錆兎さんの通信簿_8_錆兎さんとPTA

入学式が終わった後、俺達はいったん教室へ。
次いで今度は保護者も中に入ってくる。

さて、錆兎さんは…というと、真菰さんと並んで教室の後ろに立っているのだが、それでなくとも顔が良くてピシッとスーツを着こなしていてカッコいいのに、さらに背が高いため随分と目立っている気がした。

他の保護者もちらちらと視線を送っているが、その中でいきなり錆兎さんの腕を掴んだ人間が居る。
さきほどのPTA会長だ。

その構図にわずかにざわっとしてそちらに注目が行く。
その中でさらに注目を集めたのは、錆兎さんの腕を掴んだ会長の
──おい!経済の神様がこんなとこで何してんだよ?!
という言葉だった。

いや、錆兎さんは経済の神様じゃなくて、経済の神様に愛された男、だよ?と、俺は心の中で突っ込みをいれたが、錆兎さん自身も当然それを指摘する。

「勝手に人外にしないでくれ。
確かに『経済の神に愛された男』と呼ばれることはあるが、神そのものになった覚えはない」

淡々とそう言う錆兎さんに、会長は
「ああ、同じようなもんだろうよ、言葉なんてどうでもいい。
ようは…お前、なんでこんなとこにいんだよ?」
と頭をくしゃくしゃかいた。

それに錆兎さんは
「言葉というものはどうでも良いものではないぞ?宇髄」
と突っ込んだあとに、
「で、俺がここに居る理由は、俺の息子の入学式だからだ」
と、まあ当たり前だよね、としか言いようのない事を言った。

「おまっ…いつのまにそんなことになってんだよ…」
と言いつつも他に配慮してかそれ以上言わない会長。

それに錆兎さんは小さく笑って
「ようやく家族を手に入れたんだ。
そうだ、宇髄はPTA役員を決めるためにここにいるんだろう?
役員は最終的に抽選になることも多いと聞いているが…会長特権でなんとかもぐりこめないか?
せっかく息子が小学生なんだ。
親として今しかできないことは全て体験しておきたい。
埋め合わせはするし、こういってはなんだが、会計とかなら俺の右に出るものは居ないと自負してるぞ?」
と、こそりと言った。

それに会長、宇髄さんは
「お前…馬鹿か…」
と大きくため息をつく。

「あ、そうだよな。
子ども関係のことで不正はダメだな。
忘れてくれ」
即そう言う錆兎さんに、宇髄さんは
「ちげえよっ!逆だよっ!
みんなやりたくねえから抽選なんだよっ!」
と呆れた目を向けて言った。

それにポカンとする錆兎さん。

「マジかっ?!
小学校のPTAなんて小学生の子どもが居ないとできないレア体験だぞっ?!
なんてもったいないっ!!」
「…あ~…お前はそういう奴だよなぁ…。
でも一般的には面倒なことはやりたくねえ」

そう言う宇髄さんには、なら何故会長やってるんだろう?と俺はちょっと不思議に思った。

が、ともあれ、俺が錆兎さんに教わった一つに
『面倒だなと思う程度のことならやってみておけ。経験は邪魔にはならない。
でも嫌だなと思ったことはやめておけ。それはお前に向いていないものだ』
という言葉がある。

面倒な事と嫌な事、それは似て非なるものだ。
面倒くさいなと思っても、やり始めたら案外楽しいこともあるし、その時にやった経験がのちのち役にたつこともままある。
でも面倒とかじゃなくて、やるのが嫌なことは確かにやっていても楽しくはないし、楽しくないのに無理にやると余計にそれが嫌になる。

それは食べ物にも言えることで、とりあえず口にしてみて好きかどうかを自分で確認するのは大切だけど、そこで口に合わないと思ったら即座に食べるのをやめろと言われた。

口に合わないモノを無理に食べてもより嫌いになるだけで好きになる事はないし、そこで変に食べ続ければ、食べること自体が嫌になる。
食べる事自体が嫌にならなければ、大人になって味覚が変われば食べてみようかという気になるし、その時には食べられるようになっていることも多いそうだ。

それでも食べられない物は…まあ、それでしか摂れない栄養素なんてないんだから、他の食物で摂ればいい。
というのが錆兎さんの食育だ。

そしてそれは決して的外れというわけではなく、おかげで俺は22歳になった今、ほとんど食べられないものがない。
食べることは大好きだし、作ることも好きだし、知らない料理を食べてみるのも大好きだ。

と、話はそれたが、結局先生のお話のあと、PTA役員の選出の時間になって、宇髄さんが決定した役員を書いていくホワイトボードには、話が始まる前から副会長に錆兎さんの名がグリグリと大きく書かれていた。

こうしてPTA役員になった錆兎さんは、それだけじゃなくて学校が募集するボランティアにも片っ端から立候補して、しばしば俺と手を繋いで小学生のように学校に通うこととなる。









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