錆兎さんの通信簿_2_出会い

俺と錆兎さんの出会いは15年前。
決してめでたい場ではないどころか、なんと俺の両親の葬式の場だった。

当時、翌月に小学校入学を迎える予定だった俺の家族は両親と3歳年上の姉。

両親はとても仲が良く、姉と俺も仲良しで、俺はずいぶんと早くに買ったピカピカの青いランドセルを背負って姉と手を繋いで小学校に行くのをとても楽しみにしていた。

ところが家族で自家用車で出かけていた時に暴走したトラックにいきなり激突され、両親と姉は即死。
俺だけ何故か奇跡的に軽傷で命を拾ってしまった。


そこからが大変だった。

俺は内向的な子どもで、幼稚園でも仲の良い友だちなどなく、ひたすらに早く自宅に帰って姉に遊んでもらいたいと過ごす日々だったのである。

そんな家族以外に心を開ける人間がいない子どもがいきなりその家族を全部失ったというのは、世界が消えたくらいの衝撃だ。
しかも…親戚同士もあまり仲が良いとは言えず、両親と姉の葬式で顔をあわせた大人達のほとんどが見覚えがない人間だった。

自分のおかれた状況など全くわからず、ただ悲しくて寂しくて泣くしかできない俺。
そんな俺を遠巻きにする親戚達。

だがその黒い物に覆いつくされた葬儀会場で、そこだけ温かく浮かび上がるような宍色。

怖くて辛くて信じられなくて、これは夢だと思い続けて、でも現実だと思い知って真っ暗になった俺の心には、それが現実の中で唯一の温かいものに思えた。

そしてその宍色に惹かれるようにそちらに目を向けて、それが男性の髪だということに気づいたのである。

そうしてその男性を見てみると、こんな時に何を…と思うかもしれないが、とにかく顔が良かった。

健康的な肌。キリリと少し太めの眉。
その下の少し吊り目がちなアーモンド形の目は髪色と同じ宍色の睫毛に覆われていて、綺麗な藤色の瞳をしていた。
形の良い鼻や口。
それらが完璧に正しく美しく見える場所に配置されている。
整っているだけではなく、なんだか正義の味方の勇者のように凛々しい感じで、俺はそこからは彼に見惚れてしまっていた。

そんな風に俺があまりに凝視をしていたからだろう。
さすがに視線に気づいた錆兎さんは少し困ったように眉尻をさげて、しかしすぐ小さく微笑みかけてくれた。

その笑みが温かくてなんだかホッとしすぎて、俺はまた一時的に止まっていた涙をあふれさせ、今度こそ声をあげて泣き始めてしまう。

すると錆兎さんが隣にチラリと視線を向けて、それを受けて、彼の隣に座っていた綺麗なお姉さんが俺の隣に来て、
「…辛かったね」
と俺の背中を宥めるようにさすってくれた。

この女性は、後に知ったが錆兎さんの事務所で働いている行政書士の真菰さんである。


こうして何がなんだかわからないうちに葬式が終わって、それからが大変だった。

なにしろ俺は幼稚園児で身内もいない。
こういう時に真っ先に引き取り手として名があがるのであろう祖父母は、両親がどうやら駆け落ち婚だったらしく、双方強固に拒否。

それどころか父方は母を、母方は父を、こんなやつと結婚したからこうなったんだと罵り始める始末。
伯父や伯母にあたる人達も、
「いや、うちは子どもが居てそんな余裕は…」
「何を言ってるんだ。
うちみたいに自分の子もまだな状態で引き取れるわけがない」
など、とにかく押し付け合い。

大揉めに揉めて、だんだん声高に…最後は怒鳴り合いになってきた大人たちが怖くて、要らない子な自分も悲しくて、とうとうまた声の限り俺が泣き出したあたりで、
──やかましいっ!とりあえず黙れっ!!
と錆兎さんが一喝した。

そこでシン…となる大人達。
全員の視線が錆兎さんに集まる。

「お前達が要らないなら俺が育てる」
と、錆兎さんはそこでとんでもない事を言い出した。

言い出した本人以外は驚きでぽか~んと固まって、しかしすぐに一部が
「あ、いや…この子の親の生命保険とか…」
と口にして錆兎さんにぎろりと睨まれて、また黙り込んだ。

「俺は公認会計士で事務所も経営していて、金には全く困っていない。
こいつの親の遺産や保険金は全てこいつの名義の口座にいれたあと、こいつが22になって保護が要らなくなるまで一切手をつけずに、うちの事務所で村田が責任をもって預かる。
どうしても気になる奴がいるなら、年に1度、それに手が付けられていないことを証明する通帳控えを送ってやる」
と、それでもなんだか知りたい人間が居るならということなのだろうか。
錆兎さんはまず俺の資産についてそう言った。

え?という顔の親戚達。
怯える俺を安心させるようにぎゅっと抱きしめてくれる真菰さん。

そして
「ああ、俺が村田です。公認会計士をやってます」
とそこで親族に名刺を配り始める村田さん。

その村田さんが大方名刺を配り終わったあと、錆兎さんが再度話し始めた。

「俺は鱗滝錆兎。
この子どもの母親の又従姉妹の子…つまり遠縁で、それを縁に父親の会社の税務を任されていた。
一応自分に何かあった時には会社の処分も一任すると言われているので、そうさせてもらって、その金は責任をもってこいつの口座にいれて先ほど言ったように管理する。
それは俺が引き取っても引き取らなくても、この子どもの父親がそう遺言を遺しているから確認したければしろ。
ということで本題だ。
俺も忙しいし時間はかけたくない。
誰も引き取りたくないということなら、俺がこの子ども、冨岡義勇を引き取ることにする。
条件は義勇が独り立ちして生活できるであろう社会人になるまで、生活費も学費も一切俺が負担して育てる。
男一人では不安だということなら、隣の従姉でうちの従業員でもある真菰が補佐をする。
一応このあと確認してもらうことになるが、義勇の父、冨岡義一氏は配偶者まで急死することを想定していなかったらしく、遺言状では遺族の生活は配偶者である葉子氏の分の遺産で行ない、二人の子どもの分の遺産にはそれぞれが成人して自己管理できるまでは手をつけないこととあるんだが、今回、義一氏の遺産は全て義勇が相続するため、義勇が成人するまでは一切手をつけられないことになる。
ということで、他に引き取りたいという親族が居るならば、まず義勇が成人するまでの生活費や学費を全てまかなえることが条件だ。
その条件でもこの子どもを引き取りたいという親族がいたら、挙手を願いたい。
居なければこの場をもって話し合いは終了。
こちらで引き取ることにする」

錆兎さんはそこで言葉を切って狭くもない会場の少なくはない親族を見回したけど、当たり前だけどただでなんの思い入れもない子どもを引き取ろうと手を挙げる人なんているわけがない。

こうして俺はこのやや風変わりな大人、錆兎さんに引き取られることになったのである。








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