どうしてもこのままこの国に…もっと言うなら、水の国の王のもとに居たい…。
それは姉が亡くなって以来、全てを諦めて居た義勇が初めて人生に見出した希望だった。
しかしそれを願い出ようにも城に着くなり王はどこかへ行ってしまった。
と、自国では意味もなく声をかければ嫌な顔をされるので滅多に使用人に声をかけたりしないのだが、背に腹は代えられずに案内の少年に声をかければ、彼は
「はい?どうしました?
長旅で疲れましたよね。お疲れ様でした。
途中雨に降られたようですね。
急いで部屋に行って着替えましょう。
風邪でもひいたら大変ですから。
他にも欲しいものとかあれば言って下さいね」
と笑顔で応対してくれる。
確かに途中雨に降られて少しだけ濡れてしまったが、自国では体調を崩しても心配などされたことはない。
ただ、嵐の国に送るために死なない程度に生きていればいいという対応だった。
なので、そんな今まで自国ではなかったその対応に、なんて優しい少年なんだ、と、義勇は感動したが、そう言えば彼のあるじでこの国の頂点の存在である王ですらあれだけ優しいのだから、この国は優しさでできているのかもしれない、と、思った。
そうと思えば余計にここに居たい。
それにはまず王の許可が必要だ。
そう思って
「…えっと…陛下はどちらに?」
と聞くと、少年は相変わらずにこやかに
「ああ、炎獅子様との会見だと思います。
元々あなたの話は炎獅子様が襲撃を耳にしてうちの陛下に救出を頼まれたから、報告をしてるんだと思いますよ」
という。
炎獅子様…というのは聞いたことがある。
そう、大国の水の国の王は水獅子、炎の国の王は炎獅子と呼ばれているのは、世情に疎い義勇ですら知っている有名な話だ。
なるほど……そうだった、のか…。
錆兎…いや、水獅子王が義勇を丁重に扱ってくれたのは、友好国の王の依頼での救出だったからなのか……
…当たり前だ……
自国ですら厄介者の義勇に大国の王が何もなくて親切にする理由なんてどこにもない。
そんな当然のことがすっかり頭の中から飛んで行ってしまうくらいに、水の国の王はカッコよくて優しくて…この世の好ましい要素を全て詰め込んだような、まるでおとぎ話の主人公のような人物だったのだ。
出会わなければ良かった…
そうじゃなければ、王があんなに理想的な人物じゃなければ良かったのに……
ここで義勇は、自分が自国で厄介者払いのために大国に送られるただの生贄にすぎないことを思いだして泣きたくなった。
炎の国の王に頼まれて保護をしに来ただけのつまらない小国の王子が自分の国に留まりたいなどと言ったら、きっと優しい水獅子は困ってしまうだろう。
ああ、言わないで良かった…。
途中で気づいて良かった…
そう思うのはみじめで悲しかった。
それでも物心ついてからいつも諦めの中で暮らして来た義勇は、義勇のそんな絶望と諦めの気持ちなど知らずににこやかな少年に
「そうですか。お礼を言い損ねたなとおもったんですけど…」
と彼と同様ににこやかに返すと、あとは黙って重い足を動かし続けた。
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