ビルに着くと俺達を下ろして村田さんが車で走り去る。
家に帰るのかな?と思ってじ~っと見送っていると、錆兎さんが
とりあえず家に入るぞ」
と、俺の手をしっかり握った錆兎さんは、家…というにはなんだか違和感のあるキラキラなオフィスビルへと入っていった。
「とりあえず…事務所になんだか貰い物のジュースあっただろ。あれ出してやってくれ」
事務所はまだ灯りがついていて、錆兎さんいわく厳選した人材という社員さん達が働いている。
その横を通り抜ける瞬間に錆兎さんが言うと、
「あ~、お菓子とかも結構あるから持っていくね」
と、真菰さんが自動ドアを超えて事務所の向こうに消えていく。
それを見送ると、錆兎さんは廊下を少し進んだ所にあるキラキラしたドアの横の柱に指先をかざした。
音もなく左右に開くドア。
今はそれが普通に指紋認証のドアだというのはわかるのだが、当時の俺にはそれは特撮のヒーロー達の秘密基地みたいで、わくわくした。
そしてそう言ってキラキラした目で見上げる俺に錆兎さんが
「あ~、まあ似たようなものだな。
ここから先は居住スペースだから一般人は入れないし。
早急にお前の指紋も登録してやる…と言いたいところだが、その背じゃ届かないか…
とりあえず当座は事務所に帰ってくれば俺か真菰か村田、誰かは居るから開けてやる」
というので、少しがっかりしてしまった。
でもそんな俺を見て錆兎さんはポンポンと軽く頭を叩きながら
「ま、このままここを本拠にするなら柱にもう一つセンサーを付ける工事するから、そんな顔をするな」
と笑って言ってくれた。
そうして俺達はキラキラの銀色のドアの向こうへ。
そのまま少し進んだドアの所で錆兎さんはポケットから鍵を出した。
開くドア。
「こっちは普通の鍵なの?」
と見上げる俺は少しがっかりした顔をしていたのだろう。
「あ~、お前の分は指紋認証にしよう。
鍵持ち歩くよりその方が安全だしな」
と、錆兎さんはそう言いながら、なんだかメタリックなドアを開けてくれた。
そうしたらなんとそこには和風の玄関。
部屋が純和風。
え?え?と俺が錆兎さんと部屋の中を見比べると、錆兎さんは
「ああ、俺は和室の方が好きなんだ。
驚いたか」
と笑って自分の靴を脱ぎ、俺の靴を脱がせてくれる。
いや、そういう問題?
玄関のドアはすごくメタリックで、なんなら近未来的な感じすらあるのに、中に入ったら和風旅館なんて違和感あり過ぎじゃない?
動揺する俺。
そんな俺の靴を脱がせたあと、錆兎さんはひょいっと軽々と俺を抱き上げ、そのまま
「お前は洋室の方が好きみたいだから、こっちにするか…」
と、これもとてつもなく長い廊下の左側にあるドアを開けて、中に入った。
そこはローテーブルとソファがある、絵に描いたようなリビング。
ソファに俺を下ろしたあと、錆兎さんは真菰さんにどの部屋に居るかを告げた後、俺に向かい合って、さきほどと同じように
「さあ、親子になるに当たって色々と話をしようか」
と言って、ソファに座る俺の横の床に座って、視線を合わせて来た。
「…これから…錆兎さんをお父さんって呼ぶの?」
と、今にしてみれば、いきなりそれか、という質問をした俺だったが、錆兎さんは
「お前がそう呼びたければ…。
でもお前をここまで立派に育てたのは冨岡義一氏、つまりお前の本当のお父さんだ。
だからお前のお父さんは義一氏だけだと思うならそれもよし。
俺の事は名前で呼べばいいと思う。
俺が体験したいのは親としての行動や考え方だから、呼び方はあまりこだわらない」
と答える。
俺はそれにホッとした。
だってここでお父さんを錆兎さんにしてしまったら、俺のお父さんはどこに行ってしまうのだろう…と、思ったから。
「…錆兎さん…って呼んでいい?」
とそれでもおずおずと聞くと、錆兎さんは
「ああ、いいぞ。じゃあ、全てそういう方向で進めよう」
と、なんだかホッとするような力強くも温かい笑みを浮かべて、そう言った。
そのやりとりで錆兎さんは呼び名だけじゃなくて色々な方向性を決めたらしい。
錆兎さんが俺の親権者になるには俺を養子にするしかないし、そうなると苗字は変わらざるを得ない。
俺は冨岡義勇じゃなくて鱗滝義勇になるんだけど、もし本当の家族とその名前に思い入れがあるのだとしたら、俺が大人になって錆兎さんが子育てを終えた時に、改めて養子縁組を解消したら元の名前に戻れるから…と、錆兎さんは教えてくれた。
そうか…大人になればちゃんと戻れるんだ…と俺はすごく安心したのを覚えている。
お父さんと呼ぶ必要はないし、書類上は鱗滝義勇になるけど気持ちは冨岡義勇のままでいい。
でもお父さんという存在が必要な場面があればそれは錆兎さんだし、錆兎さんは俺の父親として全責任を持つ。
そんな風に俺の気持ちに寄り添って考えてくれる錆兎さんだからこそ、家族以外の人間に心を開かなかった人見知りの子どもがなんとか立ち直って生きて来たんだろうと、本当に思う。
まあ…本人が言う通り、極々普通の家族関係の一般常識があるとは言えない人だったけど…
そのあともジュースを持ってきてくれた真菰さんに真顔で
「とりあえず…子どもを育てるということは、家を買った方が良いんだろうか?
うちの物件に建てるか、土地購入するか…。
入学式には少し間に合わないからいったん建売りを買っておいて、家が建ったら引っ越すか?」
と聞いて、
──よそでそのセリフ吐かないでよ?
と呆れたため息で返されていた程度には…。
家については結局、少しでも一緒に居られた方が良いだろうということで、錆兎さんの現在の自宅に一室をもらうことで落ち着いて、そこに村田さんが勉強机やら子ども用のベッドやらをおいてくれた。
ともあれ、そんな風に俺と錆兎さんの親子関係は、そんな絶妙な距離感の元に開始することになったのだった。
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