小学校と言うのは意外に保護者のボランティア募集が多いものらしい。
PTAはもちろんのこと、子どもに絵本を読んで聞かせる読み聞かせボランティア。
体力測定の手伝いをするボランティア。
子どもが登校する時間に車が通れないように柵で道を遮る柵だし。
子どもが校外学習に行くときに付き添いをしたり、もう多種多様なお手伝いがある。
そういうものを全て網羅するくらいの勢いで、錆兎さんは嬉々としてこなしていった。
「あ~、鱗滝のとうちゃんじゃん」
と気軽に手を振るくらいにはなっていて、俺は毎週数日はそんな学校に用事のある錆兎さんと手を繋いで登校していた。
そんなある朝の事、錆兎さんはいつものように、
「なあ、義勇、小学校に着くまでちょっと話をしようか」
と言い出した。
俺は錆兎さんのこの言葉が大好きだ。
錆兎さんの話はいつだって面白い。
「うん!」
と、黄色い帽子をかぶった頭をぶん!と音がしそうな勢いで俺が縦にふると、錆兎さん、
「よ~し、今日は通学路にある物について考えてみよう!」
と笑顔で言った。
最初の話はマンホールだった。
「なあ、義勇、マンホールのふたって何故丸いと思う?」
錆兎さんは足元にあるマンホールを指さしてそう聞いてきた。
何故?何故も何もないんじゃないか?
だってマンホールはいつだって丸いし、それに意味なんかないんじゃないだろうか…
と思ってそう言うと、錆兎さんは
「意味はちゃんとあるんだぞ」
という。
そこで義勇はマンホールの前に止まって考え込んだ。
「…角があると…危ないから?」
考えて考えて考えて錆兎さんを見上げてそう言うと、錆兎さんは
「おお、よく考えたな、偉いぞ」
と、まず頭を撫でて褒めてくれた後、
「それもあるかもしれないが…普通の人が蓋を開けることはめったにないからな。
角で怪我をすることはあまりないかもしれない」
と、暗にそれが正解ではない旨を告げて来た。
俺はそれで今度こそわからなくて、
「なんで?なんで丸いの?」
と見上げると、錆兎さんは教えてくれた。
「蓋は穴よりも少し大きくして落ちないようにしているんだけどな、四角とかだと斜めにすると落ちてしまうんだ。
丸はどんな角度にしても落ちない」
ほおぉぉ~~!とそれを聞いて俺は目をまん丸くした。
「丸ってすごい!すごいんだね!」
と俺が言うと、錆兎さんは
「今日、義勇が家に帰ってきたら、実際に試してみような」
と、笑う。
もちろん、その日は帰宅後、錆兎さんが紙とハサミを用意してくれていて、実際に丸と四角をつくって試してみた。
四角は斜めの線に四角の辺を合わせると落ちてしまうのだが、丸はどうやっても落ちない。
大人にしたら当たり前のことなのかもしれないが、小学生1年生の俺からしたら、それはすごい大発見だった。
また別の日には、横断歩道を前に、交通安全の集いで習ったように、
「右を見て…左を見て…もう一度右を見て、渡る!」
と手をあげて渡っていたのだが、渡り終わったところで錆兎さんがまた、
「義勇、ちょっと話をしようか」
と、横断歩道を振り返って言った。
その言葉に俺は今度はどんな言葉が出てくるのか、わくわくして立ち止まる。
「義勇はいつも横断歩道を渡る時は、『右を見て左を見てもう一度右を見て渡る』って言うだろう?」
錆兎さんはついさっき俺が言った言葉について言及した。
「うん!そう習ったんだよ」
と俺はその錆兎さんの問いに大きく頷く。
そんな俺に錆兎さんは
「習ったことをちゃんと実践していて、義勇は本当に偉い子だな」
と頭を撫でて褒めてくれたあと、
「だが、どうせなら賢く偉い子を目指そうな」
と不思議なことを言った。
「…賢い…?」
いきなり出て来た言葉に俺がコトンと小首をかしげると、錆兎さんは頷いて言った。
「そうだ。
注意されたことをきちんと守れるのは偉い子だが、賢い子はどうしてそう言われたかを考えて、理由も理解しておくものだ」
「…理由…?
車が来ていたら危ないから、車が来ていないかちゃんと確認してから渡りましょうってことじゃないの?」
そんなことは言われなくても言わなくても、子どもの俺にだって当然わかる。
そう思って言う俺に錆兎さんは
「それは正解だけど、ちょっと足りない」
と言った。
「じゃあ車が来ていないか見るのに、左を見て右を見て左を見てじゃだめなのは何故だ?」
「ええっ?!!」
それは朝におはようとか言うのと同じ、決まった言葉じゃないんだろうか…と思ったものの、錆兎さんが言うならたぶん違うんだろう。
「なぜ右からなのか……」
考え込む俺に錆兎さんはヒントをくれる。
「なあ義勇、お前が周りを見ずに飛び出した時、まずどちらから来る車に轢かれると思う?」
「どちらから……えっと……右?」
俺は実際に横断歩道に立ってみて、あたりを見回してみた。
そして最初に一歩を踏み出した時、ぶつかるとしたらこちら…と、手を動かしてみて、おはしを握る方の手だな、と、確認してそう答えると、錆兎さんは
「そうだ、右だ。
だから渡ろうとして最初に危ないかどうかを確認しないといけないのは右だよな?」
と、頷いて言う。
ほおぉぉ~~!!
と俺は目から鱗なその事実に思わず声をあげた。
「そうかっ!
最初に危ない物が来るのが右だから、まず右!
それから反対側の左も大丈夫かを見て、それからもう一度すぐわたって大丈夫かどうか右なんだねっ!」
俺が言うと、錆兎さんはすごくびっくりした顔をして
「それが1年生でわかるなんてすごいぞっ!!
お前は天才かっ!!」
と俺をぎゅっと抱きしめてくれる。
俺はというと、錆兎さんに本気で褒められたことが嬉しくて嬉しくて、思わず顔がほころんでしまう。
錆兎さんはそうして思い切り褒めてくれたあと、
「いいか、義勇」
と、俺の顔を覗き込んで言った。
「物事にはこんな風に当たり前に思っていたことにも理由がある。
何かをしっかり守る時には、それはどうして守らないといけないのかよく考える人間になれよ?
そうしたら絶対に守らないといけないことと実は守らないでも良いことがわかるし、それがわかれば、何を一番大切にしないといけないかがわかるからな」
よく考えて行動しろというのは錆兎さんの教育で俺はたぶん普通よりはよく考える子どもになったんだと思う。
そのおかげで助かったことはたくさんあったし、口答えするなと頭ごなしに言われて聞いてもらえなかった時には錆兎さんに理由を聞いて、それが理不尽である時には錆兎さんから相手に言ってもらえた。
その習慣はとってもいい事でもあったと思うし、それとは別に、一緒に学校に行くときにこうして錆兎さんに色々質問されたり、時には昔話をしてもらったりする時間は、俺にとってとても楽しい時間で、本当だったらあまり行きたくなかったのであろう小学校も、わりあいと楽しく通うことができたのだった。
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