPTAもボランティアもしていて、学校の児童にもすごく親しみを持たれているオジサンで、学校側も錆兎さんが一人の子どもにいじわるをする人じゃないってわかってたこと、あとは不死川君はそれだけじゃなくて他の子にもいじわるをしていて先生も困り果てていたこともあって、不死川君のお母さんの許可を取った上で、俺のお父さんと言うよりPTAのオジサンとしてお話をすることになったようだ。
そうして学校側とのお話が終わって電話をきったあと、錆兎さんは今度は俺に向かい合った。
そして俺を向かい合わせになるように膝に乗せて
「ということで、不死川君についてはきちんとわかってもらえるように話をするから大丈夫だから、お前と俺の話をしよう」
と言った。
「…俺と…錆兎さんの話?」
「そうだ、俺とお前の話だ」
と錆兎さんは笑う。
なんだろう?と思っていると、錆兎さんは
「さっきの『お父さん』という言葉の話な」
と言った。
「俺はお前のお父さんではない。
産まれたばかりの時は下手をすれば数時間放っておくだけで死んでしまう赤ん坊だったお前を守って世話をして、ここまで育てたのはお前のお父さんとお母さんだ。
それはとても大変なことで、親はそれでも自分の子どもだからと一所懸命育てるんだ。
俺はお前に対して、そのとても大変な時期に何もしてやっていない。
だが、じゃあ本当のお父さんとお母さんがいないから、お前が愛されていない子かというと、それも違うんだ。
一般的な親は子どもが自分の所に生まれて来たから育てる。
もちろんそこにも愛はある。
でも俺は自分の所に生まれて来たからじゃなくて、自分の意志でお前の親になったんだ。
普通の親と違ってお前の親にならないという選択肢もあったにもかかわらず、お前の親になりたくて、お前の親になったんだからな。
違う言い方をすれば、お前は俺に選ばれて俺の子どもになった、選ばれし子どもだ。
一般的な親子とは違うが、それはそれですごいことだと思わないか?」
「…すごい…ねっ。
俺は錆兎さんに選ばれたんだね…」
こんなにすごい錆兎さんが俺をわざわざ選んで子どもにしてくれた…。
そう思えば俺に関しては不死川君に色々馬鹿にされることなんて、どうってことないと思った。
だってどう考えたって不死川君より錆兎さんの方が頭が良くて何でもできるすごい人なんだから。
そうして俺のなかで俺と錆兎さんの関係についてすっきりしたところで、錆兎さんは最後にこう言った。
「あと…俺が変な人というのは、別に気にすることはないぞ。
変な…というのは、変わったもの、見慣れぬもの。 風変わりなことを表す言葉だからな。
つまり…一般的ではない、人とは違う人間ということだから、確かに正しい。
実際、俺はよく変わった人間だと言われるしな。
悪い意味でも良い意味でも。
だからお前も本当に気にしなくていい。
俺が変わった人間だと言われるのはお前のせいじゃなくて、昔からだから」
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