細い、小さい、なんだか柔らかくてフワフワしている。
それが錆兎が腕の中の少年に対して今現在感じている感想だ。
だから気を失ったままの華奢な身体をおそるおそる支えて馬を走らせている。
こうして心細げに目をつぶっている姿も愛らしいが、きっと笑うともっと可愛らしいに違いない。
出来れば怯えた顔や泣き顔よりは、この少年の笑顔が見てみたい。
のちに思い返せば、馬上でこう思ったこの時にすでに、少年義勇は自分にとって特別な相手だったのだろうとわかる。
とりあえず…錆兎の側からしたら助け出して保護しているという認識なのだが、森の国の王子の側からしてみれば、襲撃者と同様だと思われている可能性もある。
なので少年が目を覚ましてからが勝負だ。
好かれるとまでは行かなくとも、少しくらいは好感を持ってもらえるようにしたい。
できればこのまま水の国に居てくれれば嬉しいが、もし望むなら森の国にでも嵐の国にでも送っていくつもりではある。
だが本音でどうしたいかを聞き出せる関係性がないと、そのあたりも聞きだせない。
なので少しでも信頼してもらえるようにとりあえず怖がられるような事はしない。
好かれる以前の問題である。
そうして普通の交友相手と認識してもらえた時点で、あと一歩。
親しみを感じてもらえれば嬉しい。
……けど………一体何を話せばいいんだ?
武器の話はNG。
戦場の話、戦闘の話は論外だろう。
(…杏寿郎とだと何を話してた?国政じゃなくプライベートの話題と言うと…鍛練……)
ダメだ…と錆兎はがっくりと肩を落とした。
武器、鍛練、戦術について語らせたら自国でも右に出る者はいないと自負をするが、それらが全部NGとなると、果たして自分に何が残るのだろうか。
自分の方が立場が強いので、自分が話題をふると相手はそれに全く興味がなくとも合わせざるを得なくなる。
それは避けたい。
相手と良好な関係を築こうと思うなら、立場が強い自分のほうこそが相手の倍は気を使って合わせてやるべきなのだ。
これまでも勘違いをした小国から人質にと送られてきた王子達にはそうやって接してきたのだが、彼らと今腕の中にいる少年は立場が違う。
実質奴隷のようになる覚悟があって送られてきた彼らには別に隷属させるつもりはなく、この国や自分から何かを学んで帰ってもらって、それを自国で役立て、また、水の国と友好的な関係を結んで欲しいのだと説明をすればよかったのだが、この少年にはそもそもが錆兎自身がどうあって欲しいのかが良くわからない。
知っていることは、森の国の前王の娘の唯一の子で、側室の腹の王子を皇太子にしていることでかなり微妙な立場に置かれていること。
そのために言い方は悪いが、国内では邪魔にされていて、今回ももし嵐の国と友好的な関係を築けたとしても、森の国の王は出来ればこの王子に帰国はしないで欲しいと思っていることくらいだ。
今まで水の国に来た王子達は、その国との友好と同盟を約束した上で帰国させる前提で接してきたが、この王子には水の国に永住することを自分が望んでいるということを伝えるのが良いんだろうか…。
だがもし嵐の国に行きたいと積極的に思っていたとすれば、それは少年にとってはとてつもないプレッシャーになるし、気心が知れるまではそのあたりの話題を出来れば避けたい。
ということで、何か…何か、楽しく話せる世間話的な話題を…
たいていのものは手に入り、たいていの望みは叶えられると言われている大国の王は、珍しく難しい顔でそんなことを思いながら、急ぎ国境から離れるために高速で…しかし、腕で眠る少年に負担をかけないように、細心の注意を払って馬を走らせ続けるのだった。
0 件のコメント :
コメントを投稿